日本元気塾

日本元気塾 プレ座談会

更新日 : 2009年02月27日 (金)

第1章 僕らが伝えたいのは「想い」

日本元気塾 藤巻幸夫氏、米倉誠一郎氏、髙島郁夫氏

「誰かがなんとかしてくれるなんて思うな。ひとりひとりが元気になること。それこそが日本を元気にする途」と米倉誠一郎塾長。
テンションが下がりっぱなしの日本人に喝(活!)を入れる『日本元気塾』がいよいよ6月に開講する。
ここは形式知を伝えるスクールとは違う。想いや志という暗黙知を魂に注入する塾だ。
開講を前に、米倉塾長はじめ、講師の髙島郁夫氏、藤巻幸夫氏とサポートメンバーが、塾のコンセプトや参加者に伝えたい想いを自由に語り合った。

<参加メンバー>
米倉 誠一郎 (日本元気塾塾長、一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
髙島 郁夫  (日本元気塾講師、株式会社バルス代表取締役社長)
藤巻 幸夫  (日本元気塾講師、株式会社フジマキ•ジャパン代表取締役副社長)

上窪 政久  (株式会社サニーサイドアップ社長室長)
清水 洋    (一橋大学イノベーション研究センター専任講師)

自分でビジネスを創り出す、フロンティアを切り拓く気持ちに灯をつけたい

米倉誠一郎氏
米倉誠一郎氏
米倉誠一郎: 実は「日本元気塾なんて、口に出すのも恥ずかしい」と言われたんですが(笑)、「明治維新」、「戦後」、そして「今」というくらい、今はありとあらゆるものが変わろうとしている。だからこそ、これからの時代を背負って立つ人間がいる。

吉田松陰は28〜29歳くらいで松下村塾を開きました。わずか1年くらいの間なのに、松陰の志を受け継いだ若者たちが明治維新を担った。松蔭は何を伝えたのか。それは「志」です。皆の心に火をつけた。

形式知で伝える授業はいろいろあるけど、日本元気塾では暗黙知、つまり、想いを伝える。自分でビジネスを創り出すとか、フロンティアを切り開くとか、そういう気持ちに火をつけたいと思っています。

僕が「塾」という名前にこだわっているのは、そういうことです。緒方洪庵の適塾や、福沢諭吉の慶応義塾も「塾」でした。

アーク都市塾をつくった森ビル先代社長の森泰吉郎さんも、54歳で横浜市立大学商学部長を辞めてビジネスを始め、「やはり人を育てることが大事だ」と言ってアーク都市塾をつくりました。

僕はアーク都市塾の3代目塾長を務めさせてもらいましたが、今度は「日本元気塾」で志を伝えたいと思っています。

髙島郁夫さんと藤巻幸夫さんを巻き込んだのは、髙島さんから「いつか学校をやりたい、想いを伝えたい」と聞いていたし、藤巻さんとも「想いを伝えたいよね」と話していたからです。

「じゃあ、3人でやろう、あそこに行かないと話にならないよ、って言われるような場をつくろう」となって、日本元気塾を立ち上げることになったわけです。


何かのきっかけがあれば、人間は頑張れる。僕も一橋大で、野中郁次郎先生に「お前は久しぶりに見た馬鹿だな、アメリカに行ったらいい」と言われてアメリカに行った。

僕も何人もの学生に「世界に出ろ」と言うのですが、馬鹿しか行かない(笑)。馬鹿なんていうと誤解されそうだけど、尊敬する人間のひとことに感応して突っ走れる人間、熱くなれる人間ということ。そうした人間が伸びていく。ここをそんなきっかけを見つける場にしたい。

今日はそんなわけで、講師の髙島さん、藤巻さん、それに塾をサポートしてくれる上窪さんや清水さんたちととことん語り合おうと思います。

- 第2章へ続く -
(文・太田三津子/撮影・御厨慎一郎)

ピープル

米倉誠一郎
米倉誠一郎

日本元気塾塾長/法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授/
一橋大学イノベーション研究センター名誉教授


髙島郁夫
髙島郁夫

株式会社バルス 代表取締役 社長執行役員


藤巻幸大
藤巻幸大

参議院議員 / 株式会社 シカタ エグゼクティブプロデューサー/ 株式会社 テトラスター 代表取締役社長 /
株式会社 ビーバイイー 社外取締役 / 株式会社 トランジットジェネラルオフィス 特別顧問


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米倉誠一郎
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米倉誠一郎
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“ふつうの人”がリーダーになるべき時代の「ビジネスリーダー・新テキスト」。


髙島郁夫氏 関連書籍

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髙島郁夫
経済界

藤巻幸夫氏 関連書籍

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朝日新聞社

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藤巻幸夫
インデックス・コミュニケーションズ