日本元気塾

藤巻塾の活動報告

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更新日 : 2010年03月31日 (水)

第9回 2010.1.21(木)

講義レポート

東京グラフィックデザイナーズ代表取締役社長の尾形次雄氏を迎えて行われた藤巻塾の第9回。今回のセッションでは、尾形氏に「価値を創る」をテーマにお話いただきました。

藤巻塾 9回
藤巻塾 9回
株式会社 東京グラフィックデザイナーズ代表取締役社長の尾形次雄氏

本田宗一郎氏のもと「初代スーパーカブ」の広告を一手に手がけ、業界で初めて一般誌に広告掲載するなど、当時のバイクの価値向上に貢献、ホンダの躍進の一翼を担った尾形氏。本田氏にまつわるエピソード、ホンダでのスーパーカブやその他手がけた製品の広告について、パールカントリークラブ運営にみる尾形氏の座右の銘、という内容で構成された講義となりました。

本田宗一郎氏にまつわるエピソード

ホンダ創立35周年記念イベントで、全従業員に感謝の気持ちを伝える故・本田宗一郎氏の貴重な映像を鑑賞。映像から、本田氏が全従業員から愛されていること、それ以上に全従業員を愛していたことをひしひしと感じた。スピーチ中、従業員が引っ切り無しに本田氏に合いの手やツッコミを入れているという場面は、現在の企業では考えられないような光景だった。
他にも今回披露された本田氏に関するエピソードは尽きなかったが、その中でも特に印象的だったのは、本田氏の右腕と言われた藤沢武夫氏の講演内容(こちらは音声を鑑賞)。本田氏が外国からのゲストをもてなしていた時のエピソードで、そのゲストが酔っ払って汲み取り式のトイレに入れ歯を落としてしまった時、本田氏が汲み取り式トイレの中に自ら浸かり、入れ歯を探し出してキレイに洗浄、その後、自分の口の中に入れ歯を入れて、使用可能かのチェックまでしたそうだ。この一連のエピソードで、本田氏はただ「如何にお客様のことを考え、喜ばすことができるか」ということを念頭に置いていただけだと思うが、その何気ない本田氏の行動や思想こそが、人の心を掴むのである。



ホンダでのスーパーカブほか、「広告」について

「世の中のためになるバイク、大衆向けのバイク」とのコンセプトでスーパーカブは開発された。その想いを形にする広告を尾形氏が手がけた。第1弾は蕎麦屋の出前風景を題材にし、「ソバも元気だ おっかさん」と故郷のおかあさんへの手紙のような内容で「働くスーパーカブ」を印象付けた。また、交通渋滞が社会問題となった時代には「通勤のスーパーカブ」というコンセプトで雑誌広告を実施したり、「レジャーのスーパーカブ」と言うイメージを醸成するために、バイク業界では当時前代未聞であった女性誌への出稿を行ったりと、「世の中のためになるバイク、大衆向けのバイク」というコンセプトを具現化した広告展開を実施した。
その他、「ホンダが電気をつくりました」や「東芝さんも、松下さんも、日立さんもホンダの電気でつけられます。」のコピーで話題となった「携帯発電機」の新聞広告を手がけるなど、ホンダの広告は尾形氏抜きでは語れない。


座右の銘

尾形氏の経歴を語る上で外すことが出来ないのが、ハワイのパールカントリークラブの運営である。本田氏の命により、「地域密着」を理念にハワイ・オアフ島のマイナーなゴルフクラブの運営を託された。そのクラブでプロアマ問わず広く門戸を開き、一切の企業の冠を配さず「ハワイ・パールオープン」を30年以上開催されている。数多の名選手が優勝者に名を連ね、ラッキーオープンとも呼ばれ、石川遼プロも参加経験があると言う。
パールカントリークラブ所属プロのD.イシイ氏もパールオープンで複数回優勝経験があるが、日本の賞金王やPGAの大会で優勝する選手になるまで育て上げたのは尾形氏と言っても過言ではない。尾形氏はD.イシイ氏を自分のことのように、いや自分のこと以上に思い、各地で転戦するゴルフ生活を1年中サポートし、偉大な名選手に育て上げた。まさしく、「我よけれ、人よけれ、我より人は、尚よけれ(自分も良くて、他人も良いのは良いことだ。しかし、自分以上に他人が良いことはなおさら良いことだ)」という尾形氏の座右の銘を反映するエピソードであった。ちなみに、D.イシイ氏を育て上げたように、これからは藤巻氏をサポートすることを宣言されていました。
現在、D.イシイ氏も「地域密着」のもとパールカントリークラブの運営に参加され、数々のゴルファーを出迎えているという。アマチュアのゴルファーにとって、D.イシイ氏が迎えてくれるなんて非常に贅沢なクラブである。

