六本木ヒルズライブラリー

ライブラリアンの書評    2016年10月

毎日続々と新刊書籍を入荷するライブラリー。その数は月に200~300冊。
その書籍を司るライブラリアンが、「まさに今」気になる本は何?

『美人画づくし』
 池永 康晟【監修】


美人とは。

今も昔も「美人」とは大きな問いですが、そこには時代背景や個人の好みが介入し、定義は容易ではありません。たとえば顔立ちがバランス良く整っていることも美人の要素ではありますが、ただそれだけで「美人」とするのは早計です。


本書は現代日本画家による美人画揃い踏み。画家たちの描く絵は十人十色、様々なタッチ・アプローチで描かれ、加えて美人の解釈は人それぞれ、まったく違うことがわかります。
日本における美人画の系譜は時代の流れに翻弄され、50年ほどの断絶があったそうです。写真技術の発達によるフォトグラビアの台頭や、萌え絵(アニメーションタッチの絵)の大衆化により、いわゆる日本画的伝統を持つ美人画を画家が描かなくなったそう。それがここ最近あらためて注目を集め、次代の新たな描き手が活躍の場を広げています。

そんな描き手が語る、創作に際しての心情や心構えが、作品への理解を深めてくれます。
「観る人の心が映し出されたような作品を描きたい」
「描線にこだわる。女心のような曖昧で複雑な線を引く」
「どうしたらこの単純で強く儚い線描だけで、知性という美を描き表せるのか」
いずれの言葉も画家によって問い続けられ、結果作品として昇華され、再び深く問われゆくのです。


画集に収められた作品を見れば見るほど、そもそも「美しい」とはなんだろう、という疑問に至ります。わからぬままに、それでも見続けてしまう。定義することそれ自体が無力であるくらいに、ただ見ていたいとする力を持つのが「美しい」ということなのでしょうか。
写真では描写され得ない、画家の心情が表現された奥ゆかしき画に触れるほど、ますます虜になってしまいそうです。凛としたまなざし、独特の稜線、雰囲気が醸す甘美な毒。そこに描かれた女性の視線が問いかけるものを知りたいような、その視線が見つめる先を見てみたくなるような、そんな気がしてなりません。


美人画は、見れば見るほど見たくなる。
美人とは。美しいとは。その大きな問いに、美人画が応えてくれます。
(ライブラリアン:結縄 久俊)


美人画づくし

池永康晟
芸術新聞社