六本木ヒルズライブラリー

【ライブラリーイベント】 開催レポート
カーティス教授の政治シリーズ2016
第2回:「アメリカ大統領選挙の結果とこれから」

ライブラリーイベント

日時:2016年11月16日(水)19:15~20:45@スカイスタジオ

コロンビア大学政治学名誉教授であるジェラルド・カーティス氏を講師にお迎えした「カーティス教授の政治シリーズ」。2016年第2回の今回は、11月8日(アメリカ現地時間)に投開票され、世界に大きな衝撃を与えたアメリカ大統領選挙の分析と今後の見通しについてお話いただきました。タイムリーでもあり、メンバーの皆さまの関心の高さを示すように満員御礼となりました。

冷静さを保ち、過剰反応しないことの大切さ


セミナーは、今回の大統領選に関するカーティス教授の所感からスタートしました。
「トランプ氏の当選が決まり、今は誰も今後が分からない状態だと感じています。もしかしたら、2006年に日本で鳩山由紀夫氏が内閣総理大臣に就任した時と状況が似ているかもしれません。トランプ氏の勝利の要因の1つが、TwitterやFacebookなどのSNSを上手に利用したことです。また、「とんでもない発言」をすることで、新聞やテレビなどのメディアがそれを頻繁に取り上げ、結果的に知名度が高くなったとも言えます。」

「選挙が終わって1週間経過しても米国の各地で暴動やデモが続いており、民主主義の中心国とは思えない状況が続いています。しかし、皆さんにお伝えしたいことは、冷静さを保ち、過剰反応しないことの大切さです。」

米国の政治が世界の政治情勢や日本経済に与える影響があまりに大きいからこそ、政権の体制や外国政策がどうなるのか不安を感じる人も多い中で、早計な推察や詮索は事態を悪化させる可能性があることを指摘しました。大切なことは、トランプ新体制が確定するまで、「見守り、然るべきタイミングで対話を開始する」ことであるとカーティス教授は強調しました。

今回の大統領戦を一言で表すと“Disgusting”

「今までとは違う」と言われる大統領選の特徴に話は移ります。カーティス教授は、今回の大統領選挙の特徴は、「最も不人気の2人」が争った点であると言います。最後の世論調査では、両候補の好感度は43%に過ぎず有権者の55%がクリントン氏にもトランプ氏にも嫌悪感を抱いているという結果だったそうです。しかし、「どちらが正直で信用できるか」という問いに対しては、トランプ氏に軍配があがったとカーティス教授は見ています。

 では、なぜ人気のない人が候補者になれたのでしょうか。
「民主党の事情で言えば、リーダー不在が挙げられます。米国だけの問題ではないが、リーダーになる人の名前が出てこなかった。オバマの次は、オバマに負けたヒラリーの番だという流れでした。一方のトランプ氏は、共和党の本流ではないものの人種差別、女性蔑視、反移民などのひどい発言によって、国民特に白人男性の中にある怒りや不安を煽り、支持を拡大していったということです。」つまり、トランプ氏の公約や発言、コンセプトに共感し支持をしているというよりは、民主党やエリート層に対して「自分たちの味方ではない」と感じた多くの米国人が愛想を尽かせた結果がトランプ氏の当選に結びついたとカーティス教授は解説します。


また、ヒラリー・クリントンはセレブリティと呼ばれる芸能界のアーティストと共演してアピールしましたが、それは結果的に逆効果に働いてしまいました。もし、クリントン氏が、Rust Beltと呼ばれる中西部の労働者たちともっと積極的に話し合う機会を持っていたら結果は変わったかもしれないといいます。さらには、選挙戦において、公約よりも『トランプ氏が大統領になれば、アメリカの民主主義が危機的状況になる』など相手の大統領としての資質に論点を集中させたのもクリントン氏には不利に働いたのかもしれません。 そして、メディアもトランプ氏の発言にあおられ、米国の大統領選挙で、客観性を欠いた報道が溢れたのは、初めてのことだとカーティス教授は言います。Brexit同様、世論調査に現れないものの米国は大きく分断されており、今回の選挙活動をDisgusting (うんざり!)と約8割が回答するほどの批判合戦になった責任の一端はメディアにもあるようです。

今のそして、今後の米国を的確に捉えるための4つのキーワード

大統領選の特徴から、トランプ氏当選の背景にある米国社会の構造変化と意味に話は移ります。カーティス教授は、「これがなければトランプ当選はなかった」という米国社会の今を的確に把握するための4つのキーワードを挙げて下さいました。

