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雨宿りには、短編を。

読書の世界へ誘いこむ6冊

更新日 : 2021年06月14日 (月)





気付けば天気予報に傘マークが並んだり、何だか景色が全体的に灰色がかったり。家では乾燥機の音ばかり響いたり……。そう、今年も梅雨がやってきました。

六月は祝日もなく、どうにも家から出られない。そのようなかたは、きっと少なくないでしょう。けれど、物事には必ず良し悪しの二つがあるように、雨の日だっていつもより合う行いはあるはずなのです。

例えば、ちょっと開けた窓の向こうから聞こえる雨音に包まれながら、本を開く。区切りのつきやすい短編を一編ごとに読んでは、葉や地に跳ね返る雨のゆくえを追ってみる。もしかしたら、雨のこともそんなに悪くない──いや、それどころかいつもより心が落ち着いていることも、きっと。

今回は、身も心も雨宿りするのにぴったりな短編小説や短編エッセイをご紹介します。



医療短編小説集石塚久郎 監訳 / 平凡社19世紀〜20世紀に筆を執ったイギリスとアメリカの作家たちによる「医療に関した」短篇を集めた小説集。

フィッツジェラルドやコナン・ドイルなど著名な作家の作品も収録されています。

作品数は14編。「損なわれた医師」や「女性医師」、「看護」や「患者」といった切り口で書かれた1〜3編ほどそれぞれ1テーマでくくり、合計7つのテーマに分けて編んだ構成になっています。

監訳者による巻末の解説文では、作家の説明や作品の解釈のみならず当時の医療分野の背景も知ることができるので、一篇を読んではこちらの解説を照らすことで深みをもたらす読み方もおすすめです。

解説(本書P.312)にも書かれている通り、私たちはこの世に生まれ、去るときも医師に見つめられております。生きているあいだだって、自身で何かしらの気配りをしているということで、もはや医療は内側へ入り込み、切り離せないものになっているとも考えられます。そしてそれは、本作に収録された作品を読むと尚のこと。

決して、医療と文学は別ものではありません。むしろ、どちらも人間の真髄に切り込んでゆくという最大の点が共通しており、親しい間柄なのです。

Seven Stories
星が流れた夜の車窓から井上荒野、恩田陸、三浦しをん、糸井重里、小山薫堂、川上弘美、桜木紫乃(作品掲載順)/ 文藝春秋
博多駅から出発し、九州をぐるりと廻って、博多駅へと帰ってくる九州旅客鉄道の寝台列車「ななつ星」。

本書は刊行当時現在(2020年11月)に、ちょうど開通7周年を迎えたこちらの列車にまつわる物語を7作収めた短編小説・エッセイ集です。

夫婦たち──中でも局面がそれぞれ異なるふたりの話や、兄弟と二人が大切に想うひとの話、昨今の事情と重なりリモートで旅をする母娘と家族の話など。また、旅をめぐる言葉についてのエッセイや旅そのものへの想いを綴るエッセイも。

著名な著述家たちによる一編一編からは、それぞれの部屋の「窓」から覗くことで異なる光りかたをする星のような煌めきを感じ取ることができます

旅は、非日常へ私たちを誘ってくれるもの。それは同時に、手の届く日常の美しさに気付かせてくれる貴重な体験であるということ。各作品の色味が違えど、そのことを一貫して知らしめてくれる作品たちです。

旅に想いを馳せるいま、より沁み入る一冊と言えるでしょう。



「私たちはいま、つかのまの夢のような旅のさなかにあるけれど、私たちがもといたところ、この列車から降りて帰っていく「日常」も、決してつらく退屈なだけの場所ではなかったのだと、気づくのに充分な光景だった。」

── 「夢の旅路」三浦しをん 本書P.64より

モダンラブ
いくつもの出会い、とっておきの恋ダニエル・ジョーンズ 編 / 桑原洋子 訳 / 河出書房新社
読んだらきっと、ひとを好きになる、愛おしくなって、仕方がなくなる──。そんな作品が21編、収められた一冊です。

収録作品は、「ニューヨーク・タイムズ」で15年以上続くコラム「モダンラブ」から選ばれたエッセイたち。筆者はエッセイストや小説家たちですから、一般的に区分するのであれば小説ではなくエッセイに該当するのかも知れませんが、事実は小説よりも奇なり。語られる21編の話は、現実をより愛おしく想わせてくれるフィクションのような実話たちです。

こちらで描かれる愛は、ひとえに恋愛と謳われるものだけではありません。友愛や家族愛、そして信愛。それぞれの愛のかたちが表れる中で全編を貫くのは「だれかを想う」という気持ちに他なりません。

自閉症の子を想う母や、自らの過去を語ることでやきもきしていた人を行動させるインタビュアー。いくつかの結婚と離婚を経て新たな愛に出会う老夫婦や、アルコールとの闘いを経て愛を確かなものにした青年。周囲の「教え」に押されず互いに愛を築いた女性の恋人たち。夫から妻になったパートナーに戸惑いながらも丸ごと彼女を愛そうと決意する女性。

私たちの前に現れることは、必ずしもよいことばかりではありません。苦しく大変なことの方が多いくらいです。けれど通底した一つの明かりが、ひとを生かしているのだと気付かせてくれます。


「でも愛はいつもある。日の光がいつか当たることを待ち続け、雪解けのあとに土から芽を出し、私たちの心に、そして大地に、その存在を誇示するのだ。」

──「おせっかいなジャーナリスト」デボラ・コパケン 本書P.76より


現在を生きる私たちを肯定して抱きしめて愛し合うことのきっかけは、大それた派手な空想ではなく、案外そのあたりに転がっているのかもしれません。

Ebony and Irony
短編文学漫画集長崎訓子 著 / パイ インターナショナル
もし、この世の真実というものがあるとするならば、それは欲に基づいて出来上がった姿なのかも知れない──。


