記事・レポート
「欲望」以外が資本主義のエンジンとなり得るのか?
<イベントレポート>
更新日 : 2024年07月23日
(火)
【前編】サステナビリティとビジネスの成長を、どのように融合していくべきか
「「欲望」以外が資本主義のエンジンとなり得るのか?」をテーマに開催したイベントのレポート(前後編)。ミクロとマクロの視点、日本と世界の視点を行き来しながら、持続可能な社会のために私たちがいまできることを議論しました。
開催日:2024年4月23日
スピーカー:
鎌田安里紗 (一般社団法人unisteps共同代表理事)
丸山俊一 (NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー/立教大学大学院特任教授/東京藝術大学客員教授)
モデレーター:高津尚志 (IMD北東アジア代表)
開催日:2024年4月23日
スピーカー:
鎌田安里紗 (一般社団法人unisteps共同代表理事)
丸山俊一 (NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー/立教大学大学院特任教授/東京藝術大学客員教授)
モデレーター:高津尚志 (IMD北東アジア代表)
サステナビリティとビジネスの成長を、どのように融合していくべきか(高津尚志)
高津:まず今日のテーマについて、私から問題提起をし、スピーカーのお二人にお話をいただきます。そのあとのクロストークでは、お互いにツッコミあいながら議論できれば。事前に打合せもしましたが、できるだけ、今日この瞬間までお互いのネタをバラさないように準備してきましたよね。
鎌田:はい。さきほど控室でも、できるだけ違う話をするように努めていました。(笑)
丸山:そうですね。そんなにツッコミどころのあるネタがあるかどうかわかりませんが(笑)、どうぞよろしくお願いします。
高津:それではまず、私から問題提起をしたいと思います。今、IMDのような世界のビジネススクールでは、「サステナビリティとビジネスの成長を、どのように融合していったらいいのか」ということを、さかんに議論しています。
私の同僚のIMD教授であるGoutam Challagalla、Frédéric Dalsaceが共同で、世界の企業の様々なサステナビリティの事例を研究・リサーチをしており、ハーバード・ビジネスレビュー(HBR)などにも寄稿をしています。IMDでは、サステナビリティをどのように企業の戦略の中核に取り込むのかという研究に、電通の支援も受けながら取り組んでいます。次のスライドは、その研究からもってきた「サステナビリティに向けた3つの考え方」のフレームワークです。
(高津尚志さんスライドより)
簡単に説明します。
1つ目は「サステナビリティをビジネスに取り入れる。」これは「サステナビリティはプラス」なのだから色々とやっていこう、という一般的な取り組み、考え方のことです。今は各企業で様々なプロジェクトが立ち上がっています。それ自体は歓迎すべきことですが、場合によっては、うちの会社はこういうことやっているというPR重視の、グリーンウォッシング(環境配慮をしているように装う、上辺だけのもの)になっていたり、細かいプロジェクトは色々とやっていても、企業のビジネスモデルやカルチャーが本質的に変わるわけではなかったり、というリスクがあります。
2つ目は「サステナビリティは社会的信用を得る条件」であり「サステナビリティはマスト(不可欠)だ」という考え方です。脱炭素を進めないと操業させないよ、消費者やクライアントからNOを突きつけられますよ、規制当局から目をつけられますよ、だからマストですよ、という考えですね。義務的な色合いが強くなり、携わっている人のやる気、エネルギーがなかなか出にくい、当事者意識を持ちにくいという課題を帯びやすいです。
先の二人の教授は、ビジネスでは次に紹介する3つ目を目指さなければならない、と提言をしています。 3つ目は「サステナビリティが戦略をリセットする」という考え方です。これは、ビジネス戦略そのものに持続可能性を促進する要素を入れていく、例えば、ある商品を買う、消費することによって、サステナビリティを促進するようなビジネスモデルをこしらえていく、ということです。少数でも、本質的でスケールする、それによって企業文化、DNAの再構築をするくらいの取り組みをやることではじめて、果実が得られる、と提唱をしています。こういった事例研究やフレームワークを通じて、企業がどう進化していけるかを議論すること、これが現時点でのビジネススクールにおける研究の最前線ということです。
