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六本木アートカレッジ
<未来を拡張するゲームチェンジャー>イベントレポート

自分だけの視点<EYES>を持つ

更新日 : 2023年11月21日 (火)

【5】小野澤峻(藝術家)



2023年はChatGPTの出現で、「10年後になくなる仕事は?」といった予想がさらに現実味を増して捉えられています。「人間にとって仕事とは?」「自分らしく生きるとは?」を、より問われる時代となったとも言えるでしょう。

2022-2023年の六本木アートカレッジシリーズ <未来を拡張するゲームチェンジャー U-35>」では、新しい価値を生み出す5名のゲストを招き、トークイベントを開催しました。ゲストに共通していたのは、業界やジャンルの境界にとらわれず、オリジナリティのある道を切り拓いていること。当初「U-35」と年齢で区切っていた企画でしたが、お話を聞くにつれ、彼らが道を切り拓いていく源は「若さ」にあるのではなく、「自分だけの視点<EYES>」にあると感じました。

そこで、<六本木アートカレッジ>でのトークを振り返りながら、ゲストスピーカーの「社会の捉え方」や「世界の見方」など、独自の視点にスポットをあてたイベントレポートをお届けします。
第5回のゲストは、ジャグリングパフォーマーとしての視点を切り口に、人間の根源的な好奇心を刺激する現象を追求する藝術家・小野澤峻さん。脳科学者の立場から、科学とアートの関係性を探求されている中野信子さんのモデレートで、「人間」の根源的な喜び、「美」の認知、好奇心の源泉について、たっぷりお話いただきました。


 
小野澤峻's EYES 1ジャグラーが身体感覚を積み上げていくように、ものづくりをしたい。
小学校でお手玉にハマり、中学校からジャグリングをはじめ、県内唯一の大道芸部がある群馬県立前橋高校に進学しました。在学中は、学校や老人ホーム、地域の夏祭りなど40箇所を超える場でパフォーマンスをしてきました。そこから表現そのものに興味を持ち、領域にしばられずに色々なことを学びたいと、東京藝術大学の先端芸術表現専攻に進学しました。大学院まで進み、現在は広告代理店に勤務をしながら藝術家としても活動しています。

ジャグリングをはじめたきっかけは父の甘い罠です(笑)。父が片手で2個のお手玉ができる人で「おい峻、10キャッチできたら千円やるよ」と言われたので、ご褒美欲しさに練習してできるようになりました。それを父に見せたら「俺が言ったその時にできないとあげられない」と言われて、えー!?ずるい!と思ったのですが、じゃあいつ言われても見せられるようにしようと右手、左手と、どんどん技を練習していくうちにハマっていたという経緯です。

14歳のときにテレビで「ジャグリング」という言葉を知り、僕がやっていたお手玉はジャグリングという競技なんだと気付きました。それからはyoutubeでうまい人の動画を見てたくさん練習し、高校の部活では朝練、昼練、放課後、帰宅途中の駅、家、、、と運動部並みの練習をし続け、17才(高2)のときには競技としてのジャグリング全国大会で3位に入賞するまでになりました。

ただ高3になり、周りが「あの大学に行きたい」と言っているなかで「やばい、自分はジャグリングしかしていない」となって(笑)。そこで、「大学図鑑」を見ながら、自分の興味に合う合わないを選んでいき、最後に残ったのが東京藝術大学でした。自分の興味、学びたいことの最適解を模索した結果、藝大に行くしかないという状況になったことで、美術の世界の入口が開けたわけです。大学に入ってからは、ジャグラーの身体感覚を、機械やコンピューターで拡張したような造形作品を作っています。

