記事・レポート

なぜ、世界が「宇宙エレベーター」に注目するのか?
~日本が世界を率いるために、いま必要なこと~

更新日 : 2017年03月14日 (火)

【後編】 宇宙エレベーターの開発で、宇宙がグッと身近な場所に!
~宇宙エレベーター研究の意義とこれから~

青木 義男(日本大学 理工学部 精密機械工学科 学部次長・教授)

 
地球を飛び出し、人類が存続していくためのカギを握る宇宙エレベーター。前編ではその全貌が明らかになりました。続く後編では、より具体的な開発状況や将来への期待に就いてご紹介。宇宙エレベーターの秘めたる可能性を紐解いていきましょう。

宇宙エレベーターを研究する「3つの意義」とは?

青木義男: 研究において重要視される3つの考え方があります。
①社会的意義 研究が、社会の役に立つこと。
②工学的意義 技術のスピンオフも含めて、他の研究に役立つこと。
③教育的意義 次世代の研究者を育むために、研究が学生を含む国民に認知されること。

上記の3つの意義が揃わなければ、研究に対する国民の理解は得られません。
宇宙エレベーターの研究も、これら3つの意義に則った研究を行っています。

①宇宙エレベーターの研究における「社会的意義」

宇宙エレベーターの開発が成功すれば、社会に様々な良い影響をもたらします。
◆宇宙に行くためのコストが低くなる
宇宙エレベーターは「100万円以内で宇宙に行くこと」が開発目標の一つです。

【コラム】

ロケットと宇宙エレベーターではどれだけコストに違いがあるのか?
◆ロケットの輸送コスト
1キロの物体をLEO地球低軌道※まで輸送する⇒100万円
月面まで輸送する⇒1億~2億円
◆宇宙エレベーターの輸送コスト
1キロの物体をLEO地球低軌道まで輸送する⇒ 1万円
月面まで輸送する⇒100万円

つまり、宇宙エレベーターが実現すれば、私たちは、ロケットの100分の1のコストで宇宙に行くことができるようになります。

※LEO地球低軌道・・・国際宇宙ステーションがある、地上から数百キロのところにある軌道。(ほぼ地球の側面に近い)


◆安全に宇宙へ行ける
ケーブルを伝って宇宙に行けるので、燃料を搭載する必要がなく、爆発や空中分解の危険性がありません。安全に宇宙に行くことに関して、著名人からも期待されています。
「はやぶさ」のプロジェクトマネージャー川口淳一郎さんは「いつまで人間をミサイルに縛り付けて打ち上げるのか。」「出来る理由を探せ」と、宇宙飛行士の山崎直子さんは「命を懸けていく世界ではなく、誰もが自由に行ける宇宙になれば、改めて地球のすばらしさを感じられる」と、宇宙エレベーターについてコメントされています。

◆地球環境に優しい
これまで宇宙開発のために打ち上げられてきたロケットは、化学燃料を使用しているため、オゾン層の破壊に繋がっていると囁かれてきました。
一方、宇宙エレベーターは化学燃料を使用しないため、環境に優しいと言われています。

◆宇宙ごみ(スペースデブリ)対策にも繋がる
人類が宇宙開発を開始して50年以上の年月が経過。宇宙開発のためのロケット打ち上げなどによるごみが宇宙空間に排出されており、これまでに20,000個以上の宇宙ごみが観測されています。
宇宙エレベーターはロケットの打ち上げとは異なり、宇宙ごみを発生させません。地球と宇宙がケーブルで繋がっているからです。そのため、宇宙エレベーターは宇宙ごみ対策にも直結していると言えます。

②宇宙エレベーターの研究における「工学的意義」
世界中の研究者が切磋琢磨し、次なる研究につながる可能性を探っています。
日本とドイツで進む開発の様子をお伝えします。