鎌田:ひとつ質問なのですが、ビジネスにおいて、経済合理性を追求することとサステナビリティの追求が一致しないということがあると思います。その時には、政策や法整備などで、ビジネスが乗っかっているシステム自体の変革をしなければならないという思いがあるのですが、そういう動きも3番目のフェーズに入っているのでしょうか。
高津:おっしゃる通り、3番目に入ってきますね。今、ビジネススクールでは、ビジネスとしてどのように非市場領域(ノンマーケット・ステークホルダー)とコミュニケーションし、連携をはかっていくかが注目され、さかんに議論されています。ノンマーケットには政府、規制当局、国際機関、NPOなどが入っていて、そういったところとコラボレーションをしながら、ビジネスとして意味のあるかたちで持続可能性を追求する環境をこしらえることが大事だ、ということです。今まではビジネスマン同士で話をしていればよかったのが、政府、NPOとも話をしていかなければならない。そうなると、違うレベルのリーダーシップが求められます。
丸山:ノンマーケットとコラボしながら環境づくりをするとなった場合、市場原理とはまた異なる要素を入れていくことになるわけですよね?
高津:その通りです。企業というのは市場原理のなかで生きてきました。しかし、市場原理の外側にあるものが相当痛んでしまって、気候変動など様々なかたちで私たちの社会を蝕んでいるという現実があります。そこはもっと広げて考えなければならない、という議論になってきています。次は安里紗さんにプレゼンテーションをお願いします。
鎌田:はい。さきほど控室でも、できるだけ違う話をするように努めていました。(笑)
丸山:そうですね。そんなにツッコミどころのあるネタがあるかどうかわかりませんが(笑)、どうぞよろしくお願いします。
高津:それではまず、私から問題提起をしたいと思います。今、IMDのような世界のビジネススクールでは、「サステナビリティとビジネスの成長を、どのように融合していったらいいのか」ということを、さかんに議論しています。
私の同僚のIMD教授であるGoutam Challagalla、Frédéric Dalsaceが共同で、世界の企業の様々なサステナビリティの事例を研究・リサーチをしており、ハーバード・ビジネスレビュー(HBR)などにも寄稿をしています。IMDでは、サステナビリティをどのように企業の戦略の中核に取り込むのかという研究に、電通の支援も受けながら取り組んでいます。次のスライドは、その研究からもってきた「サステナビリティに向けた3つの考え方」のフレームワークです。
(高津尚志さんスライドより)
簡単に説明します。
1つ目は「サステナビリティをビジネスに取り入れる。」これは「サステナビリティはプラス」なのだから色々とやっていこう、という一般的な取り組み、考え方のことです。今は各企業で様々なプロジェクトが立ち上がっています。それ自体は歓迎すべきことですが、場合によっては、うちの会社はこういうことやっているというPR重視の、グリーンウォッシング(環境配慮をしているように装う、上辺だけのもの)になっていたり、細かいプロジェクトは色々とやっていても、企業のビジネスモデルやカルチャーが本質的に変わるわけではなかったり、というリスクがあります。
2つ目は「サステナビリティは社会的信用を得る条件」であり「サステナビリティはマスト(不可欠)だ」という考え方です。脱炭素を進めないと操業させないよ、消費者やクライアントからNOを突きつけられますよ、規制当局から目をつけられますよ、だからマストですよ、という考えですね。義務的な色合いが強くなり、携わっている人のやる気、エネルギーがなかなか出にくい、当事者意識を持ちにくいという課題を帯びやすいです。