学部の卒業制作で作った作品が『Movement act』です。ボールを入れているのが僕で、パフォーマンス彫刻という見せ方にチャレンジした展示でした。



最初は6個の制御から始め、8個、12個、16個と、徐々に増やして、球がぶつからない間隔をギリギリまで詰めていって、このかたちになっています。僕は理系の人間ではないので、数学的に計算して絶対当たらないという正解を出すのではなく、身体感覚と、ものづくり感覚でやっています。土台の精度も一定ではないので、摩擦があって、球を弾いて発射するときの速度も難しく、この距離でこのタイミング、この速度ならぶつからないという僕の身体の経験値で積み重ねていった結果、あのパフォーマンスが完成しています。ジャグラーとして、練習で身体感覚を積み上げていく方法をとってきたので、ものづくりでも同じようにしようと思ってやっています。
小野澤峻''s EYES 2その場にいる全員に共通の感覚を連想させるきっかけ、スイッチを探す。
僕の原体験であるジャグリング、大道芸の素敵なところは、知らない土地で音楽がかかり始めると、初めましての老若男女が集まって、いつの間にか笑顔で手拍子をして、最後に盛り上がって感動して、お金入れて、応援してます!みたいな感じになるところです。たった20分くらいで、あそこまでパフォーマーと同調する体験は唯一無二で、サーカスのように整えられた舞台ではなく、当たり前だった日常に感動空間が立ち上がるのが、ものすごく素敵だと思っていて、それに取り憑かれて続けてきました。そんなバックボーンを持つ僕が、美術の世界に進み、最初に美術館に行ったときの感想は「わからない」でした。説明を読んでも何を言っているのかわからないし、作品の読み解き方も知らない。大道芸という誰でも立ち止まって楽しんで笑えるという世界からすると、それはすごい違和感でした。同じ表現のはずなのに、僕のやりたいものとちょっとズレがあると思い、僕の経験を絶対に美術という場で生かさないといけないと思ったので、自分の作品では、自分自身が登場したり、パフォーマンスという要素を、彫刻に織り交ぜたりすることを意識的にやっています。

『Movement act』は僕がパフォーマーとして登場してボールを入れるので、僕とセットで作品になっています。人が操作するので、容姿や、醸し出す雰囲気を駆使して作品の鑑賞の緊張感をある程度こちらでコントロールできると思っています。
開演1分前に作品のまわりを背筋を伸ばし歩いて周囲の様子を窺っている人がいて、何かが始まるんじゃないか?という空気づくりから僕は始めます。いざ実際に始まると「おっ!始まったぞ!」という観客の共通のマインドセットができ、それが作品の造形の美しさを際立たせます。演劇舞台でブーと音が鳴って幕があがると思いますが、あれと同じです。その場にいる多くの人で共通の意識が想像されている状態ですね。

どういうきっかけを作ると、全員に同じ感覚や考え方を連想させることができるか、そのスイッチを探すという作業をよくやります。パフォーマンス後は、作品を見た人とコミュニケーションをとって感想を聞いたり会話をすることで、作品の考え方や捉え方を、こちらがこう伝わってほしいと思うほうに近づけることができるので、僕は必ず作品に登場します。
小野澤峻's EYES 3「楽しみの余白」で世界はあふれているから、
多くの人がまだ気付いていないことを、面白いと思えるかたちに変換していく。
会社では新しい玩具の開発、ショーの演出、舞台美術デザインなど、クライアントさんと一緒に世の中にないものを作る、という仕事に携わっています。美術だけではなく、ゼロから1を生み出すのは、多くの人がまだ面白いと気付いていないことを、みんなが面白いと思えるかたちに変換していく作業だと思っています。今、目の前にあるこの景色をどれだけ面白くキャッチできるかが日々の大事なことだと思うので、自分の心を常にフレッシュにする、好奇心をくすぐり続けるための自主練のようなことをしています。それをみなさんにシェアしたいと思います。

まず「毎日が地球の修学旅行」というテーマを心の中に置いて、無関心で歩くのではなく、常に脳ミソ全開で歩いています。 海外旅行に行くときは、現地の言葉、味、観光地などを丹念に調べて、実際の街並みや人々をよく観察し、街の匂いも面白く感じる、ということが起きると思います。それは、キャッチできる情報を少しでも増やして、その場を思い切り楽しみたいからだと思うんです。それを「人生」というスケールでやれたら、きっと楽しいはず、というところを信じながら生きています

