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活動レポート

時代を象徴する建築をつくる~水平性、高さは低く、材料は木~

《日本元気塾共通講義レポート》講師:隈研吾氏

活動レポート建築・デザインキャリア・人文化
更新日 : 2016年12月19日 (月)

建築家・隈研吾さんをお迎えした日本元気塾5期の共通講義。隈さんの人生の転機となったお仕事について、また、新国立競技場にかける想いや2018年に中目黒にオープンするスターバックス新業態ロースタリーのお話など、最新プロジェクトについてたっぷりお話いただきました。米倉塾長との対談、会場とのQ&A含め、盛りだくさんの内容から一部抜粋してレポートします! 

開催日:2016年11月17日(木) 
講師:隈研吾(建築家)、米倉誠一郎(一橋大学イノベーション研究センター教授)
文/佐野  写真/御厨慎一郎 

2020年と1964年の東京オリンピックは対極にある

「僕の大きな時代の認識から話したい」という言葉で講義はスタートしました。「2020年の東京オリンピックは、1964年東京オリンピックとシンメトリーになっている。1964年は高度経済成長期で、コンクリートと鉄の時代のピーク。丹下健三の国立代々木競技場は、当時世界から注目されていた。第二次世界大戦後の世界建築のひょっとしたら頂点じゃないか、という評価だった。」当時の建物のレベルで突出し、内部は神様の光がふりそそぐような空間の代々木競技場を見て、当時10歳だった隈さんは本当に感動したそうです。

丹下健三の代々木競技場は「垂直性、形は広く、コンクリート」。それに対して、隈さんが設計する2020年の新国立競技場のコンセプトは「水平性、高さは低く、材料は木」と対極を成しているそうです。「経済的には右肩下がり、少子化。そういう時代の豊かさとは何か。今の時代を象徴する建築を認識して作らなければならない。僕が目指しているのは、周囲が高層になったところにどういう風に新国立を溶け込ませていくか」ということを隈さんは強調します。

建築は災害をきっかけに変わる



話題は、1999年に石巻市北上川の土手の中に埋もれるように作った北上川運河交流館「水の洞窟」に移ります。「入口は埋もれているから建物に見えない。むしろ、建物を消そうと思った」というこの建物は、元々の土手が防波となり東北大震災の津波では被害を免れたといいます。
古くはリスボンの大地震(1755年)でヨーロッパが壊滅的になり、科学と技術の力で近代建築の走りが始まったと言われ、建築家の磯崎新氏は、建築の流れと災害とは関係性があると言っているそうです。
「第二次世界大戦後にどうやって立ちあがるか、コンクリートで復興するぞ!ということで丹下健三の建築は生まれてきた。僕は阪神大震災(1995年)のあと「負ける建築」を書いた。そして東日本大震災が起き、ああ、もう自然には勝てない、と。震災のあとに自分の考えは変わったと認識しています

転機となった建物~里山・素材との出会い~



次に、隈さんの転機となった建物についてお話いただきました。
「2000年、栃木県の那珂川町馬頭広重美術館のテーマは「里山」。すべて地元の材料で作ろう、といって作りました」元々裏手に位置していた里山の風景。そのまま山を背にして建物を作れば裏山になってしまうところ、建物の真ん中に穴をあけ、里山を観てから美術館に入るようにしたそうです。隈さん自身もその反響にびっくりし、これがCNNで取り上げられ、世界中から仕事が来るきっかけになったということでした。
また、中国の万里の長城にホテルを作るプロジェクトに参加した際「一番ローカルな素材、竹を使って、周りの緑を保存して、自然に併せて建物の形を変えて作った」ところ、中国での投票で1位となり、さらに北京オリンピックのCMの舞台に使われ、中国での仕事が増えるきっかけになったそうです。
他にも、高知県梼原町の木の橋にはその町の工場でできる30㎝の修正材を使ったり、かやぶき職人を元気にするためにかやぶきのホテルを作ったりするなど、隈さん設計の素材を生かした各地の自然に溶け込む建物、空間を見学するために観光客がヨーロッパからも来るという現象も起きています。

新国立競技場は、1年中誰でも入れる空間にしたい

そして、新国立競技場にかける隈さんの想いをお話いただきました。
森の中に溶けるように高さを低くする。僕らの時代は高さの時代ではなく、どこまで低くできるか。緑を建物の中に入れて、周りの緑と中の緑が溶けてしまうようにしよう。構造は鉄だけれど、インプレッションは木の建築に見せよう」というコンセプト。
「素材」は、前述の町工場で作れる30㎝の木材を使うこと、日本国内の被災地の木も使うこと(先日地震が起きた熊本の木材も)が決まっています。さらに驚いたのが、コンピューターでシュミレーションし、夏は観客席が涼しく風が通るように、冬は北風が上に抜けるように木材が組まれているということ。気象データを基に、季節によってどのくらいの方角から風が吹くかを調べ、東西南北で木の向き、隙間を細かく変えているのだそうです。
隈さんは、今までの国立競技場はイベントがあると人が集う場所だったが、新国立競技場は「NYのハイラインのように一周歩けて、下には小川が流れる。1年中誰でも入れる。そういうオープンな場所にしたい」と語ります。

日本元気塾名物!米倉教授との対談も少しだけご紹介



◆米倉 新国立競技場について、いろいろと周りから意見されることはあるでしょう?