先の二人の教授は、ビジネスでは次に紹介する3つ目を目指さなければならない、と提言をしています。 3つ目は「サステナビリティが戦略をリセットする」という考え方です。これは、ビジネス戦略そのものに持続可能性を促進する要素を入れていく、例えば、ある商品を買う、消費することによって、サステナビリティを促進するようなビジネスモデルをこしらえていく、ということです。少数でも、本質的でスケールする、それによって企業文化、DNAの再構築をするくらいの取り組みをやることではじめて、果実が得られる、と提唱をしています。こういった事例研究やフレームワークを通じて、企業がどう進化していけるかを議論すること、これが現時点でのビジネススクールにおける研究の最前線ということです。
鎌田:ひとつ質問なのですが、ビジネスにおいて、経済合理性を追求することとサステナビリティの追求が一致しないということがあると思います。その時には、政策や法整備などで、ビジネスが乗っかっているシステム自体の変革をしなければならないという思いがあるのですが、そういう動きも3番目のフェーズに入っているのでしょうか。
高津:おっしゃる通り、3番目に入ってきますね。今、ビジネススクールでは、ビジネスとしてどのように非市場領域(ノンマーケット・ステークホルダー)とコミュニケーションし、連携をはかっていくかが注目され、さかんに議論されています。ノンマーケットには政府、規制当局、国際機関、NPOなどが入っていて、そういったところとコラボレーションをしながら、ビジネスとして意味のあるかたちで持続可能性を追求する環境をこしらえることが大事だ、ということです。今まではビジネスマン同士で話をしていればよかったのが、政府、NPOとも話をしていかなければならない。そうなると、違うレベルのリーダーシップが求められます。
丸山:ノンマーケットとコラボしながら環境づくりをするとなった場合、市場原理とはまた異なる要素を入れていくことになるわけですよね?
高津:その通りです。企業というのは市場原理のなかで生きてきました。しかし、市場原理の外側にあるものが相当痛んでしまって、気候変動など様々なかたちで私たちの社会を蝕んでいるという現実があります。そこはもっと広げて考えなければならない、という議論になってきています。次は安里紗さんにプレゼンテーションをお願いします。
ファッション産業のものづくり、消費のあり方を考える(鎌田安里紗)
鎌田:鎌田安里紗といいます。どうぞよろしくお願いします。衣服に関する仕事を長くしていますが、前提として今のファッション産業のものづくりのペースや、消費のあり方に問題意識があります。今日は、どうやったら健康的にこの産業が続いていけるだろうか、と考えているなかでトライしていることを、事例紹介ということでお話をさせていただきます。
私は、サステナブルファッションに関する教育やコンサルティングを行う「unisteps」という一般社団法人の共同代表をつとめています。事業内容は大きく分けて3つあり、その中でもいろいろなプロジェクトがあるのですが、一部をご紹介します。
1つ目は「ジャパンサステナブルファッションアライアンス(JSFA)」という業界団体の運営に携わっています。サステナビリティを推進していくときに一社では突破できないことが多いです。企業同士が連携してできることは一緒にやり、さらに政策や法整備など、なにかしらルールそのものに変化が必要となれば、業界でまとまって行政に対して提案、働きかけていくプラットフォームとして、こういう場があります。
2つ目は、デザイナーやクリエイターとの取り組みとして「FASHON FRONTIER PROGRAM」というプログラムの運営にもにも携わっています。ものを生み出すときのデザインのありかたによって、環境負荷など色々なインパクトの8割くらいが決まってしまうというデータもあります。そこで、どのような素材を選定するか、リサイクルしやすい設計になっているか、お客様にどのように届けていくかなど、ものづくりの際に必要な視点を共に考えていくためのエデュケーションプログラム兼アワードを発足させることになりました。
私は、サステナブルファッションに関する教育やコンサルティングを行う「unisteps」という一般社団法人の共同代表をつとめています。事業内容は大きく分けて3つあり、その中でもいろいろなプロジェクトがあるのですが、一部をご紹介します。
