記事・レポート

のんびりいこうよ!

あなたはのんびり派、それともモーレツ派?

更新日 : 2010年06月09日 (水)

第1章 <カツマー>VS 『しがみつかない生き方』

商いが低調になる二月と八月の生活実感から生まれた俗語「二八(ニッパチ)」。しかし最近は、普段に二八状況です。こんなとき、私たちはどういう心根で毎日を過ごしたらいいのでしょうか?“カツマー”VS『しがみつかない生き方』を筆頭に、のんびりとモーレツ、コントラストの効いた本をご紹介します。

講師:澁川 雅俊(アカデミーヒルズフェロー/前慶應義塾大学環境情報学部教授)

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澁川雅俊: 少々まわりくどい話ですが、こういうわけで今回のブックトークのテーマ「のんびりいこうよ!」が決まりました。

(開催が)2月ということで、「二八(にっぱち)」なる俗語がふと頭に浮かびました。このことばは、最近余り聞くことがなくなりましたが、端的に言うと、「2月と8月は、不景気な時期、時節」を指します。世間はいま、本来の意味にかかわりなく年中不況感と閉塞感で満ちあふれています。

そんなことを考えていたとき、ふと浮かんだのが、♪のんびりいこうよ、どこまでも……♪のメロディと、あの一世を風靡した石油会社のTV・CMでした。1970年代の初め頃のことですが、ある日の午後、マイク真木作詞作曲の「気楽に行こうよ」の唄の一節をBGMにして、野原の一本道を2人の男が車を押しています。そのさびの一節の終わりに「車はガソリンで走るものです」というMCが入ってフェードアウトするのです。

これは、高度成長期のまっただ中で人びとがしゃかりきになっていたときに、おおいに受けたというのも興味深いのですが、その少し前に別の石油会社のCMが流行りました。若い女性を描いた立て看板の脇を猛烈なスピードで走り去ると、その風にあおられてスカートの裾が捲り上がるという姿を映し出し、彼女がスカートの裾を押さえながら、「オーッ、モーレツ!」と声を上げる、というものです。

なにやら地下鉄の排気口の上での、あのマリリン・モンローの姿が思い起されますが、この「のんびり」と「モーレツ」のコントラストが、今回のブックトークの切り口を決めてくれました。

●勝間本の隆盛

実はそのコントラストの面白さと、勝間現象VS『しがみつかない生き方』(香山リカ、幻冬舎新書)がかぶったのです。つまり<カツマー>などという流行語を生み出した勝間和代の処世術が世間に受けにうけている最中に、それに水を掛けるような主張が出版され、これもまた多くの人たちから支持され始めたのはなぜだろうか、という興味です。

香山のこの本は、昨年(2009年)7月に出版されると、たちまちにベストセラーになり、その後も上位にランキングされ、ついに昨年のノンフィクション新書の年間第1位になりました。

一方勝間の本は、07年頃から評判になり、これまでに『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『お金は銀行に預けるな』(光文社新書)、『効率が10倍アップする新・知的生産術』(ダイヤモンド社)などを始め、この3年の間に40点以上(翻訳書を含め)も出されています。それらはすべての題名が示すようにそれぞれにはっきりとした主張があり、いずれも実生活の面でわかりやすいことから、多くの人びとが手にしたのでしょう。とりわけ、『断る力』(文春新書)でそうした評価が定着したようです。

彼女の考え方についてさまざまな捉え方があります。例えば『ぼくらの頭脳の鍛え方—必読の教養書400冊』(立花隆・佐藤優著、文春新書)では「勝間和代は新自由主義者じゃない」という一節を設けて、彼女の考え方を取りあげ、一定の評価を下しています。また『勝間和代現象を読み解く』(日垣隆著、大和書房)などというものも出されています。