◆宇宙エレベーター 地上からの開発
日本大学の開発チームが、クライマーが自律してケーブルを昇降する仕組みを開発。
既に高度1,200mまで到達させることに成功しており、日本の技術力を世界に示しました。
一方ドイツでは、第4次産業革命と銘打って、国・企業・大学が連携して様々な取り組みを行っています。また、ミュンヘン工科大には学生たちが自由に製品開発できる施設(アントレプレナーシップセンター)を建設するなどの取組みを進めています。 欧州宇宙エレベーターチャレンジは、過去3回開催されてきました。2012年には日本大学のチームが優勝。直近の競技会ではミュンヘン工科大が優勝しました。国を挙げた取組みの成果が結果に表れているともいえます。
◆宇宙エレベーター 宇宙からの開発
勢いづくドイツの研究に取り組みに負けじと、日本は宇宙からの開発にも力を入れています。
静岡大学の開発チームでは「スターズプロジェクト」を立ち上げ、活動しています。
2016年12月9日打ち上げられた「こうのとり」には、2ユニット超小型10センチ角のキューブサットを搭載、宇宙空間で分離されテザーを展開させる実験を行います。さらに現在開発中の超小型衛星「スターズーE」では、展開したテザーに沿って自律移動する超小型エレベーターを日本大学と共同で開発しています。宇宙エレベーターに関する実験を宇宙空間で実施した事例はまだなく、世界に先駆けて挑戦しようとしています。
写真左:キューズサット「はごろも」静岡大学提供 写真右:実験イメージ(CG) ⓒ静岡大学/Dino Sato

 
③宇宙エレベーター「教育的意義」

学生の宇宙エレベーターの開発風景

宇宙エレベーターの研究は、長期にわたり続けられています。私たちが生きている間に完成するのは難しいかもしれません。しかしながら、宇宙エレベーターの研究をこれからも継続し、実現させるためには、何より後継者を育てなければなりません。つまり、学生・大学・企業が協力し合って世界を相手に日本の宇宙エレベーターの研究を拡大していく必要があるのです。一度研究を諦めると、再度立ち上げるのは至難の業になります。どんなに小さいことからでもいいので、開発を始め、継続することが大切です。

先程も紹介した川口淳一郎さんの「できる理由を探せ」という言葉は、とても印象に残っています。私たちは、第三者から見れば「無理ではないか?」と思われる研究に、真剣に取り組んでいます。学生たちもポジティブに「できる理由」を考え、日々研究に励んでいます。日本の学生は強く、大きな夢を抱いています。議論にも慣れており、コミュニケーション能力も非常に高いです。そんな学生たちを、私たちは支援すべきです。

宇宙開発に関する研究は、コストの問題もあって学生同士が大学を超えて議論しながら企業にご支援もいただいて研究を進める必要があります。たとえば、衛星の運用管制基地局を共同で利用して世界各地から衛星の捕捉や交信を行いますので、世界の大学との連携ができます。また、世界各地の天文家と連携して衛星の観測も行えるため、世界との繋がりを実感できることも、学生と宇宙開発する楽しみの一つだと思います。今後はこのような取り組みを、企業とも積極的に取り組みたいと思います。