1つ目は「ジャパンサステナブルファッションアライアンス(JSFA)」という業界団体の運営に携わっています。サステナビリティを推進していくときに一社では突破できないことが多いです。企業同士が連携してできることは一緒にやり、さらに政策や法整備など、なにかしらルールそのものに変化が必要となれば、業界でまとまって行政に対して提案、働きかけていくプラットフォームとして、こういう場があります。
2つ目は、デザイナーやクリエイターとの取り組みとして「FASHON FRONTIER PROGRAM」というプログラムの運営にもにも携わっています。ものを生み出すときのデザインのありかたによって、環境負荷など色々なインパクトの8割くらいが決まってしまうというデータもあります。そこで、どのような素材を選定するか、リサイクルしやすい設計になっているか、お客様にどのように届けていくかなど、ものづくりの際に必要な視点を共に考えていくためのエデュケーションプログラム兼アワードを発足させることになりました。
3つ目は生活者、消費者に向けた取り組みで、ものづくりの現場を訪ねるスタディツアーや、イベントや展示の企画を行なっています。サステナビリティの議論をしていると、どうしても概念的になってしまったり、このままいくと2050年はどうなるか?といった、少し遠い未来に思考を飛ばして考えることになりがちです。それも大事ではある一方、もっと手触りのある、実感のある、一人の人間としての感覚から考えていく方向性も重要じゃないないかと考え「服のたね」というプロジェクトをやっています。
「服のたね」では、コットンの種をお送りして、自宅のベランダや庭で育ててもらいます。5月に種をまき、夏に花が咲き、実ができて、気温が下がってくるとパッと弾けて白い綿が取れます。それを参加者のみなさんから集めて混ぜて、糸にして、生地を作ります。そして、みなさんとデザインを考えて、一着の服をつくるというプロジェクトです。これが一年半かかるのですが、こういった参加型の企画をやることで、そもそも服は植物だったんだ、と実感できますし、実際に育てていると枯れたり、虫もついたりするので、オーガニックにするために薬を使わずに虫を撃退するにはどうしたら?と具体策を考えたりもします。そうなると手間がかかるということがわかり、オーガニック製品の販売価格が変わっても(高くても)当然だよね、となる。個人の実感としてそういうことを感じていく企画です。
ご紹介した3つの活動を並列でやっている理由は、今問題を産むようなかたちで続いてしまっている仕組みに働きかけようとすると、どこか一部だけが変わるだけでは難しいからです。さきほど高津さんがお話されたように、様々なステークホルダーとコラボレーションをして、何か変化をつくっていけないかと日々トライをしています。
丸山:すごくおもしろい試みですね。ともすれば効率化一辺倒の論理に走っている服を作るプロセスそのものを、具体的な「種」を発端にして、うまくいかないことまでも含めて消費者のみなさんに意識させる。これは、教育的なところも狙っているのでしょうか。
鎌田:そうですね。あとは、自分で育てた綿が使われている服を着る、という経験は、普段消費をするという中では得られない経験ですよね。これだけものが溢れていて、価格も安く手に入るなかでは、基本的には物質は物理的な寿命より、情緒的な寿命が先にきてしまいます。飽きてしまい、大事に思えなくなり、新しいものが欲しくなってしまうというのが現状です。そのなかで、強く結びつきを強くもった物を手に入れるという喜びを体験してみる入り口でもあるかなと思ってます。「長く大事にできるものを買いましょう」という教育的な側面だけではなく、こういうタイプの「喜び」もあるのだと情緒的に感じる入り口になるかもしれない、と思っています。
丸山:スピードの早い時代だからこそ、ゆっくりとした消費の喜びに目覚める、という感じですね。
鎌田:みんなが目覚めるとは限らないんですけどね(笑)
高津:実際にマンションのベランダで、プランターを使って採れた綿でどれくらいの服ができるのですか?逆にいうと、服を一着作るためにどのくらいのベランダが必要ですか?
