記事・レポート

危機を克服して進化する吉野家流経営

~「吉野家ウェイ」に見る現場を活かす価値追求マネジメント~

BIZセミナー経営戦略
更新日 : 2008年05月13日 (火)

第5章 会社更生で学んだこと

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安部修仁: 1980年に会社更生手続きを申請し、83年に更生計画が認可されて再スタートを切りました。それまでは典型的な急成長の企業体質でした。経営指標で最も重視するのは成長性。意識のほとんどを成長性に向けていました。その結果、だんだんとクオリティが劣化し、財務にも無理が生じたのです。会社更生法による再スタート後は、債務を債権者に返済することが事業目的になりました。安全性を最優先する経営になったのです。急成長から安全性へ——対極から対極への変化でした。

それまでは企業の拡大が個人の成長を促すと考えていました。拡大路線で突っ走る企業についていく過程で、人材としての能力が高まる、と。だから、例えば1年間に50店舗や100店舗など出店ありきで動いていました。その際、売上予測や家賃交渉などは二の次でした。そのため一つひとつの質がおろそかになってしまい、その結果、赤字店舗が増えてしまったのです。

最優先事項を安全性に切り替えてからは、出店ありきで行動することはできなくなりました。なぜなら債権者が「再投資に回す資金があるなら、借金を返済しなさい」という立場をとるからです。裁判官も、債務返済期間中の投資に対しては非常にシビアに見ます。従って、出店を希望する際は、この場所に店を出せば売上がいくらになるというのをロジカルに検討しなければならなくなりました。最低でもROI(投資収益率)は20%、年商は1億円以上を期待できる場所、家賃は月商の6%までなどの予測ができてはじめて出店の許可が下りるようになりました。大転換でしたが、結果的にこの経験が、安全性を確保する技術を高めることになりました。

急成長から安全性へ舵を切る際に最も困難だったのは、社員たちが持っている観念を変えることでした。今までよしとしてきたことがダメになるわけですから、難しいのも当然です。私が新しい観念を提示したら、総反対を食らいました。新しい観念というのは、受身では腑に落ちないんです。腑に落ちないと、行動も変わりません。吉野家が会社として新しい観念を本当に理解して「腑に落ちた」状態になり、行動を変えていくためには、社員一人ひとりが自ら思考の転換を図らなければなりませんでした。これを実現するのが、私には一番難しかったことでした。

しかし、思考を転換できた人間が一人増え、また一人増えていき、先に転換できた人間が周囲の仲間とコミュニケーションしていくことで、徐々に新しい観念を広めて共有していってくれました。ある程度まで広がると、あとは自然に新しい観念が全社員に浸透していきました。

こうして吉野家は、急成長のDNAに安全性という新たなDNAを結合させることに成功し、危機をブレイクスルーできたのです。