記事・レポート

本から「いま」が見えてくる新刊10選 ~2025年6月~

更新日 : 2025年06月24日 (火)

毎日出版されるたくさんの本を眺めていると、世の中の”いま”が見えてくる。
新刊書籍の中から、いま知っておきたい10冊をご紹介します。

今月の10選は、『月は誰のもの? 』、『移動と階級』など。あなたの気になる本は何?

※「本から「いま」が見えてくる新刊10選」をお読みになったご感想など、お気軽にお聞かせください。











月は誰のもの?
南極、海洋、アフリカの前例に学ぶ
A.C. グレイリング / 柏書房


月は誰のものかー?
この問いかけに、ほとんどの人は「誰のものでもない」と答えるでしょう。しかし、ある時点までは誰のものでもなかったはずの地球上の場所も、現在ほとんどがどこかの国の管轄下にありま す。宇宙へのアクセスがどんどん容易になっていくことが予想される近い将来、果たしてこの問いに同じように答えているのでしょうか。

本書は、激化する昨今の宇宙開発を背景に、宇宙における「コモンズの悲劇」を回避する方策を、20世紀の地球上のいくつかの土地を巡って起きた事例を振り返りながら考察します。
また、1967年に締結された宇宙条約についても言及し、技術の進歩により宇宙進出が現実的になる将来においての懸念点も挙げています。

“現時点では、人類の宇宙進出への対処をめぐる議論は、宇宙での活動に携わるわずかな専門家のあいだだけで行われている。この問題についてもっと幅広く社会に広げていかなければ、宇宙で 起きることを、少数の当事者だけが自分たちの政治的、商業的な利益のために決定するようになるだろう”

このように著者が警鐘を鳴らす事態を避けるためにも、地球上の土地の所有について改めて考えるためにも、「月は誰のもの?」という問いは意義深い問題提起となるでしょう。

 

移動と階級 
伊藤 将人 / 講談社 
買い物、通勤・通学、引っ越しに留学、二拠点生活やノマドワーク…「移動」はわたしたちの日常であり、自由に自分の意思でできることである、と考えがちです。この本は「移動」を経済的、政治的、身体的な条件と密接に関わる社会現象であると捉えます。当たり前のように移動できるということは、どんな条件、あるいは特権に支えられているのか。あなたは行きたい場所へ自由に行けますか?
 

森を焼く人
自然と人間をつなぎ直す「再生の火」を探して
M・R・オコナー / 英治出版
 昨今ニュースで見聞きする機会が急速に増えている、大規模な山火事。その甚大な“被害”や気候変動との関連性から、山や森で起こる火は恐るべき脅威として語られることが多い印象ですが、本書はまた別の見方を提示します。ジャーナリストである著者は、自ら森林火災についての講座を受け、森林火災消防士や火災生態学者とともに火入れの現場に通いながら、人と自然と火の関わりの歴史を学び捉え直していきます。ほとんど類書のない、意欲的なノンフィクションです。
 

問いの技法
明晰な思考と円滑なコミュニケーションのために
佐藤 裕 / 青弓社 
「『正解』より『問い』が重要」というフレーズや「質問力」という単語をよく見かけるように、現代は「問い」への関心、あるいは重要性が高い時代であることが感じられます。多くの本などでは「どう問うか」が主題とされるなかで、本書は「問いとはなにか」を主題としています。著者が問いを理論的に解説していく様子は、曖昧だったものが形を持つように、思考が整理されていく気持ちよさがあります。素朴な問いや曖昧な問いが思考を刺激する場合もありますが、問いの理論を学ぶことは副題にあるようにコミュニケーションの円滑化に役立ちそうです。
 

永久不滅の広告コピー
昭和・平成・令和 時代を超えていまなお心に残る
宣伝会議 編集部 / 宣伝会議 
月刊「ブレーン」の連載「名作コピーの時間」を中心に、過去の特集などで紹介した中から編集部が選んだ各時代の名作コピーを集めた一冊。広告コピーを集めた本は数多く出版されていますが、昭和から令和までのコピーを時系列で振り返るというコンセプトは、ありそうでなかったものです。また、実際にコピーを書いた本人や一緒に仕事をしていた人が解説しているのもこの本の特徴のひとつ。時代の変化を読み解いていくことも、懐かしく眺めているだけも楽しめる一冊。
 