鎌田:そこもすごく大事なポイントです。プランターで育てて、うまくいったとしても両手いっぱいの綿しか採れないんです。そこから作れる布は本当にわずかです。服一着を作ろうと思うと、この会場いっぱいに育ててもどうかな、、、というスケールなんです。でもこういった体験を通して、その規模感がイメージでき、普段の生活の中でも意識する入り口になります。
高津:自分の着ているシャツに必要な綿を作るために、何ヘクタールくらいの土地が必要なのか?そこに必要な水の量はどれくらいか?など、いろんなことを考えますよね。
鎌田:はい。Tシャツ1枚作るまでに水が約2900リットル必要、といった数字を聞いたことがある人はいるかもしれません。ただ、数字で知るのと、自分で育てた側から感じていくのとでは、見えてくる景色が違ってくると思います。
高津:お話のなかで出てきた「喜び」というキーワードが気になりましたので、後ほど詳しく伺いたいと思います。では、次に丸山さん、よろしくお願いします。
現代の「欲望」そのものを一度見つめてみたらどうだろう?(丸山俊一)
丸山:NHKの教養ドキュメント番組「欲望の資本主義」のプロデューサーをやっております、丸山俊一です。今回のテーマ「欲望以外が資本主義のエンジンとなり得るのか?」と聞かれたときに、「なり得ない」と主張する人もいたほうがいいのかな、と天の邪鬼に思いまして(笑)、私はあえて今日は「欲望しか資本主義を動かさない」というスタンスでお話したいと思います。
まず、ネガティブに捉えられがちな「欲望」という言葉について考えたいのですが、そもそも「欲望」と「欲求」は違うのではないか、というところからスタートしたいと思います。「欲求」は、極端な比喩で言えば、砂漠を歩いていて水を飲まないと死んでしまう、というような、動物的な本能として生命の維持につながっているもの。「欲望」というのは、ワインはやっぱりチリ産を飲みたい、あるいは六本木ヒルズ49階で飲むコーヒーは美味しいななど(笑)、もっと文化や人間が構成する社会の習慣などに紐づくものです。
このように、わかりやすく「欲求=水」「欲望=ワインやコーヒー」と記号化してみると、人間には、動物的な領域で本能的に「水」を欲する部分と、「ワインやコーヒー」を作って文化的な生活を形成している部分があって、実は「欲望」の中には人間らしさにつながる文化や理性、社会性に紐づいている領域が入っているのではないかと思うわけです。
このことを連想した発端は、エーリッヒ・フロム(『自由からの逃走』で有名な新フロイト派の精神分析学者、社会心理学者)の『悪について』という本の中で語られている「人間というのは動物であって、動物ではない」というテーゼからです。これに対比させ「動物」の部分は「欲求」、「動物でない」部分は「欲望(文化)」という側面だとするならば、人間は常にその二つの間で引き裂かれ、その葛藤を常に解消したいと願うのが人間だという認識から考え始めた結果です。
こちらのグラフは、日本の産業別就業者数の推移です。
(丸山俊一さんスライドより)
1960年、池田内閣の所得倍増計画の頃は、第一次、第二次、第三次の就業者数はほぼ1/3ずつでした。それから60年以上後、岸田総理が令和の所得倍増計画と言った2022年の産業別人口の構成比を見ると、8割方が第三次産業になっています。これは日本が豊かになり本能的な「欲求」ではなく「欲望」が経済を動かす領域へと主戦場が移ってきた状況を示していると言えるのかもしれません。
次は、少し強引ではありますが、資本主義の変化を図式化して、マズローの「欲求の5段階説」に重ねてみた図です。
(丸山俊一さんスライドより)
