記事・レポート

六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第3回
伝統を未来へどう伝えるか

本質を見極め、リアルを伝える/丸若裕俊×高橋俊宏

更新日 : 2016年10月12日 (水)

【前編】日本のものづくりとは何か?

六本木アートカレッジ・セミナー「これからのライフスタイルを考える」シリーズ、第3回のテーマは「伝統文化の伝え方」です。来たる2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、日本の伝統的な文化や価値観を世界に発信する大きなチャンスとなりますが、同時にそれは、私達自身が日本文化の魅力を再発見するチャンスともなります。このトークでは、日本の伝統工芸を現代的なセンスで再編集し続ける株式会社丸若屋・代表取締役の丸若裕俊氏と、『Discover Japan』プロデューサーの高橋俊宏氏が、伝統との向き合い方、その伝え方を提案します。

スピーカー:丸若裕俊(株式会社丸若屋代表取締役 / クリエイティブディレクター)
モデレーター:高橋俊宏(株式会社枻出版社 Discover Japan プロデューサー)

気づきポイント


●国境を越える表現を通じて、伝える側の感性を刺激し、想像をかき立て、気づきを促す。
●“モノ”に込められた背景・原点を徹底的に深掘りし、現代に伝わる形へ翻訳する。
●2020年オリンピックは、日本全国にある「伝えるべき」文化を世界に発信する大チャンス。





映像で伝える日本の伝統

丸若裕俊: 最初に、皆さんとの距離を縮めるために、丸若屋が制作した映像をご覧いただきたいと思います。佐賀県の伝統産業である有田焼の1つ、文祥窯(ぶんしょうがま)という窯元さんです。

【BUNSHO-GAMA/MARUWAKAYA】


日本で最初に焼成された磁器である有田焼は、2016年に創業400年を迎えました。この節目に様々なプロジェクトが行われており、僕達は有田焼を未来に受け渡していくという思いの下、映像制作や商品のプロデュースなどでお手伝いしています。

高橋俊宏: とても美しい映像ですね。

丸若裕俊: ありがとうございます。今回は、文祥窯を含む8つの窯元さんの映像をつくりました。それぞれテーマは異なりますが、共通するのは「日本のものづくりとは何か?」を伝えること。目指したのは、文化や言語、国籍を越えて伝わるコミュニケーションツールです。

僕は10年ほど前から、伝統工芸をはじめとする様々なものづくりのお手伝いしています。日本には素晴らしい伝統技術がたくさんありますが、海外はもちろん、最近は日本でもあまり知られていません。そこで、伝えるべきものを一つひとつ丹念に選びつつ、多様なアプローチを通じて現代の人々にも伝わる形に翻訳し、発信しています。その延長線上で、数年前から「映像をつくりたい」と思うようになりました。

その後、「この人だ!」と思える映像制作のプロデューサーと縁が生まれ、10カ月ほど様々なサンプル映像をキャッチボールしつつイメージをすり合わせていた時、この有田焼のプロジェクトが立ち上がりました。撮影自体は短い期間でしたが、素晴らしい映像を生み出すことができました。

高橋俊宏: 僕達も普段、日本の様々なものづくりの現場を取材していますが、繊細かつムダのない動きや、鋭い視線など、思わずハッとする場面にたくさん出会います。また、最近は伝統に新たなエッセンスを取り入れ、現代の生活に根ざしたものづくりをされている職人さんも増えています。誌面を通じてそれらの魅力を一生懸命お伝えしていますが、もっともっと見せたいという思いもある。そこで、僕達も今後は映像の活用も視野に入れています。

丸若裕俊: コミュニケーションツールとして文章や写真、映像などはそれぞれ役割が異なると思いますが、正直なところ、映像に関しては日本的な表現が成熟しすぎていると、僕は以前から感じていました。何というか、すべてを事細かに見せよう、説明しようという傾向が強く、そのために本当の魅力が伝わらなくなっているような気がして。今回の映像は、余計な説明は極力排し、聴覚や視覚を通じて何かを感じ、想像してもらう、気づきを促すといったアプローチで制作しました。

8つの映像は、土を練り、形を整え、焼き上げるという基本工程は同じですが、それぞれに込められているストーリーはまったく異なります。それを表現するため、試行錯誤を繰り返しました。


 
日本とフランス、評価の違い

高橋俊宏: そもそも、僕と丸若さんを結びつけてくれたのは、2008年につくられた加賀・九谷焼の「髑髏 お菓子壷」でしたね。

丸若裕俊: 九谷焼の窯元、上出長右衛門窯さんと一緒につくった作品です。
http://maru-waka.com/project_skull/

高橋俊宏: あの作品を初めて見た時、今までにない形で日本の伝統を表現する方が現れたと感じ、嬉しくなりました。「コンセプトは何ですか?」とたずねたら、「もしも織田信長が生きていたら、これを買うのではないか」とおっしゃったことを、今でもよく覚えています。

