記事・レポート

建築家・谷尻誠の「誤読」のすすめ

コンペ失敗例に学ぶ、真に勝つための思考術

更新日 : 2013年03月12日 (火)

第7章 「未完成という完成」があってもいい

谷尻誠(建築家/Suppose design office 代表)

 
玄関を入ると、屋外が広がる家

谷尻誠: 僕は「完成しないもの」にもとても興味があります。最近竣工した住宅のなかにも、一見、工事途中のようなものがあるのです。若いご夫婦に家づくりを依頼されたのですが、本当にお金がありませんでした。けれど「お金がないとできない」というのはすごく嫌なので、「あるお金の中で、できるところまでやりませんか」と提案したのです。

2階は生活できるようにすべてつくり上げましたが、1階部分にはまだサッシが入っていません。玄関を入ってもまだ「外」なのです。そこにテントを張って住むこともできるし、家の中なのにキャンプ気分で食事を楽しむこともできる。使い方は生活のなかで決まってくるでしょうし、子どもができるなどして生活環境が変われば、また変わっていくでしょう。本当に必要になったとき、1階にも窓を入れる。その瞬間、そこは「室内」に変わります。お金はその時までに貯めておけばいい。この建物は、これから徐々に完成に近づいていくのです。

建築家がすべてを完成させるのではなく、これから住む人たちが完成させていく。完成の概念をもっと先延ばしするような完成があってもいいのではないかという提案です。先日この家に遊びに行ったら、1階にはベッドが置いてありました。そこでお昼寝したりすると、非常に気持ち良さそうでしたね。

人間がつくるものには、移ろうものが少ない

谷尻誠: 僕は「未完成という完成」と呼んでいます。建物は竣工すると施主に引き渡しますが、同時に庭も一緒に引き渡します。しかし、翌日には庭の木の葉っぱが何枚落ちているか分からないし、新しい芽が出ているかもしれない。庭は変わり続けることが許容されているのです。葉っぱが2~3枚落ちるように、屋内のタイルが2~3枚落ちていたとしたら、僕らは怒られてしまう(笑)。もし「建築自体が変わってもいい」という概念をもって設計できたなら、もっと自然のように移ろう、もっと美しい建築ができるのではないかと考えています。

この家を提案したのは、「外」の生活を住宅の「中」に取り入れることが、これからの建築の新しさや豊かさになるのではないかと思ったからでもあるのです。キャンプに行くと、大しておいしくもないカレーを、なぜかとてもおいしく感じることがあります。やはり「外」という要素が影響しているのだと思います。

このように、庭や自然といった移ろうものが、僕はとても好きなのです。けれど人間がつくるものには、移ろうものが非常に少ないと感じていますが、身の回りで2つだけ見つけました。時計と温度計です。これらは人間がつくるものと、自然がつくるものとの中間にある存在のように感じます。

思い通りにならないことを許容するのも、ナチュラルだと思う

谷尻誠: 「僕らの手でも、何とか移ろいを表現できないか」と思い、あるアート作品をつくりました。温度計の数字と目盛りを全部取りのぞき、額の中に並べたものです。夏になると水位が上がり、冬になると下がります。季節の移ろいや温度変化が、数字ではなく絵として感じられるのですね。

この温度計は職人さんに300本つくっていただきました。その過程で、温度計は同じようにはつくれないことが分かったのです。液だまりの部分はすべて手作りなので、液体の量によって目盛りの位置は全てバラバラになるようです。こうした思い通りにならないバラバラな状態を許容することも、自然との付き合い方としてすごくナチュラルだなと思っています。

僕は結局、どの依頼であっても、「どのように考えて何をつくるべきか」をずっと問い続けているのです。「何が正しいか」は、社会の価値観ではなくて自分の価値観で決めることの方が大事です。このことが皆さんに少しでも伝わればいいなと思って、今日はお話しさせていただきました。ありがとうございました。<了>

<気づきポイント>

●写真鑑賞は、展覧会やギャラリーで観て体感するのが面白い
●すべて理解したうえで、あえて「空気を読まない」ことが大事
●名前にとらわれずに行為自体に目を向けると、物事のはじまりに戻れる
●目の前の勝利より、「何を考えているか」が将来的な勝利につながる
●異なる分野からでも、ヒントをたくさん取り込むべき