記事・レポート
日本元気塾セミナー
イノベーションを目指さない経営
森川亮の経営哲学に迫る
更新日 : 2016年07月06日
(水)
【前編】 変化を強みにできる者が時代をリードする
無料対話アプリ「LINE」を世界的なサービスへと成長させた森川亮氏。2015年3月のCEO退任後に出版した『シンプルに考える』(ダイヤモンド社)には、「ビジョンはいらない」「差別化は狙わない」など、ビジネスの定石に反する言葉が並んでいます。森川氏が新たな挑戦としてスタートさせた動画配信プラットフォーム「C CHANNEL」の話題も交えつつ、日本元気塾塾長・米倉誠一郎氏が「イノベーションを目指さない経営」の核心に迫ります。
スピーカー: 森川亮 (C Channel株式会社 代表取締役)
モデレーター:米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター教授)
LINEは「水」のようなサービス
米倉誠一郎: 日本は平和で安全、街はきれい、食べ物もおいしい。これほど素晴らしい国なのに、自殺率は世界9位、先進国の中では断トツのトップです。考えられる1つの理由は、無意識のうちに自分の周りに見えない“枠”(ルール)をつくり、そこから外れてはいけないとプレッシャーをかけている人が多いから。これは、挑戦やリスクを恐れる心情の裏返しかもしれません。数々の既成概念を覆しながら成功を収めてきた森川さんは、この“枠”をぶち壊し、私たちにまったく違う世界を見せてくれるはずです。
森川亮: 私は大学卒業後、日本テレビに12年、ソニーに3年ほど勤めました。その後、社員30名ほどの赤字会社だったハンゲームジャパン(現LINE)に入りました。当時は36歳。パソコンも与えられない平社員からスタートし、他社に先駆けてソーシャルゲーム事業を軌道に乗せ、その後は検索事業を立ち上げ、東日本大震災をきっかけにLINEをつくり、CEOを退任した時は売上1,000億円超の会社に成長しました。
米倉誠一郎: 現在のLINEのユーザー数は、世界で約2億人。それだけいれば、色々なことができますね。
森川亮: 元々、LINEは「水」のようなサービスになろうと考えてつくったものです。つまり、私たちの生活にとって、ごく自然に必要とされるもの。スマートフォンにおける水とはコミュニケーション。それをいかに便利で楽しいものにしていくか。
特に重視したのは、「そのサービスがコミュニケーションのきっかけになるか?」「そのサービスによってコミュニケーションが活性化するか?」の2点です。例えば、「スタンプ」がきっかけとなり、新たなコミュニケーションが生まれる。また、コミュニケーションは、そこに含まれる要素がリッチになるほど活性化します。メッセージの文字数が多いことはもちろん、スタンプ、写真、音楽、動画もついていれば、コミュニケーションはさらに活性化していきます。
その次のステージでは、「道」をイメージしました。LINEという道ができ、そこをたくさんの人が通るようになった。そうなれば、道の周囲には様々なお店ができるはず。そのようなイメージで、ユーザーのニーズを徹底的に追求し、色々なサービスを検討しました。当然、うまくいくものもあれば、いかないものもありましたが。
ビジネスの「常識」を疑う
森川亮: 経営は成功ばかりではなく、当然失敗も数え切れないほどありました。そのたびに徹底的に考え抜いた結果、思考がシンプルになり、様々な気づきが得られました。
例えば、多くの日本企業は同質性が高く、空気が共有され、会議ではコンフリクトもなく物事が決まります。外国人のスタッフが多かったLINEでは、とにかく異なる意見しか出てこない。1つを選んだとしてもどこかで角が立つ。こうした中でも、会社は時代に合わせて絶えず変化し、成長していかなければなりません。特にITの世界は非常に動きが早く、日本式のマネジメントも通用しません。
最終的に、変化が激しい時代は、組織もまた変化し続けるしかないと考えました。むしろ、変化を強みにできなければ、時代をリードするのは難しい。どうすればそれが実現できるのか?徹底的に考え、試行錯誤を重ねながらマネジメントのあり方を見直しました。
