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特別対談「鎌倉から新しい資本主義の話をしよう」

『鎌倉資本主義』出版記念セミナー

更新日 : 2019年04月15日 (月)

後編:資本主義を否定しない、新しい経済と幸福の関係

松島倫明(WIRED日本版編集長)

2010年代に「ニューエコノミー」を再考する
松島:僕は5年前に鎌倉に引っ越しました。以前は都内での職住近接派でしたが、トレイルランニングが好きで、起きてすぐ裏山を走れるような環境がいいなと、まさに自分の幸せについて考え始めたことがきっかけです。

2018年、WIRED日本版編集長となって最初の号は「ニューエコノミー」特集としました。この言葉自体は前からあり、特にインターネットが商用化された90年代半ば、経済も変わっていくと期待されました。従来の経済が、限られた資源を安く多く確保し、そこから利潤を生み出す「希少性」に根ざした競争だとすれば、ネットワークエコノミーは逆で、たとえば電話技術のように、つながればつながるほど全員に利益をもたらす「潤沢さ」に根ざした経済という考え方です。ただ、2000年にドットコムバブル(ITバブル)が弾け、ニューエコノミーも終わってしまった感じになりました。

ではなぜ再び取り上げたかというと、あのとき語られた現実に、いま僕らは生きているとも言えるからです。言葉には流行り廃りがあるけれど、WIREDは20年、30年かけて社会を変えていくスパンのものを提唱してきたのだと伝えたくて、あえてこの言葉をもう一度使いました。また、柳澤さんのいう格差問題や環境問題についても、ここには同じ問題意識があると感じています。

「鎌倉資本主義」についていうと、従来の経済資本はとかく資源の取り合いになり、地域環境資本を毀損していく関係性があります。そう考えると、地域社会資本はネットワークが増えればその利益を全員で享受できる点で、可能性があると感じます。



柳澤:やはり企業は売上利益を追いかける生き物ですから、その配分の側から考えていこうと思いました。儲ける人が永遠に儲かり続けるような世界は止まらないかもしれない。でも、この3つの経済で、幸せの軸がひとつだけではないという世界になると、一方の指標では貧乏だけど、別の指標では豊かだと名乗りをあげることもできる。富の格差はともかく、幸せの格差が埋まることにはなり得るかもしれないと思っています。

かつ、この3つはかなり密接に絡み合うものです。地域環境資本が増えて魅力的になれば、人が増える。地域社会資本が増えれば、そこにビジネスが生まれるかもしれない。どちらも地域経済資本の増加につながります。

地域資本主義の成立条件は、成熟/テクノロジー/指標
松島:柳澤さんは、資本主義を否定しないスタンスから新しいルールを考えているところが、プラグマティックですね。だからこそ次のステップに行きやすいというか。一方で結構難しいなと思うのは、地域環境資本です。すごく大切なのはわかる一方で、たとえば鎌倉の海水浴場に5万人とか人が来てしまうと、誰もハッピーではないのかなとも思う。つまり環境資本は限られていて、そこをどうクリアしていくのかなと。

柳澤:鎌倉では、地域を面白くする活動として「カマコン」という団体があります。その活動の一環として、地元の経営者同士がお互いの事業計画を発表する場を設けたことがあるのですが、そこで起きたことは「そっちがそれをやるなら、僕たちはこれをやる」というすみ分けだったのです。各々の強みに特化した結果、仕事を紹介し合うようになり、生産性も上がりました。

十分行き渡っているなら分け合おうという動きには、成熟した精神と、分け合えるだけのものが行き渡るためのテクノロジーと、それを支える指標が必要。日本は成熟とテクノロジーはすでにあるから、あとは指標だけという気がします。仮に地域環境資本を増やすように設計された地域通貨が報酬として社員に支払われたら、地域の環境資本が増える方向にしか使えない。そうすると街が綺麗になっていくとか、そういう方向で消費していくから、有限な資源とはいえ、価値は向上し得るかなと。

松島:なるほど。バーチャル/ミクスト・リアリティの発展などで、有限な資源もネットワークを通じて何らかの共有ができるようになると、そこもひとつ可能性になりそうですね。そうした点からも、柳澤さんのアイデアは楽しみです。

柳澤:基本的にはどれも経済活動で、多様な資本を指標化しようという話です。今、メニューの設計を考えていて、本当にうまくできるのか?という世界(苦笑)。でも20年間インターネットの世界でやってきて、完成な状態でもモックアップをつくって発信し始めることで、自分も成長しながらアップデートされていくのはわかっている。それで見切り発車しているところはあります。実際には2019年内に始める予定で、カマコンのメンバーや一部地域に話をして、実験的に始められないか相談しています。