丸若裕俊: 若気の至りとして許していただければ(笑)。「髑髏 お菓子壷」は、2009年に森美術館で開催された「医学と芸術展」でも展示されました。まさか、河鍋暁斎やレオナルド・ダ・ヴィンチの作品と、僕が関わった作品が同じ空間に並ぶとは思ってもいませんでした。

高橋俊宏: あの作品は、それだけ素晴らしいものだったと思います。

丸若裕俊: ビギナーズラックだとも思いますが、20代にしてこうしたことが起こり、この仕事の面白さにはまってしまったわけです。とはいえ、当時は伝統を伝えていくための“方程式”が分からず、とにかく無我夢中、試行錯誤の連続でした。

高橋俊宏: その方程式は少しずつ見えてきましたか?

丸若裕俊: まだまだ道半ばです。現代は様々な刺激があふれていますが、それらに勝とうとすれば、最も分かりやすい近道は「奇をてらう」こと。しかし、それをやれば、最も伝えなければならない本質的な魅力を、アイデア段階で切り捨ててしまうことになる。

例えば、僕が“モノ”に初めて触れた時、直感的に「いいな」と思った理由、その奥底にある本質を徹底的に深掘りしていく。ものづくりの基本中の基本、王道と言えることですが、やはりそれがいちばん大切だと感じています。

高橋俊宏(株式会社枻出版社 Discover Japan プロデューサー)

高橋俊宏: 僕達も一緒です。例えば、これまで何度も取り上げられてきた「お茶」というテーマも、王道のど真ん中を進んでいけば、今まで見えなかった新たな魅力が見つかるというか。

丸若裕俊: 僕もそれを信じて、リュックサックを背負って延べ200カ所以上を訪ね歩き、数多くの職人さんとお会いしました。この10年の間に得た出会いや経験が現在の僕の土台になっており、そのご縁で今、様々なプロダクトや映像をつくったり、プロジェクトを手伝わせていただいたり……。

高橋俊宏: いまや日本だけでなく、海外にもたくさん足を運ばれていますし、フランスにはギャラリーもオープンされています。

丸若裕俊: 数年前、フランスで行われるプロジェクトに携わることになり、僕はやる気満々で現地に行ったのですが、実はそこでガツンとやられてしまって。日本では「有名な先生がつくったからすごい」「著名な賞をとったからすごい」といった形で評価されることが多い。しかし、フランスではそうした外面的な評価は一切意味をなさず、ものを手に取った個人がどう感じるかで良し悪しが評価されます。とてもシビアに評価されるため、当時の伝え方では理解してもらえなかったのです。

一方で、シビアな反応が返ってくるからこそ、こちらも改善する点が明確に把握しやすい。元々、僕には海外志向はありませんでしたが、厳しい環境の中でものづくりや伝え方の精度を向上させたいと思うようになり、2014年にパリ・サンジェルマンでNAKANIWAというギャラリーを始めました。そういえば最近、フランスの空港や街中で高橋さんとばったり出会うことが増えましたね。

高橋俊宏: 僕達も、ルーヴル美術館の近くに「Discover Japan Paris」というショップを出しています。今、日本の伝統工芸や伝統芸能の世界では、新しい波がどんどん生まれ、とても面白い時代になっていますが、それをフランスでも発信したいと思い、2014年にオープンしました。

丸若裕俊: 結局、伝えるという意味では、相手が日本人であってもフランス人であっても、根本は同じだと思います。例えば、「日本の文化は好きですか?」と質問すれば、「好き」と答える日本人はたくさんいるはずです。しかし、日々の生活で伝統工芸品を使い込んでいる人はほとんどいないでしょう。そうした人達に喜んでもらうものをつくるために、徹底的に原点を深掘りし、一生懸命考える。やるべきことは、どの国においても同じだと思うのです。



該当講座


六本木アートカレッジ 伝統を未来へどう伝えるか
六本木アートカレッジ 伝統を未来へどう伝えるか

丸若裕俊(㈱丸若屋 代表取締役)×高橋俊宏(Discover Japan プロデューサー)による対談。
変わりゆく時代の中で、それぞれのライフスタイルにどのように溶け込ませ、日本の伝統文化を後世へ伝えていくべきでしょうか。伝統工芸から最先端の工業技術まで今ある姿に現代のエッセンスを取り入れて蘇らせる株式会社丸若屋 代表取締役の丸若裕氏とDiscover Japanの高橋氏とともに、伝統を伝える意味と未来のライフスタイルについて議論をすすめたいと思います。


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