あえて5段階に「欲求」と「欲望」の領域を重ねていくと、1960年代から現在までの間に、有形の「物質的欲求」を満たす分野から徐々に5段階の欲求/欲望の上の方にある情報やサービスなど無形の「欲望」の分野に資本主義の中心が移ってきているという言い方ができると思います。。いまは「無形資産」の価値が注目されていますし、デジタル化された情報が価値の源泉となる「デジタル資本主義」の時代に突入しています。経済的な領域において、夢や人の心が経済を動かすようになってきているという言い方ができるでしょう。それがネガティブに働いてしまうと、感情の商品化につながり、過度な他者指向(同調、協調)や感情労働によるストレスの増加など、不安定性を内包しています。ネットの中でいろいろな情報が行き交う現代において、「欲望」が面白い夢を創造することもあるけれども、それがネガティブな感情を引き起こすことにもつながる時代です。これを踏まえると、「欲望」とは、素晴らしくもあるけれど、悪でもあるかもしれない、両義性が常にそこにはあるのです。これらのことを含めて「欲望」の領域と捉えるならば、「欲望」をどのように考えるべきか、これをみなさんと議論するのも面白いのではないか、と思っています。
鎌田:丸山さんが最初に「欲望の資本主義」シリーズを作られたとき、「資本主義のエンジンは欲望ではないだろうか?」という問いは、どのような問題意識、入り口があって、その問いを深めていったんでしょうか。
丸山:番組のナレーションでは毎回「やめられない、止まらない。欲望が欲望を生む、欲望の資本主義。」が入ります。まず、私の素朴な疑問として、各家庭が電化製品を求めることが推進力となっていた高度成長の時代などと比べて、そもそも現代は、自分が欲しいものをみな本当にわかっているのだろうか、というものがありました。その問いを突き詰めた時に、形のない、得体の知れない「欲望」が動かしている資本主義のメカニズムの本質を考えようという問いに傾いていったということだと思います。単に「強欲資本主義」をやめたほうがいい、といった単純な話ではなく、現代の「欲望」の中身そのものを一度見つめてみたらどうだろう?という問題意識がありました。
鎌田:ただちに脱成長を、ということではなく、「欲望」が駆動しているであろう現象にどう向かっていくかを問うということですね。
丸山:おっしゃる通りです。脱成長、反資本主義と言ってしまうと、それはそれでまたひとつ別の罠に囚われる気がして、そうではない第三の道があり得るのではなかろうか、という問題意識を持っています。サステナビリティの議論のなかで戦略をリセットするのが大事だ、ということはよくわかるのですが、日本の風土の中にもともと存在した自然に対する感覚などから考えると、まずはビジネスの領域かどうかも定かではないようなところの意識や無意識を、もう一度呼び起こすところから考えることが大事なのではないか、ということです。 日本は、戦後アメリカ型の資本主義に適応しようと色々なことを組み立ててきました。さらに90年代以降は、グローバルスタンダードが唱えられる中、アメリカ型資本主義のみが目指すべきであるかの如き流れが強まりました。しかし、安里紗さんの「服のたね」の話からも想像できるように、昔は日本でも綿を作って服を作って、と素朴にやっていた人々が数多くいたわけで、そう考えると戦後の歩みの見え方が変わってくることもあるのではないでしょうか。ちなみに、そうした考えの延長上に、「欲望の資本主義」という番組の次に、「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」という企画を立てました。これは、むしろサブカルチャー的なセンスで戦後史を見直してみると、大文字の歴史から僕らが取りこぼしている視点、着想に気づけるのではないかという試みです。アプローチの方法として、あえて、成長/脱成長の二元論を宙に浮かせたまま、その二つのバランスを取ることができる第三の見方があるのではないかと、考えたりしています。
まず、ネガティブに捉えられがちな「欲望」という言葉について考えたいのですが、そもそも「欲望」と「欲求」は違うのではないか、というところからスタートしたいと思います。「欲求」は、極端な比喩で言えば、砂漠を歩いていて水を飲まないと死んでしまう、というような、動物的な本能として生命の維持につながっているもの。「欲望」というのは、ワインはやっぱりチリ産を飲みたい、あるいは六本木ヒルズ49階で飲むコーヒーは美味しいななど(笑)、もっと文化や人間が構成する社会の習慣などに紐づくものです。
