記事・レポート

『暮しの手帖』の暮らしと仕事

編集長・松浦弥太郎が「文章術」を初公開!

更新日 : 2013年05月31日 (金)

第6章 現代は限られた時間の取り合い

松浦弥太郎(『暮しの手帖』編集長/文筆家/書店店主)

 
時間を交換している

松浦弥太郎: どのような人にも平等に与えられるものがあります。時間です。1日は、誰にとっても24時間ですよね。みんな、それぞれが持っている24時間の取り合いをしていると思います。たとえば、テレビ番組を作る側は、テレビを観るという時間をもらおうとしていますよね。

私たちはなんとなく時間を交換しているだけですが、何かをする時間が浪費になったとしたら、残念なことです。何か得になるのであれば、「今日の夕方2時間を費やそうかな」という気になる。

他人に与えられるものは何だろう?

松浦弥太郎: 自分のために僕に時間をくれたのであれば、何か得してもらいたい。『暮しの手帖』やCOW BOOKS※1の仕事でも、日々の暮らしのなかでも同じです。そう思えるようになると、「どのように仕事をしたらいいのかな?」「どのような文章を書いたらいいのかな?」「どのようなおしゃべりをしたらいいのかな?」をよく考えるようになるのです。誰かが自分に時間をくれていることを、忘れてはいけません。

みなさんも「他人に与えられるものって何だろう?」「持ち帰ってもらえるものって何だろう?」と問いかけてみてください。笑顔ひとつでも、挨拶ひとつでも、「ありがとう」という言葉だけでもいい。そういうとき、僕は必ず自分がしてもらいたいことをするようにしています。自分だけしか気づかない「秘密」をため込んでおくのも、そのためです。文章を書くことも同じ。文句や悪口を書くのはダメです。直接悪口を伝えるならいいですが、手紙では絶対に書きません。手紙の絶対条件とは「他人を喜ばせること」だと思います。

目の前のことを一生懸命やろう

松浦弥太郎: 先ほど「時間は限られている」というお話をしましたが、美容家の佐伯チズさん※2をご存じですか? あの方は60歳で会社を定年退職されてから、個人でいまの仕事を始めたそうです。60歳からですよ。

ですから、30代や40代の方も焦らなくて大丈夫です。5年や10年ムダにしたっていいのです。ムダな時間がないと、人間は成長できません。ただ「自分が他人に与えることができるもの」は探し続けてください。笑顔を見せたり、手を振ったりでも構いません。それだけでも、立派なことだと思います。

理屈っぽくならないこと。答えをみつけようとしたり、自分の頭の整理ばかりしていると嫌になってしまいますよ。話すことがすべて理想論のようになり、不自由になってしまう。他人にしてあげられることや、他人にしてもらったら嬉しいことを、毎日一生懸命やる。それでいいと思うのです。<了>

※1 編注:中目黒、南青山にあるショップ。ほかにも、コーディネートやプロデュース業務も行う。
※2 編注:美容アドバイザー。2003年に定年退職後、「アトリエ・サエキ144」を主宰、エステティックサロン「サロン・ドール・マ・ボーテ」を開業。

<気づきポイント>

●文章の「はじめ」と「真中」と「おわり」のバランスを考える。
●本当に読んでもらいたい文章には、自分だけの「秘密」を書く。
●「自分が他人に与えられるもの」を常に考える。