1:不平等
 「経済格差の拡大に伴う不公平感が拡大しています。所得トップ層1%の人が全体の所得の20%を占めているが現状です。1980年には、10%程度だったことを考えると、富めるものが富む構造は益々進展していると言えます。企業トップの報酬が常軌を超えた金額になっている一方で、リーマンショックで自分は職を失ったのに「国は銀行を助けはするが、自分達は助けてくれない」という認識は労働者層に浸透しきっています。また、米国の労働者の1時間あたりの実質賃金は、実は1979年以来上昇していません。このような環境、失業し求職すら諦めている25歳~54歳の男性の比率は、1950年代の3%から12%にまで上昇しています。米国の所得格差はどの先進国よりも大きいですが、この格差を是正しなければ政治的にも大きな影響が出る状況にまでなっています。」

2:グローバル化への反発
 「経済格差にも関連していますが、クリントン氏は中西部Rust Beltでの支持が伸びずに落選が決まったと言えます。クリントン氏は国務長官時代にTPPを推進していたものの米国市民のグローバル化への根強い反発を感じ取って選挙戦に入ってからTPPへの反対を表明しました。最後まで自由貿易主義を表明した方が、信頼感の醸成につながり支持につながったのではないでしょうか。トランプ氏の貿易政策に共和党が反対することはないので、傾向としては保守主義的な政策になっていくでしょう。」


3:人口構成
 「国の顔とも言える人口構成は、大きく変わりつつあります。1960年には、白人比率が85%でしたが、今は63%に落ち込んでおり、あと30年したら、半分をきるといわれています。さらに重要なデータは、あと3年後の2019年には11歳までの過半数が白人ではなくなるというものです。21世紀の中頃には米国の3人に1人がヒスパニックになると言われるほど、多様性が進展していく見通しです。多くの米国人には、移民は米国の活力の源だと認識されていますが、一部の白人にとっては不安や恐怖感にもつながっています。」

4:東海岸エリートへの反発
「今回の選挙でも明らかになったように、多くの市民が自分たちを代表しているはずの政治エリートやメディアから疎外されていると感じています。クリントン氏は、既存の政治エリートの代表格として、反発の標的になった面は否めません。トランプ氏は、特に主要メディアへの怒りに便乗したわけです。大金持ちではあるものの、成り上がりで難しい言葉を使わずに単刀直入に非難する品のなさが親しみやすいと感じた人もいたと言えます。」

カーティス教授は、4つの米国の社会象徴するキーワードを挙げた上で改めてトランプ氏の勝利の理由を「Change」への期待として総括しました。ある調査では、大統領の要件として、変化をもたらす努力をする点を挙げる人が多いという結果になったそうです。トランプ氏の変化を生み出す能力への期待の現れとして受け止めることが妥当と解説してくださいました。

東アジア外交では、日本にリーダーシップをとるチャンスも

 トランプ氏の外交政策については、「まだ誰も分からない状況」と指摘しました。日米関係については国益を考えればそれほど心配していないものの中国との関係には注視が必要とのことです。80年代の日米摩擦はあくまで同盟関係を前提とした経済摩擦でしたが、中国とは経済に留まらない総括的な摩擦に繋がりかねないという見方を示しました。

 TPPに関しても情勢は不透明ですが、仮に米国が撤回しても逆に日本にはチャンスになり得るとカーティス教授は述べました。「アメリカが保守主義だから、日本も保守主義という時代では、もはやありません。日本は強い立場で東アジアの自由貿易圏を拡大するリーダーとなる余地は大いにあるでしょう。アジア諸国によって、アメリカの市場にアクセスできない自由貿易協定が魅力的かは分かりませんが、日本が中国も含めた経済圏を牽引していけば、後から米国が追随する可能性はあるのではないでしょうか。」と日本のリーダーシップに対する期待も込めていただきました。

 2017年1月20日のトランプ氏の大統領就任まで、政権の方向性はなかなか見えにくい中、これからの見通しを語っていただきました。参加者の皆さんも非常に満足度の高い時間を過ごされたようです。質疑応答も時間を延長するほどに盛況となりました。カーティス教授の政治シリーズ第3回目は、トランプ大統領就任から数カ月が経過したタイミングの2017年前半に開催予定です。カーティス教授から新たな分析や示唆を伺うのをぜひ楽しみにしててください。



【スピーカー】ジェラルド・カーティス(コロンビア大学政治学名誉教授 ) 

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