このように、わかりやすく「欲求=水」「欲望=ワインやコーヒー」と記号化してみると、人間には、動物的な領域で本能的に「水」を欲する部分と、「ワインやコーヒー」を作って文化的な生活を形成している部分があって、実は「欲望」の中には人間らしさにつながる文化や理性、社会性に紐づいている領域が入っているのではないかと思うわけです。
このことを連想した発端は、エーリッヒ・フロム(『自由からの逃走』で有名な新フロイト派の精神分析学者、社会心理学者)の『悪について』という本の中で語られている「人間というのは動物であって、動物ではない」というテーゼからです。これに対比させ「動物」の部分は「欲求」、「動物でない」部分は「欲望(文化)」という側面だとするならば、人間は常にその二つの間で引き裂かれ、その葛藤を常に解消したいと願うのが人間だという認識から考え始めた結果です。
こちらのグラフは、日本の産業別就業者数の推移です。
(丸山俊一さんスライドより)
次は、少し強引ではありますが、資本主義の変化を図式化して、マズローの「欲求の5段階説」に重ねてみた図です。
(丸山俊一さんスライドより)
鎌田:丸山さんが最初に「欲望の資本主義」シリーズを作られたとき、「資本主義のエンジンは欲望ではないだろうか?」という問いは、どのような問題意識、入り口があって、その問いを深めていったんでしょうか。
丸山:番組のナレーションでは毎回「やめられない、止まらない。欲望が欲望を生む、欲望の資本主義。」が入ります。まず、私の素朴な疑問として、各家庭が電化製品を求めることが推進力となっていた高度成長の時代などと比べて、そもそも現代は、自分が欲しいものをみな本当にわかっているのだろうか、というものがありました。その問いを突き詰めた時に、形のない、得体の知れない「欲望」が動かしている資本主義のメカニズムの本質を考えようという問いに傾いていったということだと思います。単に「強欲資本主義」をやめたほうがいい、といった単純な話ではなく、現代の「欲望」の中身そのものを一度見つめてみたらどうだろう?という問題意識がありました。
鎌田:ただちに脱成長を、ということではなく、「欲望」が駆動しているであろう現象にどう向かっていくかを問うということですね。
丸山:おっしゃる通りです。脱成長、反資本主義と言ってしまうと、それはそれでまたひとつ別の罠に囚われる気がして、そうではない第三の道があり得るのではなかろうか、という問題意識を持っています。サステナビリティの議論のなかで戦略をリセットするのが大事だ、ということはよくわかるのですが、日本の風土の中にもともと存在した自然に対する感覚などから考えると、まずはビジネスの領域かどうかも定かではないようなところの意識や無意識を、もう一度呼び起こすところから考えることが大事なのではないか、ということです。 日本は、戦後アメリカ型の資本主義に適応しようと色々なことを組み立ててきました。さらに90年代以降は、グローバルスタンダードが唱えられる中、アメリカ型資本主義のみが目指すべきであるかの如き流れが強まりました。しかし、安里紗さんの「服のたね」の話からも想像できるように、昔は日本でも綿を作って服を作って、と素朴にやっていた人々が数多くいたわけで、そう考えると戦後の歩みの見え方が変わってくることもあるのではないでしょうか。ちなみに、そうした考えの延長上に、「欲望の資本主義」という番組の次に、「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」という企画を立てました。これは、むしろサブカルチャー的なセンスで戦後史を見直してみると、大文字の歴史から僕らが取りこぼしている視点、着想に気づけるのではないかという試みです。アプローチの方法として、あえて、成長/脱成長の二元論を宙に浮かせたまま、その二つのバランスを取ることができる第三の見方があるのではないかと、考えたりしています。
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