藤巻塾 9回
藤巻幸夫氏

常に心がけていること

尾形氏は「価値を創る」ために、「仕事」と「人」に対して次のことを常に心がけている。「仕事」に対しては、「知識・知恵・汗」。知識や知恵だけではなく、汗を重視しているのが、実際数々のことをやり遂げてきた尾形氏ならでは。
「人」に対しては、「目配り・気配り・思いやり」。本田氏と仕事をされていた尾形氏だからこその思いである。これら「仕事」、「人」のそれぞれの3つの要素が掛け合わされ、「価値を創る」ことができるという。

尾形氏が最後に、ひとつの新聞広告を取り出し、広告を作る際の注意点を語った。取り出された新聞の全面広告は、モデルの女性の顔のちょうど真ん中に新聞の折り目がきているもの。作り手が媒体の特性や読み手を意識して、目配りや気配りをもって制作すれば、女性の顔の真ん中で折り目が入る広告を作る事はないと強調する尾形氏。視点は至ってシンプルで、難しいことではない。しかし、日々の仕事の中では原理原則や根本を見逃してしまいがち。そういったことへの警鐘を鳴らしていた。


【プロフィール】
尾形次雄 (株式会社 東京グラフィックデザイナーズ 代表取締役社長)
多摩美術大学卒業。高島屋の宣伝部に入社後、宣伝・広告・デザインなどを制作し、1960年に独立。独立後、スーパーカブの初めての一般週刊誌広告である「ソバも元気だ おっかさん…」の企画制作を手がけ、以来約50年間、ホンダの宣伝広告に関わっている。その他、商品開発、環境デザイン、地域開発計画(フィリピン パマリカン島リゾート計画他 国内外)や、30年以上の歴史を誇る「ハワイ・パールオープン」を開催するパールカントリークラブの運営に携わり、D.イシイ氏などを輩出している。


感想 -講義を終えて-

レポートを担当したのは、三本松さん

トークセッションの内容に感銘を受けるところは多々ありましたが、それ以上に衝撃を受けたのは、78歳とは全く見えない若々しさに驚きました。「我よけれ、人よけれ、我より人は、尚よけれ」精神で、多くの人や会社を育てることが若さの原動力、尾形氏のバイタリティの源なのでしょう。
また、思考の活性化を止めることを一切しない方だとも感じました。常にオリジナルの「都都逸(どどいつ)※」を作れないか思考錯誤され、柔軟な頭を持ち続ける努力をされている姿勢に刺激を受けました。クリエイティブな脳や柔軟な脳を養う方法は人によりけり。この「都都逸」に興味を持ちました。
私自身は尾形氏のように「他人が良ければ、全て良し」とまで思えない未熟な人間ですが、今回のセッションを受けて、まずは身近な存在の家族や友人に対して、尾形氏の教えを心に留めて接することで、周りを“元気”にしたいと改めて感じました。

※江戸末期から続く七・七・七・五の音律で形成された定型詩。男女の恋愛を題材にしたものが多い。尾形氏より講義中に紹介されたものは以下の通り。
「あなたと私は 卵の中よ わたしゃ白身で 黄身を抱く」
「信州信濃の 新そばよりも わたしゃあなたの そばがいい」

講師コメント

講義を終えて藤巻さんは、どのように感じたのでしょうか?

本当に幅広いお仕事をされている尾形さん。ものづくりの本田宗一郎氏と、経営の藤沢武夫氏と共に、まだ「デザイン」という言葉も無い時代から、本気で広告・宣伝に取り組まれてきた姿勢、仕事や人へ対する気配り、その心の奥深さをみなさんに感じとってほしいと思って、今回ゲストにお招きしました。私もこれほどの方には会ったことが無いと言っていいくらいで、この場でお話を伺えたことは、本当に貴重です。
「行動して、ぶつかって、汗をかかなくてはダメ」という尾形さんの言葉を、みなさんの心に刻み込んで、ぜひこれからの自分の仕事、人生に生かしてほしいと思います。

定点観測

アンケート集計

※数値はオンラインの出席者アンケートより

日本元気塾では、講義後に出席者へのアンケートを実施しています。出席率、元気度を毎回集計し、報告いたします。

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