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意識のない死の世界へ。すでにある無意識を顕在化せよ

アートの本質に、横尾忠則と生駒芳子が迫る!

更新日 : 2013年04月08日 (月)

第3章 僕はあえて、時代から取り残されている

横尾忠則(美術家)

 
孤独を遠ざける携帯電話

生駒芳子: 大分、インターネットが普及してきましたが、中には中毒状態で携帯電話を見て、メールの返事が来ないだけで不安になる方も多いようです。このような状況の中で、先生の創作状況も変わってきていますか? Twitterをされていますよね?

横尾忠則: 僕は、携帯は持っていません。携帯は常に誰かとパイプをもって、連絡を取りたいから持つわけですよね。僕には固定電話だけで十分なのです。でも、こちらから連絡を取りたいとき、相手が携帯を持っていないときは怒りますけどね(笑)。

生駒芳子: すごくワガママじゃないですか(笑)。

横尾忠則: 創作するには、わがままでいいのです。わがままは「我のまま」になることですから、また人と断つことで孤独を愛さなきゃダメですよ。僕は世田谷の田舎の方に住んでいますから、非常に孤独です。できるだけものを考えないで済む場所。僕にはそういう場所が必要なのです。考えることを放棄できる場所が。だから、携帯は持っていませんが、それで困ったことは一度もありませんよ。

生駒芳子: 私は携帯がないと困ってしまいます。忘れたら、取りに帰りたいくらい。携帯を紛失すると、自分の中の何かをなくしてしまったような感覚に陥ります。

人間の本質は、大昔から変わらない

横尾忠則: そういう人に「孤独になりましょう」というのは無理ですよね。縄文時代や弥生時代のような大昔から、人間は本質的にはほとんど変わっていないと思います。変わったのはライフスタイルや人間を取り巻く物質的なものや、過剰な情報。それらの進化に比べて、人間は近代的時間、スピードに取り残されていますよね。

しかし、僕はあえて取り残されようとしています。携帯も持たないのもその理由。ああいう物は、僕のライフスタイルを変えるだけではなくて、意識も変えてしまうと思うのです。アートをやっていくうえでは、取り残された方がいいと思っている。ただ、これは僕の場合です。僕は別に時代の潮流に乗りたいとは思いませんから。新しいものを求める人は、やればいいわけです。その人たちにとっては、それが生活必需品なのかもしれない。僕の生活必需品は常に独りでいることです。

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