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Seminar Report
個に向き合い、個を解放する
『美しいと信じたものを貫くということ』

Unveiling of the Black Coat!

更新日 : 2022年02月15日 (火)

前編:「居る」と錯覚させる、服のようなロボット



「Unveiling of the Black Coat !  個に向き合い個を解放する」は、デザイナーの中里唯馬氏が、ロボットコミュニケーターの吉藤オリィ氏、慶應義塾大学教授の宮田裕章氏を迎え、「美しいと信じたものを貫くということ」というテーマで開催されました。当日は、中里氏がオリィ氏のためにアップデートした「黒い白衣」の披露から始まり、その後、ファッションで開かれる多様性についてお話しいただきました。デジタルネイティブな現代におけるファッションの可能性とは何か?デザイン、ロボット、データサイエンスという異なる分野を代表する3名での議論は、「コミュニケーションの未来」という共通項を浮かび上がらせました。

開催日時:2021年12月2日(木)19:00~20:30
スピーカー:
・中里唯馬  デザイナー/クリエイティブディレクター
・吉藤オリィ 株式会社オリィ研究所代表取締役CEO
・宮田裕章  慶應義塾大学教授

文:八角休
写真:花坊
自分を「キャラクターメイキング」する

吉藤オリィさん。自身でデザインした「黒の白衣=黒衣」を着て。

中里:先日、オリィさんの立ち上げられたロボットカフェにお邪魔させていただいたのですが、様々な理由で寝たきりになってしまった方がロボットを遠隔で操作しながらサービスをしていて、同時に対話も出来るようになっており、ロボットを介して人と人が繋がるという姿がとても印象的でした。また、宮田先生はデータによって可視化されていなかったものを可視化する、多様な評価軸によって、人と社会を繋げていく、ということを研究なさっていますが、ファッションもある種、人と人の間を接続するフィルターのような役目を持っています。コミュニケーションの潤滑油としても、未来を豊かに切り拓こうとするビジョンとしても、我々の三分野に共通する所があるのではないでしょうか。そこで、まずはオリィさんにとって、衣服、ファッションというものがどんな存在なのかをお伺いしたいと思います。

オリィ:私にとっては18歳の時に親元を離れた時が転機だったのですが、当時、私は自分の容姿も名前も気に入っていなかったので、もう一度自分を「キャラクターメイキング」しようと思い、「黒い白衣」という服を生み出しました。ところで、オンラインゲームの自分のキャラクターというのは、生身の私たちの体と全然違いますよね。性別も種族も自由で、人間である必要すらないのにもかかわらず、私たちはそのキャラクターを自分だと認識できます。その自分が攻撃されたら自分が殴られたように腹が立ちますし、キャラクターがバーチャルな世界で着ている服を褒められるだけでも、自分の服を褒められたぐらいに嬉しく思えるわけで、私はこれを18歳の時、生身の自分に対しておこなってみた、ということです。人から色々言われることはありましたが、自分が本当に着たい服を着ることの方が大切ではないかと。それに興味を持ち、話しかけてくれる人が何人かはいて、未だに友人だったりする。そういった意味で、ファッションは自分の拡張であり、何かのフィルターになっているのではないかと思います。

中里:面白いですね。自分の自信やポジティブな気持ちに転換できるという点は、ファッションにおいて重要な役割だと思います。同時に今、デジタル世界のアバターのファッションということで、あらゆるものを自分で作り出せるようになってきていて、オリィさんはそれをすでにフィジカルでやっているというところが非常に面白いなと思いました。手段として社会と繋がっていける、繋がれる社会があるということは、本当にファッションの力というか、衣服の力なのかなと思います。




 
進化するものとしてのファッション
中里:宮田先生は様々な場所や環境によって、まるで和歌を詠むように着こなしを作られていて、いつも高度な装いをされているという印象があります。改めて、宮田先生にとってファッションや衣服、装いということはどんな意味があるのか教えて頂けますでしょうか。

宮田:服を着るという行為は、人として生きていく中では必ずあるものですし、何を着るにしても意味が付いてくるのであれば、場に調和させたり様々な形で響き合わせた方が楽しいのではないか、と思っています。とはいえ、まだ我々は完全なるバーチャルファッションにはなっておらず、自分自身の持っている属性があって、絶対越えられないようなものもある。したがって、多様性を表現しながらも自分の限界を踏まえて、どうファッションを合わせて行くかということが、面白いところだと思います。学生の頃、ある時は絶対に着ない、と思っていた服が一週間後どうしても着たくなるというようなことがよくありましたが、こういったことは研究にも通ずる話ですね。研究は普遍的なものを追求するという側面もありますが、アップデートされる中で必ず自分の固定概念を疑う時がやってくる。それの繰り返しによって、進化できるわけです。ファッションの世界の、時に残酷なほどの新陳代謝の中に身を置くことによって、前提が変わった時に積み上げてきたものとどう向き合うか、いわば未来を向くための力を養うことができるのではないかと考えています。