本書は、川端康成や太宰治、アンデルセンといった日本と世界の近代文学や童話、果ては古典芸能の能作品を、イラストレーターである著者が漫画化した8作品を集めた短編作品集です。


原作の筋をしっかり残した作品たちですが、鉛筆で描いたような温かいタッチや可愛らしい所作が、作中人物たちの淡々としたやりとりや業の深さを浮き彫りにして迫って参ります。ただでさえ「アイロニカル」な作品たちの特色がよりその色味を帯びてくるのです。


欲という生きる者──いや、亡くなった者もきっと持ちうる感情が、芸術作品のテーマとして挙げられることは聖書から、ずっと。もしかしたらその前からも、ずっと。


それほど普遍的な欲というものには大なり小なり、この作品を手に取ったかたも他人事には感じられないでしょう。大仰なことと思われ忌避されがちな「欲」を、漫画と文学という助っ人のちからを借りて向き合ってみるきっかけになる一冊。

子供時代リュドミラ・ウリツカヤ 作 / ウラジーミル・リュバロフ 絵 / 沼野恭子 訳 / 新潮社ご自身の子供時代がどうだったか覚えているでしょうか? あるいは、周りにいる子供たちがどのような目線で日々を過ごし、新しい出来事に出逢い、よろこび、かなしみ、それをどれくらいの「永さ」で感じているのか気になったことはありませんか?

本書は、現代ロシア文学史に名を残す作品を描き続けているリュドミラ・ウリツカヤによる、皆々の「子供時代」をテーマにした短編小説集です。一編が10〜20ページなので、掌編といってもよいかも知れません。

けれどその短さには、日常の些細な出来事に繊細かつ世界が揺らぐように感応する、子供たちしかもちえない聖性が凝縮されており、本を閉じれば、本書内で書かれた「永遠」と呼べるよろこびが胸中に広がることでしょう。

また、ある一編に登場した子供が他の一編にも出てきたり、どの作品も時代や環境が通っていたりと、同時代に生きる子供たちの姿が描かれる一方で、ウラジーミル・リュバロフによる挿絵は物語とは関係のない人物をモチーフにしています。

しかし、このズレも、実はさしてズレていない──かえって溶け合っているようにも映ります。それは子供たちが放つ光という一点にいずれも向かっているからと言えそうです。

ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29ジェイ・ルービン 編 / 村上春樹 序文 / 新潮社日本の名短編──と、きくと意外と読んだことがない作品が少なくないことにハッとして、焦ってしまうことがあるかも知れません。けれど、きっと大丈夫。

「人には本来、読みたい本を読みたいだけ読み、それほど読みたくない本は読まずにおいていいという、固有の権利がある。」(「序文 切腹からメルトダウンまで」本書P.10より)とは、本作品の序文における村上春樹氏の言葉。しかし、偏食傾向のある読書もあまり褒められたものでもない、とも続きます。(引用頁、同上)

村上春樹氏の英訳を数多く担っている日本文学翻訳者であるジェイ・ルービン氏が、英国の有名出版社ペンギン・ブックスから依頼を受けて選んだ本書の収録作品は、一部を除いて、決して有名な──少なくとも、私たちが読まされる教科書に載っているような作品ではありません。森鴎外や永井荷風、芥川や三島の名があっても、です。

それもそのはず、作品の出版年月や作家のデビュー時期で並べるというありがちな編まれ方ではなく、編者によって当てられたテーマに従っているからです。先の大震災から着想されたテーマで打席を決められた作品たちは、むしろ読まれる機会が少ないからこそフェアに読まれることになりそうです。

7つのテーマに分けられた29編の短編たちは、きっと新たな扉を開いてくれる未知なる作家への導線に、あるいは別の作品を読んだことのある作家の新たな面を見出すきっかけになることでしょう。

期せずして自分にぴったりとはまる文や言葉に出会うことも、アンソロジーのよいところ。偶然なる読書のよろこびに出会いたい──その想いへうってつけと言える一冊です。

いかがでしたか?

今回ご紹介した本は、日本の隠れた短編小説を集めた作品や、名短編を漫画として息を吹き込んだ作品、あるいは医療という切り口から集めた世界の短編小説集、絵本仕立ての短編小説集など。さまざまな入りかたが出来るように選出しました。

ぜひ、この機会にご興味を惹いた作品の作者による他の作品や、同時代・似た領域で活躍した作家の本のページもめくってみて下さい。

休日の昼下がり、生気あふれる雨が跳ねるようすを眺めること。仕事や家事を終えた夜、眠る前に聞こえてくる静かな雨音に耳を傾けること。出来れば、それらを栞代わりにしながら読んでみる。するといつか、雨の日を恋しくなってしまうかも知れません。

雨の香りをまとった本が呼びかけてくるおかげで──。




医療短編小説集

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ、フランシス・スコット・フィッツジェラルド
平凡社

Seven Stories 星が流れた夜の車窓から

糸井重里、井上荒野、恩田陸、川上弘美、小山薫堂、桜木紫乃、三浦しをん
文藝春秋

モダンラブ いくつもの出会い、とっておきの恋

ダニエル・ジョーンズ
河出書房新社

Ebony and Irony

長崎訓子
パイインターナショナル

子供時代

リュドミラ・ウリツカヤ【著】,沼野恭子【訳】
新潮社

ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29

ジェイ・ルービン:村上春樹
新潮社


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