◆隈 とにかく山のように意見は届きます。でも、いろいろな主義の方がいらっしゃるので、みなさん、新国立競技場をよくしたい、よかれと思って言っているのはわかる。あとは1964年の代々木競技場に比べて冒険が足りない、と言われることもあります。でも、僕は(前述のように)そういう時代では無いと思っているんです。

◆米倉 日本の成長の方向性が見えてきたな、と思っていた時、阪神大震災(1995年)が起きた。隈さんが地元のものを使い始めようと思ったのは2000年(設計を始めるのが1997年位)ということは、やはり震災がきっかけだったのですか。いつから、地元の素材に注目しましたか?

◆隈 1991年頃にバブルがはじけて、東京には仕事がなかったんです。それで、地方の知り合いに「仕事無い?」とか言って(笑)。僕の事務所はバブル最盛期に開いたので、東京では目立つ建物にしてよ、と依頼されていた。ところが、地方では、とにかく地元の木を使ってくれ、それ以外は任せるから、と言われる。それで、職人さんと話しをし、こんな素材はある?こういう加工はできる?といった話をしながら作る。その時に「ああ、この作り方は面白い」と思ったんです。


◆米倉 2020年に対して浮かれている人もいますが、オリンピック開催後が大変なことになる。そこまで見据えて、どんな日本を作っていくのか考えないと。今浮かれていてはだめですね。隈さんの、これからの時代観、日本観を教えてください。

◆隈 自信を持っていけばいけると思う。日本人は素材の細かな違いがわかる。こういう色のこういう木目がいい、といった繊細な感性は海外には無い。日本では当たり前のこと。日本人には美学がある。職人レベルにも浸透している。これは一朝一夕にはならず、千年をかけて培ってきたものだと思います。日本人のデザイナーや大工さん、職人さんは供給できるので、それをシステマティックに世界に売りだすプロデューサーがまだ少ないと思います。

◆米倉 それをどうやって日本の強みとしていくか、というのが大事ですね。時代は変わっていく。自然を征服するのではなく、共生するんだ、という。

◆隈 建築はカナリア的なんです。大きいので一番矛盾が出やすい。一度作ったら簡単には壊せないし、環境を破壊することもある。でも、建築が変わったら世の中が変わっていくとも言える。今、学生たちには「お前たちが作るものが変われば、世界が変わる。そういう気持ちを持ってやってほしい」と伝えています。

不安になっても「焦らない」

塾生からのQ&Aを少しだけご紹介!


Q デザインを始めるときに不安はありますか?不安がある場合、どう打破しますか?

A いい質問ですね。どうやっていいかわからない時があります。現地に行っても、難しい、閃かない。すごく憂鬱になる。そんな時は「焦らない」というのが大事。スタッフにもみんなで考えてみて、こういう見方もあったな、と気付くこともあるし、時間に任せることがあります。プロジェクトの途中にもしっくりこない時がある。焦って新しい案を浮かばようとするのではなく、人の声を聞くとヒントがあるんです。自分から出せるものは限られていますよ。人と話しているうちに思いつくことが多い。1人籠ってスケッチ、なんてしませんよ。

Q 「負ける建築」の次は何がくると思っていますか?

A インビトゥインーン(中間的なもの)。建築以外のものをデザインしている。トレーラーハウス、小さな傘が集まると屋根になる、とか。建築でも、家具でも、プロダクトでもない。今までは縦割りでインテリアデザイナーとか分かれていたけれど、中間領域が面白いと思っています。

【こちらも注目!スターバックス ロースタリー@中目黒】

先日、中目黒にオープンするスターバックスの新業態「ロースタリー」を隈さんがデザインすることが発表されました。シアトルの1号店では年間100万人が訪れるそうで、焙煎機を中心に位置し、出来立てのコーヒーはもちろん、食事、お酒も飲める施設になるとのこと。隈さんがデザインした福岡県大宰府のスターバックスは、細い木組みで建物を支える(デザインではなく構造材としての木がそのまま壁になっている)印象的な店舗。スターバックス会長ハワード・シュルツ氏が気に入り、隈さんと意気投合し、中目黒店にも携わることになったそうです。2018年オープンが待ちきれません!

終わりに


塾生からの質問に真摯に答える隈さん。感想を述べながら感動して声を詰まらせる塾生につられて、米倉先生が思わず涙する場面も。賛否両論いろいろな意見はあるなか「それでも僕は木でつくる」「建物は世界を変えられる」という隈さんの想いが伝わる濃密な2時間でした。2020年の東京オリンピックを象徴する建物になることは間違いない新国立競技場が完成し、そこに集う人々は何を思うのか。本当に楽しみです。

▼講師コメントや塾生の感想レポートは日本元気塾の「活動記録」をご覧ください!

日本元気塾とは

2009年よりスタートした「日本元気塾(にっぽんげんきじゅく)」は、さまざまな環境で、失敗も成功も経験した講師の生き様や仕事の流儀など、言葉では表せない「暗黙知」を間近で学ぶ社会人向けのプログラムです。
これまで約400名が卒業した日本元気塾の5期は2016年9月~2017年3月に開講しています。隈研吾氏は、4期はゼミ講師を担当され、今期は全塾生が受講する「共通講義」に日本元気塾ファミリーとしてご登壇いただきました。

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