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ライフスタイルサロン ~遊びをせんとや生まれけむ『ぼくの複線人生』~

カルチャー&ライフスタイル
更新日 : 2008年03月03日 (月)

第4章 突然社長に。心の支えになった「複線人生」

福原義春: 私は1991年にベストドレッサー賞をいただいたのですが、それはどういうことかというと、それまで19年間、日本メンズファッション協会がベストドレッサー賞をやってきたわけですが、マンネリズムになっちゃったんですね。いつも出てくるのが同じような人で、同じような洋服を着ていると。

そこで何か新味を出そうということで、亡くなられた石津謙介さんが、「これから先は洋服のスタイルを競うのではなく、生き方のスタイルを競おうじゃないか」ということで、「これからはハイフニストの時代だ」ということをおっしゃったのです。そのハイフニストの第1号で、玉村豊男さんと並んで、私もベストドレッサー賞をいただいたのです。

周りの人からは、「なんであなたがベストドレッサーになるの?」と言われましたが洋服の着こなしとかそういうことではなくて、生き方にベストドレッサー賞をいただいたわけです。

石津謙介さんは、「ハイフニストというのは、サラリーマン兼園芸家(サラリーマン-園芸家)であったり、経営者兼写真家(経営者-写真家)であったり、ハイフンでつなぐ人、それがこれから先の生き方である」と定義されました。

例えば、玉村豊男さんは、当時から長野に住んで、農家兼エッセイスト(農家-エッセイスト)であって、エッセイスト兼水彩画家(エッセイスト-水彩画家)であったわけです。そういうハイフンでつなぐような人生がうらやましいんだというようなことで、当時のベストドレッサーになったわけです。

ハイフニストというのを、のちに私が『複線人生』というふうに名づけるようになったのですが、こういう生活を続けていると、人生には何回か大転換期があったり、大スランプ時期があったりするわけですけれど、それを割合容易に乗り越えられるのではないかと思うのです。こっちがダメでも、こっちがあるさということがあると。

私の本が出たとき、毎日新聞に丸谷才一さんが書評を書いてくださいました。それをちょっと引用させていただきますと、

『「会社人間」と称するくらい仕事に打ち込んでいながら、本を読み、花を作り、写真を撮って、仕事と余暇の双方で人生を充実させる生き方が、明晰で気品の高い文章でのびのびと書いてあって嬉しい。いや、人生の二つの領域が互いに支えあっている趣だ。』(毎日新聞 2007年6月10日)

というお言葉を頂戴したわけです。

この本を書くずっと前ですが、1987年、私の前任の大野良雄さんが急に亡くなったので、私が社長になってしまうわけです。新聞各紙は、「どうして今まで大した仕事をしていないのが突然社長になったのか、何ができるんだ?」というようなことをお書きになったのですが、実は社長になったときに、私は、これは大変だというふうに思った反面、そうでもないんじゃないかとも思ったのです。

私はずっと仕事人間でした。学生のときから、平凡社ですとか、誠文堂新光社や光文社など、出版社で写真のお仕事をしていたわけです。ですから仕事人間として、「社長という地位じゃなくて、社長という仕事なんだ」というふうに考えると、極めて気が楽になりました。

このように、かつてあった経験というのは後で必ず役に立つ、という経験をいたしました。