鎌倉で進行中。「まちの社員食堂」という実験
松島:地域社会資本についていうと、人のつながりこそ、ある意味では無尽蔵に近い。人に優しくしてあげる、ケアすることはそれ自体が幸せにつながるかもしれず、そこが資本増殖の原点になることに可能性を感じます。いわば「人類にとって筋のいい話」という感じ。

関連して、カヤックが得意とする「アイデア」の価値も、人のあいだで分かち合い、増やしていけるものですね。柳澤さんはご著書『鎌倉資本主義』の献本先にそれぞれ一点ものの帯をつくり、その人がいかにも言いそうな推薦文を載せて贈っていました。僕のは「日本のニューエコノミーは、鎌倉から始まる。松島倫明推薦!」。まさに自分ならこういうこと言うなと(笑)。

僕のソーシャルメディアのタイムラインには、「僕の/私の帯はこれだった!」という投稿があふれました。プロモーションとして大成功だし、何よりもらった人がすごく嬉しくて、新しいつながりも生まれそうです。これはアイデアとネットワークの掛け算が機能していて、それはこれからの資本主義をドライブする要素だとも思いました。

2018年のノーベル経済学賞は、アメリカの二人の経済学者、ポール・ローマーとウィリアム・ノードハウスが受賞しましたね。彼らはそれぞれ、従来の経済成長のモデルにはなかった要素として、イノベーションの貢献や、環境への毀損を扱った点が評価されました。本人たちは70、80年代からそれを唱えていたわけですが、受賞は2018年になった。そう考えると、柳澤さんもノーベル賞財団より少し早かったと言える(笑)?

柳澤:いやいや(苦笑)。今日のお話の最後に、本にも書いた「まちの社員食堂」について簡単にお伝えしておきます。これは実際に地域社会資本を増やす場を作ろうというのと、社員食堂という存在をもっと面白くしようということから生まれました。鎌倉の企業、行政、商工会やNPOなどに会員になってもらい、お金を出し合って、鎌倉で働く人たちが美味しく健康的なご飯を食べられる食堂です。料理は市内のレストランが週替わりで出店してくれます。

半年ほどやってみて、すごく評判がいいです。経済的な指標として、美味しくて安いというニーズを満たしたうえで、鎌倉で働く人たち同士が声を掛け合える場になり、店長がつなぎ役になって仲良くなる人たちもいます。レストランの側も、ここで自分たちのお店を知ってもらう機会にもなる。そんな場になっています。

松島:今は会員企業の社員さんなどが利用者ですが、それ以外の人でも、今度始まる鎌倉の地域通貨を持っていれば利用できる、というのも良いかもしれませんね。

柳澤:そうですね。これは鎌倉以外の地域でも応用できるのではと思います。さらに各地域の好きな通貨を持っていると、そうしてどんどん使えて、関係が深くなっていく、そんな可能性もありそうです。

質疑応答


セミナーの最後には、来場者との質疑応答も。中学校の教員の方からは、地域の子どもや若者たちが働く環境を支える仕組みづくりを問う声が上がり、柳澤さんは「たとえばカヤックでは鎌倉の中高生のブレスト体験に協力していますが、そうしたCSR活動以外でも、企業や個人が地域社会資本や地域環境資本を、教育分野に使うようになるとなお良い」と回答。

また「何をもってこの鎌倉資本主義の成功とみなすのか」との質問には「資本主義の新しい亜種として広がった結果、富の格差と環境破壊の解消につながったなら、そのときが成功」と述べました。

さらに地域特性の差について、たとえば必ずしも人と人の濃いつながりを求めない地域ではどう考えるべきか、などの質問もありました。これらについて柳澤さんは「鎌倉の人たちの場合、街に自信や誇りを持っており、それでいて他の地域も認めるし、カマコンでも立ち位置の違いを超えて交流できる文化がある。地域社会資本の充実にはそうした成熟も必要」と説明。ゆえに都市部では地域社会資本が早く充実する可能性がある一方、地方では地域環境資本が充実する、そうした傾向も予想していました。

話は尽きないまま時間となりましたが、柳澤さんたちの挑戦は今まさに進行中。今後の展開も注目せざるを得ない、そんなワクワクする気持ちをくれた2時間でした。<了>


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