記事・レポート
戸田奈津子氏が語る「映画の魅力を表現する字幕翻訳」
~1秒4文字、10文字×2行の世界~
更新日 : 2010年05月10日
(月)
第7章 字幕は「1秒4文字」
戸田奈津子: 映画の字幕というのは、人がしゃべるとパッと出て、しゃべり終えるとパッと消えますよね。ですから「しゃべっている間に読みきれる日本語にする」というのが一番の基本です。何字でも使っていい“本の翻訳”とは全く違います。
きょうのセミナータイトルにもありますが「1秒4文字」、これが一番重要です。1秒間に3、4文字です。3秒の台詞なら3×3で、9文字か10文字です。そういってもちょっと想像できないと思いますので、簡単な例をご紹介しましょう。
例えば「Margaret was born in San Francisco in nineteen-eighty. マーガレットはサンフランシスコで1980年に生まれた」という、なんてことのない英語です。こんな短い文章は3秒でしゃべれます。そうすると、3×3で、9か10文字で訳さねばなりません。
「サンフランシスコ」で何字あると思う(笑)? それに「マーガレット」がついたら、あっという間に30字はいっちゃいます。だからサンフランシスコというのは使えない。それを何とかして筋がわかるように訳すのです。「マーガレット」も使えないから、「彼女」にするなど、その場その場でいろいろな解決策がありますが、とにかく直訳していたのでは絶対に制限文字数に入りません。
ちょっと長い文章で、みなさん、実際にやってみましょう。2007年に公開された、アンソニー・ホプキンス主演の『世界最速のインディアン』の台詞です。インディアンというのは、アメリカンインディアンのことではなく、オートバイのことで、アンソニー・ホプキンス扮する初老の男が、それに乗って世界記録に挑戦するというお話です。
その彼が、こう言います——「If you don't go when you want to go, when you do want to go, you'll find your gone.」ホプキンスはすごく早口で、これを4秒ぐらいでしゃべるんです。
意味はおわかりかと思うのですが、直訳すると「行こうと思うときに行かなければ、本当に行こうと思ったときには、もう死んじゃっているよ」ということです。これだと何文字? すごくややこしいでしょう(笑)。これをたった4秒で言ってるんです。だから3×4=12か13文字ぐらいで訳さないといけない。みなさん、ちょっと挑戦してみてください。
字幕には正解がありません。いろいろな処理方法があるから、いろいろな訳ができます。それはいいんです。要は、どれぐらい原文に近いものをつかんでいるか。台詞のエッセンスは変えてはいけないのです。しかし、どんな名訳でも20文字になったら、読み切れません。だから、12か13文字のリミットは必ず守らなければいけないんです。さあ、どなたか、チャレンジしてみませんか?
参加者A: 次数制限は、漢字を入れて、ですよね?
戸田奈津子: もちろん。でもあまり難しい漢字、例えば「暫く」を漢字にするなんてズルをしちゃだめよ(笑)。
参加者A: 「死ぬ」という意味で、「逝く」という漢字がありますよね。それを使って、「逝く前に、行っておきな」。
戸田奈津子: それだと、ちょっと字数が足りないかな。足りないのも、だめなんです。なぜなら、声が残っちゃうから。あまり短いと間が抜けてしまうんです。字幕を読み切っても、まだ言葉が聞こえているというのは、読み切れないのと同じぐらいよくないの。
きちんと12、13文字あたりで収めると、ちょうど読み終わったときに画面から文字が消えます。すると気持ちいいんです。でも、今の訳、発想としては悪くないですよ。ほかにどなたか?
参加者B: 「後悔したときには、もうあの世だ」。
戸田奈津子: それも悪くないですね。ただ原文には「後悔する」という言葉はないので、ちょっと意訳し過ぎだと思います。字幕は「字数がないから、どんどん意訳する」というものでもないのです。やはり原文は尊重してほしい。でも、とてもいい訳だと思います。
いかに上手に縮めなければいけないか、おわかりいただけたでしょう? 私はこれを「やるときは、やるっきゃない」というような字幕にしました。「何かをしなければ」と「行く」というのは、別に本当に行くことを言っているわけではないので。
このように、字幕というのは字数制限の中で訳すわけです。これがほかの翻訳と全く違う字幕の一番基本的なルールです。
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http://www.academyhills.com/note/opinion/10031707MovSub.html
戸田奈津子氏が語る「映画の魅力を表現する字幕翻訳」 インデックス
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第1章 映画の字幕は日本だけのもの
2010年03月17日 (水)
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第2章 日本人が字幕を好む3つの理由
2010年03月25日 (木)
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第3章 映画にも、若者の活字離れの影響が出ている
2010年04月01日 (木)
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第4章 若者の映画離れを食い止めたい
2010年04月09日 (金)
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第5章 初めて字幕の存在に気づいたのは、就職活動のとき
2010年04月20日 (火)
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第6章 字幕の世界に入るまで、20年かかった
2010年04月27日 (火)
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第7章 字幕は「1秒4文字」
2010年05月10日 (月)
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第8章 ユーモアを字幕にするのは難しい
2010年05月18日 (火)
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第9章 アシスタントは、いません
2010年05月26日 (水)
該当講座
戸田奈津子 (映画字幕翻訳者)
戸田 奈津子(映画字幕翻訳者)
10月の六本木ヒルズクラブランチョンセミナーでは映画字幕翻訳者の戸田奈津子氏をお迎えします。「字幕翻訳者になりたい」と、夢を叶えるために、ゼロから出発し、門のない世界に挑み続け、字幕翻訳者として活躍するまでに20年間の歳月を振り返り、映画に魅せられたご自身の人生と、1秒4文字、10字×2行という厳しい文字制限の中から生まれる字幕翻訳の世界についてお話いただきます。
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