夢の実現に向けて—


青木義男: 「まずは、私たちのような大人が、子どもたちに未来の絵を描いていくことが大切です。つまり、夢を持たせるキッカケづくり。それによって、宇宙エレベーターに興味をもってもらえたら嬉しいと思います。『カッコイイな』と思うと、研究者は一生懸命ものをつくりますからね。歯車がかみ合うとやりたくなる、というのでしょうか。
佐藤実: 「大概の研究者たちは、『宇宙戦艦ヤマト』や『ガンダム』などに影響されて、『宇宙に行ってみたいな』という想いから宇宙への夢が始まっていると思います。『いい年をした大人が、そんなことまじめにやっているんだ』と興味関心を持ってくれたら嬉しいですね」。
青木義男: 「私たちが話していることに何か一つでも引っかかっていただけると、ありがたいですね」。
佐藤実: 「『実現できるんですか?』と聞かれることもあります。でも、信念をもって続けている人には人が集まってきます。だいたいの皆さんは、できるとは思っていないですよね。でも『タッチパネルでいい。キーボードはいらない』といったスティーブ・ジョブズには、誰にも想像できなかったビジョンがありました。彼亡き今も、彼がつくった商品は世界を変え続けています。『これで世界を変えるんだ』とやり続けることが大切です」。
青木義男: 「万が一、宇宙エレベーターの開発に失敗しても、カーボンナノチューブで強いケーブルができると、つり橋が長くなったり、建物が高くなったり他のものづくりに派生します。社会に対してインパクトを与えることができるのです。また、クライマーをただ作っただけでは面白くないので、ケーブルメンテナンスロボットなどスピンオフ技術を学生に提案させようとしています。それと同時に、学生たちが真剣に取り組む研究が、社会に対してしっかり貢献していることをきちんと伝えることが重要です。」
佐藤実: 「学生が引き込まれるような場所を、私たちがつくることが大切です。これからも宇宙エレベーターの開発を頑張っていきたいですね」。

質疑応答


Q 地球側のケーブルの先端はどのような状態ですか?
A 紐がついたヘリウムの風船の動きをイメージして下さい。端は固定されず、自由を与えます。移動できるほうがいいので、設置場所は海上で検討しています。南北東西に動かせるのが特徴です。

Q赤道上でなければ、宇宙エレベーターは成立しませんか?
A 静止軌道は赤道の真上にあるので、赤道直下の方が設置しやすいと考えられます。
南北30度くらいまでは、移動しても問題ないのではないかといわれています。東京での設置は厳しいものの、沖縄県ならば設置できる可能性があります。

Q宇宙エレベーターでのトイレはどうなるのですか?
A 非常に重要な質問ですね。無重力で使えるトイレが研究されています。環境を考慮すると、シャワートイレにすべきでしょう。トイレは重要なので、ますます機能性、デザイン性、様々な要素が問われるでしょうね。可能性がある市場でもあり、宇宙エレベーターのトイレは日本製をスタンダードにしたいですね。

Q日本は宇宙エレベーターでリードできるのか
A 宇宙エレベーターの開発は、現状、日本が一番進んでいます。
世界に先駆けて宇宙エレベーターの開発を成功させれば、第一人者としての確固たるポジションを築け、後に開発競争が激化しても、先駆者の権利、知見は揺るぎません。だから、一番に開発しなくてはならないのです。研究が進むにつれ、一国で宇宙エレベーターをつくるのは難しくなっていきますから、各国と連携しながら日本はメインプレイヤーとして先頭に立っていかなければなりません。
歴史上、今まで宇宙に行ったことのある人間は550人くらいしかいません。メインプレイヤーとして世界に認識してもらわなければ、日本にとって宇宙進出は不利な状況になります。特に日本は天災が多く、エネルギーの供給が難しい国。日本の宇宙基本計画には、宇宙から24時間体制で電力が供給される構想が練られています。このように自給自足ができる仕組みはとても重要です。宇宙から自然エネルギーを創り出すのです。そのためには研究資金が不可欠になるため、さらに言えば、経済が安定していないとメインのプレイヤーでいるのは困難でしょう。前もって開発に必要な技術持っていることも、保険的な意味でも重要ですね。



該当講座


六本木アートカレッジ 宇宙エレベーターで旅する未来
六本木アートカレッジ 宇宙エレベーターで旅する未来

佐藤実(東海大学理学部講師)×青木義男(日本大学理工学部教授)
ケーブルを使って宇宙を《昇り降り》する「宇宙エレベーター」の実現可能性が高まっているのをご存じですか?宇宙エレベーターでどんな宇宙旅行ができるのか、社会的、科学的、教育的な意義とは?実現までの課題は何か、日本が世界をリードするには、など「宇宙エレベーター」を専門とするお二人に具体的な事例をあげながらお話いただきます。


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