〈ていねいな暮らし〉の系譜
花森安治とあこがれの社会史
佐藤 八寿子 / 創元社 
近年本や雑誌に頻出し、中国などアジア圏でも日本的な生活観として注目される「ていねいな暮らし」という言葉。本書は、副題にあるように、1948年に創刊された『暮らしの手帖』の編集長として知られる花森安治の思想と実践を軸に、「ていねいな暮らし」はどこからきたのか、なぜ近年よく使われるようになっていったのかを辿ります。雑誌や本というメディアに登場する言葉やイメージの流通量から論じられる部分が多く、メディア論的な側面があるのも面白い。
 

男性学入門
そもそも男って何だっけ?
周司 あきら / 光文社 
ジェンダー問題というとフェミニズムやLGBTQという言葉を思い浮かべる人が多いと思われますが、この本はジェンダーにおける「男性とはなにか」に注目したもの。男性ジェンダーは社会の中で様々な特権性を持つ一方、「男らしさ」は束縛にもなり、一面的ではないことがよくわかります。6月に発表された2025年のジェンダーギャップ指数が世界148カ国中118位と低迷を続ける日本において、男性というジェンダーを”問題”として扱うことの意味は小さくないと思います。
 

体の贈り物
THE GIFTS OF THE BODY
レベッカ・ブラウン / twililight 
2001年に日本語版が刊行されヒット作となり文庫化までしたものの、長らく絶版になっていた本書が、東京・三軒茶屋の書店twililight(トワイライライト)から復刊されました。HIV患者のケアワーカーとして働く女性と、彼女が訪問看護に訪れる患者とその家族・友人たちとの触れ合いを描く連作小説。ままならくなっていく身体を持った人と、寄り添うことしかできない人たちの姿は、「もし自分の身に起こったら?」と考えさせられます。ケアや終末医療のあり方がクローズアップされる中、改めて手に取りたい一冊。
 

ファンたちの市民社会
あなたの「欲望」を深める10章
渡部 宏樹 / 河出書房新社 
推し活、ファンダム、コミュニティなど、「ファン」をめぐる色々な言葉が世の中に登場してきた2020年代。本書は、アニメやアイドルなどのポピュラーカルチャーから武道のコミュニティまでを取り上げ、広い意味でのファン活動が駆動する契機となる”欲望”の正体を探り、その肯定/否定(本書では「悪さ」と呼ばれる)的な両面を取り上げながら、ファンがつくり得る「市民社会」について考察します。新書のコンパクトさの中でもよく練り込まれた読み応えある論考。
 

小名浜ピープルズ
小松 理虔 / 里山社 
福島県いわき市の小名浜地区。そこは東日本大震災の被災地に含まれるものの、甚大な被害を受けたわけでもなかった、本書の言葉を借りれば「中途半端な」場所。それでも震災はそこに暮らす人々の日常を大きく変えました。本書は、小名浜出身で今もそこで暮らす編集者が、同じくそこで暮らす身近な人々の日々の営みを描いたインタビューエッセイ集。メディアで頻繁に目にしてきた「復興」とは何なのか、「被災者」とは「当事者」とは誰なのか。震災から10年以上の月日が経過しても、わたしたちは問い続けられています。
 
 

月は誰のもの? 南極、海洋、アフリカの前例に学ぶ

A.C.グレイリング 
柏書房

移動と階級

伊藤将人 
講談社

森を焼く人 自然と人間をつなぎ直す「再生の火」を探して

M・R・オコナー 
英治出版

問いの技法 明晰な思考と円滑なコミュニケーションのために

佐藤裕 
青弓社

永久不滅の広告コピー

宣伝会議 編集部 
宣伝会議

〈ていねいな暮らし〉の系譜 花森安治とあこがれの社会史

佐藤八寿子 
創元社

男性学入門 そもそも男って何だっけ?

周司あきら 
光文社

体の贈り物 THE GIFTS OF THE BODY 

レベッカ・ブラウン  
twililight

ファンたちの市民社会 あなたの「欲望」を深める10章

渡部宏樹 
河出書房新社
小名浜ピープルズ

小名浜ピープルズ

小松理虔 
里山社