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本好きにはたまらない「書物」に纏わるミステリー

読みたい本が見つかる「カフェブレイク・ブックトーク」

更新日 : 2009年09月28日 (月)

第5章 著作、出版をめぐっても事件は起きる

書物の価値は知識を得る手掛かりだけでなく、モノとしての希少性、珍重される工芸美術品などいろいろあります。だからこそ人の所有欲を刺激し、高額売買や贋物造りが行われてきました。こうした書物に対する人間の欲望をモチーフにしたミステリーをライブラリー・フェローの澁川雅俊が紹介いたします。

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍
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著者や出版者が事件にかかわる作品も非常に多く出されています。最近のものでは、詐欺まがいの出版計画で誘っていた悪質出版者が殺され、それがきっかけとなって作家仲間内での殺し合いが起きてしまう『殺人作家同盟』(ピーター・ラヴゼイ著、07年早川書房刊)やヘミングウェイの原稿の贋作づくりが物語の中核になっている『ヘミングウェイごっこ』(ジョ−・ホ−ルドマン著、09年ハヤカワ文庫SF)などがあります。

カロリン・G.ハ−トは、『クリスティー記念祭の殺人』『ハネムーンの殺人』『ブック・フェスティバルの殺人』『舞台裏の殺人』などを書いていますが、これらはみな著作や出版をめぐる事件を書いた作品です。

◆ 書物にまつわるミステリーは日本ではあまり多くない

これまで挙げた作品はいずれも欧米作家の邦訳本です。それに対して日本の作家の作品はそれほど多くありません。本格的なミステリーでは、現代の魔書を巡って作家や出版者の欲望が入り乱れるサイコ・サスペンス『梟の巨なる黄昏』(笠井潔著、2000年講談社刊)と乱歩と朔太郎が謎解きに迫る『死体を買う男』(歌野晶午著、01年講談社刊)があるぐらいです。

そんな中でこの二人は目立ちます。一人はまず書物評論家の紀田順一郎で神保町を中心としたミステリー『神保町の怪人』(2000年東京創元社刊)ほか数点を書いています。また彼は、書物に憑かれた人々をめぐる物語の良いアンソロジー『書物愛[海外篇]』と『書物愛[日本篇]』(共に05年晶文社刊)を編纂しています。

出久根達郎は直木賞受賞作家であり、上手なストーリーテラーです。彼には、江戸幕府の将軍家文庫の一役人の仕事や江戸の出版・販売界での出来事をミステリータッチで書いた短編集の『御書物同心日記』(99年講談社刊)、『秘画—御書物同心日記』(01年講談社刊)、『続 御書物同心日記』(04年講談社刊)、『虫姫—御書物同心日記』(02年講談社刊)などがあります。

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍
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書物にまつわる日本のミステリーは、上記の『御書物同心日記』のように初出が小説雑誌に短編で掲載され、それが単行本や文庫にまとめられて出版されることが多く、欧米のそれと違って書き下ろしは少ないようです。短編が多いせいか重厚な構成のストーリー性に優れた、簡単に言うと、読み手をはらはらドキドキさせる物語というよりも、人々の書物を巡るさまざまな葛藤を優しく眺めて、癒しを求めているような作品が多いようです。

例えば、ある古書店を舞台にした宮部みゆきの『淋しい狩人〔新装版〕』(08年新潮社刊)や、古書店とカフェを営んでいる一家の日常の出来事を書いている小路幸也の『東京バンドワゴン』(06年)、『シー・ラブズ・ユー—東京バンドワゴン』(07年)、『スタンド・バイ・ミー—東京バンドワゴン』(08年)〔いずれも新潮社刊〕などがその典型です。これらはミステリーというよりも、お金を中心に動いているような世間で、何かしら温もりを感じさせる古書を扱いながら人と人の情の豊かさを密やかに書いています。しかしそれはそれで読み手を楽しませる良い作品です。

ところでもう一つ最近の本を紹介しておきましょう。いずれも短編集なのですが、赤城毅という幻想譚作家の『書物狩人(ル・シャスール)』(07年講談社刊)と『書物迷宮(ル・ラビラント)』(08年講談社刊)です。それらの中で作家は書物について一切知らぬことはないという書物界のスーパースターを生み出そうとしています。今後この作家はその主人公を今後どのような事件に巻き込むか、乞うご期待です。

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