日本元気塾

為末・遠藤ゼミの活動報告(4期)

日本元気塾
更新日 : 2015年10月30日 (金)

第3回 エッジを知る「主観と客観」

講義概要

■開催日時 
2015年8月5日(水) 19時~21時

■概要
・ゲスト講師 中室牧子教授(慶應義塾大学)による講義
・為末氏、遠藤氏を交えてのクラス・ディスカッション
 

講義の感想レポート 

塾生による講義を終えての“熱い感想”を、毎回ご紹介していきます。 
今回は、川本さん、笠原さん、福岡さんのレポートです。



川本さん
教育のことになると殊更、個人の経験や思い込みに左右された主張・議論が多くなる日本について『教育に関する議論にエビデンスを』、そして『エビデンスを用いる上で、誤解や歪曲した解釈を回避するためには、前提確認・データ解釈の能力向上が必須』と熱く冷静に語る中室先生の授業。数字を用いた新聞記事、教育議論の場面を例に、ガンガン「皆さんはこれについてどう思う?どうして?」と自分の答えを持ち根拠を明確にすることを迫られた。統計や規則性を離れたランダムな行為から生まれるイノベーションも多々存在する。が、皆が資源を出し合い集団として成果を分配する社会システムの中では、効率・結果の先にある幸せの累積合計量の最大化という意味で、資源分配についてエビデンスを根拠とした意思決定が欠かせない。費やせる資源の制限が増えていく日本では尚更であり、自分は「無知・無関心を解消する触媒」という観点でどう貢献しえるだろうと考えた。


笠原さん
今回の講義で印象に残ったことは、まず「因果関係を明らかにする。」ということです。例えば「学力の高い子は読書をしている」という記事を読んだとき、おそらく大概の方は「読書をしているから学力が高い」と思いがちになるだろうが実は違う。「学力が高い子は読書をしている」とは2つの変数が同時に動いている相関関係であり、どちらかが因でどちらかが結果であるという因果関係ではないということである。
捉え方によって解釈が全く違う危機感を感じました。
また日本の教育において、成功した人の話が万人に共通するかのように思われ科学的根拠が乏しい現実にも危機感を抱きました。未来ある子供たちに対して、主観だけで政策を推し進めるのではなく「目に見えないものに対する投資的効果を科学的根拠によって示す」というメッセージが心に響きました。思いも大切ですがまずはロジカルで詰めていけるところは詰めなければ空論に終わってしまうことは何事においても通じるのではないかと思います。



福岡さん
今回は『学力の経済学』で著名な中室先生がご登壇されました。遠藤・為末先生の塾ときいただけでは想像だにしないスピーカーの登場でした。
日本ではつい避けてしまいそうな「学力の費用対効果」に関しての話題から講義はスタートしました。
中室先生のご研究領域は、データ化が進みにくい分野の一つで、経済学的に分析することの困難さを痛感しました。というのも、教育の効果を実証分析する倫理的問題であったり、家庭環境・遺伝といった他の要素の影響も大きいため、限定的な条件に縛られることが多いようです。しかし、そのような困難な環境の中で、非認知能力を育む上では幼児教育がリターンが高いとの分析をなんとかひねり出したりと、中室先生の洞察の深さを実感しました。当分野でのデータ化・分析が進めば、今後の財政による教育分野への支出の効率化に繋がっていくことが伺える内容でした。
お話の中で最も印象的だったのは、成功するにはGRITと呼ばれる「やり抜く力」であるということでした。学力うんぬんよりも興味を追求しきれるのか、また見返りがなくても努力ができるのかということが大事な要素とのこと。そして、このGRITを育成する手法が確立されていない点は、教育の奥深さを物語っています。
様々な分野の方がスピーカーとなる元気塾。次の勉強会ではどんな方がくるのでしょうか。とても楽しみです。

講師コメント

今回の講義を通じて、為末さん、遠藤さんはどのように感じたのでしょうか?



為末さん
中室先生がおっしゃる話は教育のみならず、データの見方、データの疑い方、数字とどう付き合っていくかの話のように感じました。スポーツでは成功体験の罠というものがあって、成功したときには必ず原因があるはずだと考え過ぎてしまって、成功したときのパターンを繰り返してしまうというものです。成功はしたけれども本当の原因がなんだったのか、ただ成功したときにやっていただけではないのかを考えることが成功の再現性を高める方法だと言われています。

遠藤さん
中室さんにも質問してしまいましたが、自分にはこういったデータを常に疑う癖があります。これは研究者は通常自分がこうであろうと思う仮設を検証するためにデータをみるため、常にバイアスがかかりやすいためです。ましてや、それに政治的な圧力や金銭的な報酬があるとデータ自体は客観的でも解釈を自分の都合のよいようにしてしまうことも多いのです。そして、世の中にはそんなデータがたくさんあります。「正しい」ことと「統計的に正しい」ということを混合しないようにすると、世の中に「正しい」ことがいかに少ないかがわかるのではと思います。こんなことばかりいっていると、つまらない人間だといわれるので、あまり口にしないことをお勧めします。