この会場は、本で囲まれているんですが、僕はほとんど読んだことがない本です。また、使っている机も、様々なデザイナーの方が蓄積した、使いやすさなどの人間工学に基づいて作られていると思うのですが、僕はこのデザインの意図をすぐには読み解けません。自分が今この瞬間に無視してしまっているものは、全部自分の能力をあげることで面白がれるもの、世界はまだまだ「楽しみの余白」であふれている、という考え方で生きています。
小野澤峻's EYES 4世の中のほとんどが、自分の身体感覚を通さないと咀嚼できないもの。
だから、ネットで見た情報は身体で確かめにいく。
「五感は双眼鏡、感性は虫眼鏡」というのも好奇心をくすぐり続けるためのキーワードのひとつです。五感を鍛えれば見える範囲を広げることができて、感性を鍛えれば見えるものの解像度をあげたり、違う角度で見られるようになり、物事を深く考察できるようになります。

具体的に「五感の筋トレ」としてやっているのが、身体感覚で受け取っているけれど、うまく言葉で表せないものを、なんとかして言葉にしてみようと挑戦する作業です。例えば、レストランで店主と話して、言葉にできないおいしさの正体を見つけ出そうとする「料理の因数分解」。そこで得たおいしさの秘密を、家で実践して近づけようとしてみています。

もうひとつ「トレンド試着マラソン」というのもやっています。友人と銀座に行って、どちらが先に20着試着できるかという勝負で、目に入ったお店にどんどん入り、ハイブランドの高級コートをお金を気にせず試着したり、普段じゃ絶対つけない20万円の指輪をつけてみたりします。「いい服、悪い服」と言葉で表されたり、「いい素材を使っている」など説明はあっても、それが身体感覚としてどのようにリッチなのか、というのは経験しないとわかりません。実際に着用することによって「いい素材」の正体が自分の中にしっかりと蓄積されて、どう着心地がいいのかを言葉で説明できるようになってきます。僕は、自分の身体感覚を通さないと咀嚼できないものが世の中のほとんどだと思っているので、ネットで見た情報は身体で確かめにいくという作業をかなりやっている気がします。
小野澤峻's EYES 5クリエイティビティを発揮して、これならバズる、新しいものが生まれると思っても、そのほとんどは他者にうまく届かない。
藝大でよくある質問の形式は「あなたにとっての⚫️⚫️はなんですか?」という「あなた」が主語のものです。その前提があるので、答えが他人と被ったらもう「死」です。そういう問いが当たり前のように存在している世界では、他人と違うことこそ「正義」であって、埋もれるような個性は個性じゃない。幸い僕は、職場もクリエイティブが求められる場所なのでそれを貫いていけますが、実際に日本の多くの会社や社会のなかで、個性やクリエイティブな感性、自分の意見を通すのが大変だ、というのは、本当にそうだと思います。

僕の経験の中ですが、多くの場合こちらがクリエイティビティを発揮して、これならバズる、新しいものが生まれると思うほとんどは、うまく他者に届かない、というか、おもしろさが理解されない、共有されていない、ということだと思います。誰しも自分にとって納得感のある言い回しや、前提があったりしますが、その前提が無い人にとっては正直よくわからない、ということが多発していると思います。

スマホネイティブと言われる世代が、毎日当たり前のように、SNSで面白い動画や、流行っていることをリアルタイムで感じて、自分の感性をアップデートしている一方、クリエイティブを評価したり、決定権をもっている方は、そういう前提ではない生活リズムのはずなので、例えば「多くの若者に人気な表現で」という話をしても伝わりにくい。それはどの現場も同じだと思います。その時に、僕がやっていることは、まず、まわりに面白がってくれる味方を増やすこと。「こいつの言っていることは、よくわからないけどめっちゃ面白いんですよ」という少し先輩くらいの視点を1枚噛ませたうえで、上の方にプレゼンをしたりすると、見え方が全然変わってくると思います。