中里:衣服を変えていくことによって、進化し続けるということ、これは確かにファッションの1つの意味ですね。そして、何よりも宮田先生はそこを言語化していく所が素晴らしい。自分が着ているものがどういうテーマ、意味を持つのか言葉にするということは、自分自身もそこまで出来ていないと思うのですが、それでもあえて言語化してみると、やはり自分の服装に対して違う見え方が出てきたりします。そういったことを、いつも宮田先生からは学ばせていただいております。

左から 中里唯馬さん 吉藤オリィさん 宮田裕章さん

「居る」と錯覚させる、服のようなロボット
中里:ロボットカフェではオリヒメと呼ばれるロボットが沢山働いているわけですが、そのデザインはオリィさんご自身でされていると思います。人型をしているので、やはり親近感を得やすいとか、感情移入しやすいのかなと思っているのですが、こちらのロボットをデザインされる時に気を付けていることや大切にされていることは何かありますでしょうか。

オリィ:私がやりたい事は孤独の解消という研究で、居ないはずの人がそこに居るという錯覚です。つまり、どんな形であれ、その「居る」という状態をほかの人が見出すことが出来ればいい。能面であったり、人形浄瑠璃であったり、それこそ指人形でも良いですが、人形の顔は動かないけれども、その奥にいる、その人のキャラクター性というものに我々は感動することが出来るし、それを大事にしたいと思える、そこがコミュニケーションの本質ではないかと私は思っています。ですから、ある意味オリヒメというロボットも、それを操る人と繋がるための一番良い依り代は何かというものを考え、今のデザインになっています。言ってみれば、乗り物であり、服ですよね。オリヒメは実は鳥と猫がモチーフになっていて、下から猫が見上げてくるときや、鳥が上から見下ろしてくるときの感覚をモチーフに作っておりまして、そこから関係性が発展して欲しいなと思っています。それから、可愛いだけではダメだということも大切です。可愛いだけではなく、それをかき消す怖さ、不気味さのような要素を加えて、うまく揺らぎを与えています。

宮田:多くのロボット研究者は、表情を研究して人間に近付けようとしますが、オリィさんはロボットを媒介して孤独を解消するということを本質とされていますね。故に、正に能面のような多義的なデザインを考え、多様な人がそこに自己を投影しながらコミュニケーションそのものを行っていけるといった、正にロボットだけではなくて、その先を通した人を見てデザインされているというところが凄く面白いです。またそれが能に通じているというところがアートとしても非常に奥の深さを感じますね。

中里唯馬さん

自らが1つのメッセージであるという意識
中里:宮田先生のように、メディアに出たり、リーダーになられる方が自由なファッションスタイルを表現できるということは、豊かな社会の兆しかと思う一方、依然として他人の目を気にしてしまう方も多いですよね。多様性や個性をより尊重していくときに、心のブレーキが大きな課題になるのではないか、と感じているのですが、宮田先生はそういったものにどのように向き合っているのかをお伺いしたいなと思います。

宮田:そうですね、やはり1つは何を表現すべきなのか、自分という存在も1つの媒介として考えた時にどういうメッセージを伝えるべきなのか、ということが重要ではないでしょうか。先ほどのオリィさんのお話では、ロボットを通してその先を見ているわけですよね。ファッションも、様々な場によって、どういった反応があるのか、どういった人にメッセージが届くのかを考える必要があります。建築やアートのように、ファッションも言葉でいちいち説明することはありませんが、どのように人に伝わるかというところを突き詰めると、やはりコミュニケーションになっていくのだと思います。その上で、確かに私は、色々な方の反応を考慮して、それでも自分を表現することを選ぶことがあります。その理由の1つは、自分が表現と向き合う中でイノベーションを軸に対話しなくてはいけないと思ったことです。もう1つは、経団連のような方々と一緒に多様性を大切にしようと提言する時に、研究者である私自身が異なるファッションをすることで、そこに意味を持たせる必要があるのではないか、と思ったことです。ある種リスクをとって表現することを選んでいますが、一方で、対話する場と相手によっては、パラメーターを調整したりもしています。また、教育者としては、個性を持った学生たちをサポートしつつ、装うことが1つのコミュニケーションでもあり、人と世界を繋ぐ1つのアプローチにもなっている、ということを深めていければいいなと思っています。

中里:なるほど、リスクをとって表現されている、というのは素敵だと思います。宮田先生みたいな方がメディアに出られて、その姿を多くの方が見るということ、それ自体が本当に大きな影響というかメッセージになっているのではないでしょうか。


中里唯馬さんデザインの黒衣を着る吉藤オリイさんと宮田裕章さん 控室にて

 

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