●香山の反撃

最近になっても、勝間の勢いはとまりません。『やればできる』(ダイヤモンド社)、『結局、女はキレイが勝ち。』(マガジンハウス)、『チェンジメーカー』(講談社)などと、相次いで出され、「あなた自身が成長・成熟しないでは、この世はいっこうに変わりませんよ」と、閉塞感にうちひしがれている人びとを鼓舞し続けています。この短い期間での矢継ぎ早の著述は、『目立つ力』(小学館101新書)を誇示したいがためだけではなく、何やら<アセリ>のようなものを私は感じます。

おそらくそういう印象が現在精神病理学者として大学で人間の心の問題を研究している香山をして、『しがみつかない生き方』を書かせたのでしょう。

私たちにはまず、ほしいのは「ふつうの幸せ」と説き、そのために次のようなルールを掲げています。それらは、
(1)恋愛にすべてを捧げない
(2)自慢・自己PRをしない
(3)すぐに白黒つけない
(4)老・病・死で落ち込まない
(5)すぐに水に流さない
(6)仕事に夢をもとめない
(7)子どもにしがみつかない
(8)お金にしがみつかない
(9)生まれた意味を問わない
などなどです。

それらのすべてがすべて必ずしも勝間の考えのアンチテーゼではないのですが、その基調は“あるがまま”を受け入れ、“こだわらない”こと、あるいは人間の力ではどうにもできないもの、例えば運命とか、自然とかいうものを認め、その限りにおいてはあくせくしないことが心の安らかさ、すなわち、幸せな気持ちになれるということです。

そうした観点から香山は、
(10)<勝間和代>を目指さない
というルールを最後に置き、成功するための方法論やハウツウだけに心を砕くことに疑問を投げかけています。

しかし、何かにしがみつかない、こだわらないで心の安寧を保とうといった考え方は、必ずしも香山本ではじめて主張されたわけではありません。時間を遡ってそういっている類書は結構あります。とりわけ<幸福本>といわれるジャンルのものに多く見られます。

『「持たない!」生き方』(米山公啓著、だいわ文庫)は「捨て去ることで、喪失感はなくなる。守っていこうとするから、喪失感が起こるのであって、求めていくなら、そんなことはまったく問題はない。」などと彼女と同業の視点で唱えています。また『持たない贅沢』(山崎武也著、三笠書房)、『競わない生き方』(平林亮子著、ワニブックスPLUS新書)、『心の「とらわれ」にサヨナラする心理学』(E・ランガー著、加藤諦三訳、PHP研究所)など最近出された本は、香山本の類書です。

●オマール・ハイヤームの『ルバイヤート(四行詩)』

私は香山のルールを拾い読みながら、では具体的にどう身を処したらいいかを考えていたのですが、その時ふと浮かんだのが、『ルバーイヤート』(オマル・ハイヤーム著、岡田恵美子編訳、平凡社ライブラリー)でした。

「ルバイヤート」とはペルシャ語で「四行詩」のことですが、そのことはペルシャ語から直接翻訳したと号している陳舜臣の『ルバイヤート』(集英社)の一節を紹介すれば、うかがい知れるでしょう。「世は挙げて黄金を慕い/金銀財宝目もくらむばかり/されど砂漠に降れる雪のごとく/あえなくも溶けゆくを如何せん」

この本は、十九世紀半ばに英国詩人エドワード・フィッツジェラルドの英訳で世界的に知れわたり、これまでにさまざまなスタイルの本が出されてきました。そのなかにこんな本があります。『RUBAIYAT OF OMAR KHAYYAM』(Rendered into English Verse by E・Fitzgerald, Hodder & Stoughton,[1913])は、挿絵入り本のひとつですが、この本に施されたE・デュラックの挿絵を見ながら、他の詩文を追っていくと、「盃に酒をみたし、この世を天国にするがよい、あの世で天国に行けるかどうか分からないのだから。」(岡田恵美子訳)などと唱った虚無と享楽の詩と読み過ごされてしまうかもしれません。

が、熟読すると、「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず。唯春の夜の夢のごとし」という『平家物語』の冒頭の文節が聞こえてくるようです。そして『ルバイヤート』にその物語の底流にある<もののあわれ>を読みとることができます。そうなのです。この四行連詩は、人の生き方を香り高く唱っているのです。

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