伝わっていないということは、相手に想像できる材料を与えられていないということです。自分の思い描いているイメージが相手にも浮かぶように、具体例を二つくらい出して伝えていきます。そして、しっかり理解できているか、都度確認するようにしています。理解が足りていないとなったら、もう一度一から説明したり、別の例を出したり、図解したり、丁寧にコミュニケーションを取るようにしています。
小野澤峻's EYES 6作り続けるなかで、あの時の判断が今にとって正しいのかを「再解釈する」。
それを意識的に、連続してやっている。
僕がものごとを造形物にあてはめていくとき、例えば、このサイズは15センチくらいがいいんじゃないか、といった直感や身体感覚に基づいて判断することがあります。その際、ある程度造形物ができてきたときに「そいういえばあのとき、なんで15センチにしたんだっけ?」というのを改めて考えるようにしています。自分の中では「直感の再解釈」と名付けていますが、それをすると、実は手を広げたときに持ちやすいサイズだったとか、設置しようと想定していた場所が実は15センチだったとかが、明らかになったりします。数字的な話で例えましたが、色はこっちのほうがいい、サイズ感はこういうほうがいいなどが、実は社会の空気感が原因になっているかもしれません。

大学院で作った『演ずる造形』という、6個の振り子が衝突を繰り返しながら動き続ける、パフォーマンス作品があります。六本木ヒルズで開催されたMedia Ambition Tokyoでも展示しました。



これはコロナ禍に作ったものですが、当時なんとなくモヤモヤした気持ちで判断したことが、やはり後々再解釈したときに、その時の自分のテンションや気持ちと結びついてした判断だったなと感じます。再解釈することで軌道修正ができたり、むしろそこに全振りしたほうが表現として強くなるのではないか、と後々判断し直すことがよくあります。作り続けるなかで、あの時の判断が今にとって正しいのかを再解釈する、ということを意識的に連続してやっています。
小野澤峻's EYES 7地球の仕組み、地球のリズムで動いているものとの共同作業が、心地よく感じる。
僕がなぜジャグリングを面白いと思うのかというと、地球とコミュニケーションが取れるからです。これも「再解釈」なのですが、ジャグリングとは、重力と対話することだと思っています。放物線の軌跡を腕のコントロールによって制御する。重力には逆らえないので、ボールの高さを変えると手元に落ちてくる秒数が変わる、投げ方によって放物線の角度が変わる。それの組み合わせで7つのボールが投げられたり、3つで色々な軌道を作れたりする。純粋に身体を動かすことの楽しさもあれば、僕は今この地球の仕組みを使って、この行動ができている、このパフォーマンスが成り立っているんだ、という感覚があります。大学のときに、ジャグリングをしている自分のアイデンティティを考えていて、地球と会話している感じがするのがよかったんだと、気づきました。群馬の田舎で、おじいちゃんと田植えをしたり、自宅でとれた野菜を調理して食べたり、という自然の中で育ってきたので、地球の仕組み、地球のリズムで動いているものと共同作業するのが、心地よく感じるのだと思います。

