記事・レポート

日本元気塾セミナー「ホンダジェット、世界一の挑戦」

〜本田宗一郎の夢を実現した男〜

更新日 : 2019年03月18日 (月)

後編 対談/藤野道格氏×米倉誠一郎氏

米倉誠一郎(日本元気塾塾長/法政大学教授/一橋大学イノベーション研究センター特任教授)

米倉誠一郎:講演中、号泣している人もいたけれど、本当に泣けてきますね…。こういう言い方を僕はあまりしないのだけど、藤野さんは「スーパースター」だと思う。革新的技術を開発し、設計もわかっていて、さらに経営もして、論文まで書いている。しかも「飛行機」ですからね。それにしても、FAAの型式認定を取るのはものすごく大変なことなのですね。

藤野道格:想像を絶する世界でした。FAAに提出した書類だけでも240万枚。20年前は「飛行機と同じ重量の書類が必要だ」と言われていましたが、年々認定が厳しくなって、今では飛行機の重量以上の書類が必要です。

米倉誠一郎::2003年に感動的な初飛行(実験機)に成功したわけですが、この時点では会社には事業化する計画はなかったのですね。

藤野道格:そうです。ミシシッピーの基地も閉じて人員も40人から10人まで減らされました。そういう意味では、これはゼロから再起したプロジェクトです。


大局的なビジョンと段階的なアプローチ
米倉誠一郎:事業化までにいろいろ大変なことがあったと思いますが、藤野さんはそれを突破されてビジョンを実現された。大企業で自分のやりたいことを実現するためには、どんなことが必要だと思われますか。

藤野道格:大局的なゴールを持つことはとても大事ですが、結論を急がないことです。会議でも特定の個人を説得する場合でも、いきなり合意を得ようとしてもダメだと思います。特に大企業の場合は段階を踏んで進めなくてはなりません。会議の場で結論を急がないことです。相手の合意が得られないときは、次への布石を打つことです。まず相手の意見を認め、考える時間をもらうのです。それぞれの組織や規模に合ったやり方を考えなければなりません。

米倉誠一郎:そうした戦略は卓球で身につけられたのですか。中学時代から卓球をやっていたそうですね。

藤野道格:会場に卓球の強い人がいると話しづらいのですが…。

米倉誠一郎:いや、いない、いない(笑)

藤野道格:卓球王国の青森県だったので練習は厳しかったし、全日本クラスの選手と同じスクールでしたから、そういう人たちと練習し、試合もしていました。その中で、どういう人が強くなっていくのか、どういうときにどんな戦略をとるのかを学びました。

米倉誠一郎:たとえば?

藤野道格:私が一つ学んだことは、選手は「最後は得意技で決めたい」、「自分が思った形で得点したい」と思っていることです。たとえば、バックスピンをかけたときに、相手のオーバーミスで得点しても満足感はない。この場合はネットで得点しなければ満足できないのです。卓球は「予測のスポーツ」です。相手の立場に立って考えなければ勝てません。「相手がどんな形で決めたいか」がわかれば、次の手が予測できます。

米倉誠一郎:なるほど。




相手の立場に立って考え、予測する
藤野道格:「相手の立場に立って考え、次の展開を予測する」という意味では、会議も卓球と同じです。「なぜ、トップはOKと言いたくないのか」。その理由を瞬時に洞察し、回答したり対応したりしなければならない。会議はある意味で「頭の戦い」だと思います。

米倉誠一郎:大局的なゴールを実現するためには妥協も必要ですか。

藤野道格:そう思います。周りからは「藤野は妥協しない」と言われますが(笑)、一番重要なことを実現するためには妥協することもあります。

本田宗一郎さんとの、ただ一度の出会い
米倉誠一郎:本田宗一郎さんと一度だけお会いしたことがあるそうですね。

藤野道格:ええ。私が入社したとき、本田宗一郎さんはすでに引退されていました。しかし、和光の本田技術研究所で働いていた29歳のとき、トイレで隣に赤いアロハシャツの人がいました。ホンダのユニフォームは白ですから、あれと思って見たら本田宗一郎さんでした。飛行機が好きだと知っていましたから、「今、私は飛行機の開発をしています」と話しかけたかった。でも、上司から「絶対に言ってはいけない」と厳命されていたので言えなかったのです。今でもよく「あのとき、もし話しかけていたら、なんと言ってくれただろう」と思います。

米倉誠一郎:どうして口止めされていたのですか。

藤野道格:「もし、オヤジさん(本田宗一郎さん)が知ったら、即刻、引退取り消しだ。研究所に戻ってきて大変なことになるぞ!」と(爆笑)

米倉誠一郎:それは間違いない(笑)

藤野道格:そうですよねー。どんな顔をされたでしょうね。残念なことに、この出会いの数年後に亡くなられました。これが唯一のチャンスだったのです。ただ、今、思いますのは、本田宗一郎さんも、ホンダがいきなり世界ナンバーワンのビジネスジェットで航空業界にデビューするとは思わなかったのではないか、と。しかも、アメリカで。

米倉誠一郎:本田宗一郎さんにホンダジェットを見てほしかったなあ。

藤野道格:私の心残りです。さち夫人にお会いして、ホンダジェットのモデルをお渡ししました。「主人が生きていたらどんなに喜んだでしょう」。さち夫人は心からそう言ってくださいました。「ホンダで飛行機をつくるということには、こういう特別な意味があったのだ」と胸が熱くなりました。

米倉誠一郎:最後にもうひとつ。東大で航空力学を勉強したのに、なぜ自動車会社に?

藤野道格:当時、世界でイニシアチブをとって仕事ができる日本企業は自動車会社だと思ったのです。自動車会社は自社の意思や判断で、自分でリスクをとって、全世界でビジネスを展開できる。そういうダイナミズムを感じていました。

米倉誠一郎:ホンダを選んだのは?

藤野道格:若い人に仕事を任せてくれる雰囲気を感じたからです。

米倉誠一郎:そして今、ホンダジェットで世界と勝負している。

藤野道格:人生はどうなるかわからないものですね(笑)。ボーイング社でテストしていたとき、ボーイング社の上層部の人からこんなことを言われました。「他の日本の会社は怖くない。しかし、ホンダとかトヨタとか自動車会社が航空業界に参入してきたら、我々は重大なこととして捉える。日本の自動車会社には自社の意思で決め、莫大な投資をして世界でビジネスを展開できるダイナミズムがあるからだ」と。昔、自分が考えたことと同じでした。

米倉誠一郎:そして、今、ホンダは〝パンケーキを売るように〟ビジネスジェットを売っている(笑)。今日は大変エキサイティングなお話をありがとうございました。久々に泣きました。(了)



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ホンダジェット世界一の戦略
ホンダジェット世界一の戦略

藤野道格(Honda Aircraft Company社長兼CEO)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長)
異業種から航空事業への参入に、数々の常識を打ち破るチャレンジをもって臨み、成功へと導いた藤野氏の戦略と行動力・突破力とはどのようなものなのでしょうか?藤野氏の戦略的価値創造に迫ります。


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