日本で一般的な給与制度は、過去に成功した人ほど給料が高い。しかし、そうした人は過去の栄光に傷をつけたくないため、未来に対して臆病になり、将来的な価値は低くなります。会社が成長するためには、常に新たなことに挑戦し、未来に価値を出せる人こそ大切にすべきです。
また、長く在籍しているだけの人も給料が高い。そこで、全社員の給料を一旦リセットし、肩書きにとらわれず、未来に価値を出せる人に高い給料を配分するようにしました。当然、多くの社員が納得せずに辞めていきましたが、一方ではベクトルが先鋭化され、進取の精神にあふれた活気のある職場に生まれ変わりました。
もう1つは、成功している事業を改善していく仕事ほど、誰もが担当したがります。楽だからです。例えば、Ver.2を出さずに、Ver.1.01を出すような仕事でも5%、10%は成長しますが、5倍、10倍にはなりません。そこで、少しずつ改善する仕事と、ゼロイチから5倍、10倍を生み出す仕事を分け、前者はすべてコストの安い海外に出しました。これにより、日本の全部署が新規事業部のような体制になりました。
定例会議もやめ、重要な決断が必要な時にだけ会議を行うようにしました。日本では「会議が仕事」になっている人も多いですが、ムダな会議をなくしたことで、そうした人の仕事がなくなります。物事が早く決まるようになったことで、本来やるべき仕事に集中できるようになりました。
また、会議ではよく「リスクが、コンプライアンスが」といった話になります。しかし、誰もやったことのないビジネスにリスクはつきもの。有効な解決策も出さずに問題点ばかり指摘する人に、存在価値はなく、次第に会議に呼ばれなくなる。すると、彼らは仕事がなくなり、自らの考え方を変えるか、会社を辞めるかの二択が迫られます。
変化に対応できない日本人
森川亮: 最も苦労した点は、スタッフが変化についてこられなかったことです。日本は、1つの仕事をコツコツ積み重ねることを好む人が多いため、急激な変化に体がついていかないことも多い。時代が急激に変化していれば、例えば事業計画も毎週、毎月ペースで見直しが必要になります。しかし、それに対して多くのスタッフが抵抗しました。「コロコロ方針が変わると、やる気がなくなる」と。そこで、事業計画の発表をやめてしまい、コッソリつくって変えていくというやり方に変えました。
結局、未来がどうなるかなど、誰にも分かりません。最も大切なのは、目の前の仕事に集中して成果を出すこと。時間をかけて素晴らしいビジョンや計画をつくっても、直近の成果が出なければ、絵に描いた餅になってしまいます。様々な事業を手掛けてきましたが、「計画を立てて良かったな」と思ったことは非常に少ない。むしろ、計画通りに進めようとすればするほど、ユーザーが求めている価値から離れてしまいます。
先ほど米倉先生が「日本は平和だ」と言われましたが、私は平和すぎて“動物園”状態になっているように思います。言うことを聞いて、その通りに働いていれば、決まった時間にエサが与えられる。しかし、世界には常に飢餓感を抱えた“野生動物”がたくさんおり、私たちはその中で戦っているわけです。野生動物になると、日本の企業では「協調性がない」と言われて出世できなくなりますが、いまの日本において最も大切にすべきものが「協調性」なのでしょうか? 甚だ疑問です。
該当講座
イノベーションを目指さない経営
LINEのCEOを退任した森川氏と日本元気塾塾長の米倉氏の対談です。
「イノベーションは目指さない」と明言する森川氏がLINEを世界的なサービスに育て上げたプロセスや、激変する経営環境での新たな挑戦を存分に語っていただきます。
日本元気塾セミナー
イノベーションを目指さない経営
インデックス
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【前編】 変化を強みにできる者が時代をリードする
2016年07月06日 (水)
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【後編】 イノベーションは強烈なパッションから生まれる
2016年07月06日 (水)
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