今、新しい試みとしてハマっているのが、毎朝お弁当をつくること。自分のなかで「お弁当表現実習」と名付けています(笑)。もともと料理は趣味でやっていたのですが、コロナ禍の外に出られない時期にさらにのめり込んでいきました。そこで、お皿がひとつの舞台空間だとすると、主役の料理がドンと乗っている料理(いわゆるパスタなど)の経験は豊富に溜まってきたので、舞台空間をまるっと変えてみようと思い、お弁当だ!となりました。ちくわにチーズとか、たこさんウィンナーとか、お弁当にしか存在しないおかず、主役をもぎ取っていくおかずが存在しているのが面白いと思い、その食表現を勉強したいと思って「お弁当」という新しい舞台空間を自分にインストールしています。これも「再解釈」してみると、料理というのは旬の野菜、地球のリズムで出来上がっているものと自分がどう共同作業ができるのかという一つの実践、ということだと思います。
小野澤峻's EYES 8作品から見えてくる態度は、同じ世界を生きている別の誰かにとっても
無関係ではなく、鮮やかな体験をもたらしうるものになり得る。
日本の美術教育の中で、現代美術の鑑賞方法みたいなものがないと思うので、美術館に行くと多くの場合は説明を読んで、そういうことらしいね、という楽しみ方で終わってしまっている気がします。最後に、いち藝大卒業生として、僕はこういう見方で美術館に行きます、というのをシェアしてみたいと思います。

作品を作る時にパッと閃いて、パっと物ができるわけではなく、それこそ一年とか、長い時間を日々こつこつ制作して完成します。色々な直感があって、その正体が、時代に即したものなのか、自分のルーツに根差したものなのか、毎日毎日たくさん考えて、手を動かして一つの造形物ができあがっています。その造形物というのは、作家にとっての世界の捉え方そのものであったりとか、自分の生きる態度としてできあがっていると思うんです。そして、作品から見えてくるその態度は、同じ世界を生きている別の誰かにとっても決して無関係な話ではなくて、時として鮮やかな体験をもたらしうるものになり得る、と思っています。

何の素材で作られているかという物質的な話だけではなく、その作者の生き方、態度、哲学を想像してみることです。それが、今は適用できなくても数十年先に有効になる哲学だったり、自分の生活態度を一変させる鮮やかな視点をもたらし得るものである可能性があります。自分と無関係じゃない、同じ世界にいる誰かの生きる態度として在るものだと見ることで、作品との距離が縮まると思うので、そういう視点をもって美術館に行ってもらえたら、と思います。


中野信子さんからのコメント
アーティストに会うときはいつもワクワクします。どんな風に世界を見ているのかが、とても面白い。小野澤さんの、地球と対話するようにジャグリングをする、という感覚はすごく新しくて、新鮮でした。

「美」に対する認知は私にとって大きな関心事です。近年はアート思考と言われていますが、受験教育では美術はマイナー科目とされたり、大人の世界では金持ちの道楽と言われたりします。でも、実際には「美」の認知に関わる脳の領域は非常に大きく、脳としてコストをかけてわざわざ「美」を認知しています。 ニュートンの偉大な発見はパンデミックの時代におきたと言われていますが、立ち止まって自分の普段見ていたものが、実は当たり前ではないんじゃないか、と再発見していく試み、それそのものがアートなんじゃないかと感じています。小野澤さんが、身体感覚に戻す、直感を再解釈する、とおっしゃっていましたが、「美しさ」の源泉は、そういうものにあるように思います。

自分たちの目先の利益ではなく、百年後、一万年後の未来を考えなければいけない時代に、その思考装置を提供してくれるのは、科学ではなく、アートだと思います。小野澤さんのような表現者の存在は希望だと思うし、日々好奇心を磨き、感性の筋トレをし続けている姿を見せていただいて、とても勇気がわきました。




▼トークシリーズ(全5回)詳細はこちら
<未来を拡張するゲームチェンジャー U-35>Vol.5
好奇心の根源に迫る〜共感が生まれる瞬間!〜
<未来を拡張するゲームチェンジャー U-35>Vol.5 好奇心の根源に迫る〜共感が生まれる瞬間!〜

ゲストは、ジャグリングパフォーマーとしての視点を切り口に、人間の根源的な好奇心を刺激する現象を追求する藝術家・小野澤峻さん。聞き手は脳科学者の中野信子さんです。対談では、人間の興味・関心を惹きつける表現について、人間だけが認知する感覚、根源的な喜びとは何か、など幅広くお話しいただく予定です。【オンライン開催】


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