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日本政治の行方

ジェラルド・カーティス教授による、日本の政治シリーズ 第3回

更新日 : 2009年08月26日 (水)

第2章 日本の小選挙区制は“ヒトラー”を生むかもしれない

会場の声: 政治自体が衰退しているというか、体制自体が制度疲労を起こしているから仕方なく、要するに疲労しているものが壊れるままになっているだけだと思います。

ジェラルド・カーティス: もっと具体的に、制度疲労とは何が疲労しているのですか?

会場の声: 今先生がおっしゃったこととは、ちょっと前提が違うのですが……細川さんのときに政権交代しましたが、国民がアホなために、なんとかチルドレンブームのときにろくでもない人を選んでしまったということで、日本人自体が政治そのものを理解していないのではないかと。

ジェラルド・カーティス: じゃあ、アホな日本人が、ちょっと賢くなったということ?

会場の声: 賢くならざるを得ないと。

ジェラルド・カーティス: 賢くならざるを得ない(笑)。でも、もしも本当にそうだとしたら、それこそ今度の選挙はどんな選択がなされるかわかりませんね。しかしおっしゃることはわかります。この制度そのものが行き詰っていると気がつく人がやっと多くなってきた。それが1つの理由。

ほかには? 自分のことを考えて、もし今度民主党に1票入れるのなら、どうして入れるのか、なぜ民主党を選ぶのか。

会場の声: 今までは政治が日本を動かしていたのではなく、官僚が政策をつくって動かしていて、その上に自民党がいました。官僚の政策が機能しなくなってきて、なおかつ弊害が出てきたということに対して、世論ないし民主党がノーを示しているにすぎないのではないでしょうか。

ジェラルド・カーティス: では、官僚の失敗が原因ですか? 官僚の力がありすぎて、それがよくないという話ですね。でも、それも今始まったことではないので、説明としてまだ何か物足りないと思うのです。ほかには? 

会場の声: これまでは自民党でよかったし、ほかの選択はありませんでした。AでなかったらBという政党がなかったんです。でも最近は、「自民党でなかったら、まあ民主党しかないか」「自民党と民主党、どちらか」という単純な発想になっていると思います。昔は共産党や社民党など、他の政党のイメージがもっと強かったような気がします。

ジェラルド・カーティス: とてもいいところを突いていると思います。というのは、その裏に大きな制度の変化があるからです。日本に小選挙区制が導入されてから15年が経ちます。今20代の人は、政治に少し関心を持ったときからずっと小選挙区制だったかもしれませんが、年上の人は中選挙区制を覚えていると思います。

中選挙区制では、なぜ総理大臣が変わっても政権交代が起こらなかったのか。それは同じ選挙区に、同じ政党から3人、4人と複数の候補者が出られたからです。有権者が現職の自民党議員に投票しないで、同じ自民党だけどほかの派閥が出す新人に投票した結果、新人が勝って現職が負けるというのはよくあったことです。中選挙区制では党内に争いがあるだけに、党内に緊張感もあったし、国民は野党を選ばなくても自民党の中でほかの候補者を選ぶことができたのです。

小選挙区制は自民党の現職は嫌だと思ったら、野党に入れるしかありません。小選挙区制というのは、どうしても2つの大きな政党しか競争できないシステムなんです。15年間で小選挙区制も制度としてだんだん定着してきた、民主党も結党から10数年の歴史を経て、政権を担当できる野党に少しずつなってきた。それで今その結果が表れているというのは大きな理由だと思います。

私は以前から、日本にとって小選挙区制は非常によくない制度だと思っていましたし、今もそう思っています。小選挙区制のいいところは政権交代が起こりやすいことですが、日本はアメリカと違って、宗教の対立や人種問題、エスニックな民族の違いから出てくる政治的な対立など、深い社会的亀裂のない社会です。

もしこの講演がアメリカであれば、お客さんの中には白人も黒人もヒスパニックもいて、お金持ちもそうじゃない人も、ユダヤ人もカソリックもプロテスタントも、様々な人がいるはずです。そういう人たちは、それぞれ自分の特徴によって支持政党が違うんです。だから区別も出てくるんです。

日本の2大政党制は、「今度はトヨタの車を買おうか? それとも日産にしようか?」くらいの違いしかなくなる危険性があります。もし私が日本の民主党の候補者だったら、選挙区の世論調査をして、「この選挙区の過半数の人たちが望んでいることは何か?」を考えて演説や選挙運動をします。ところが隣の自民党の候補者も同じ人たちを見て、同じく過半数を取ろうとするので、結局大体同じことを言うようになるのです。

これからの日本の大きな問題は、小選挙区制の中で民主党と自民党の政策、特に理念の違いが見えなくなることによって、リーダーの個人的なアピールがより注目されるということです。もうすでにそうなっています。

リーダーが注目され、党と党の区別があまりはっきりしないのは危険です。例えば小泉さんみたいにカリスマ性のあるリーダーが、郵政民営化ではなくて、「核武装をしないと北朝鮮にやられるんだ」と極端なことを言うと、ブレーキが効かなくなってしまう危険性がある。小選挙区制は決して日本にとっていい制度だとは思いません。でも、この制度はなかなか変えられないので、こういうことを認識しながら上手に運営するしかないと思います。

「制度の賞味期限切れ」「官僚政治に対する反発」「党内争いのない小選挙区制のもとでは、自民党が嫌だったら野党を選ぶしかない」、これら3つ挙げられました。今度の選挙で自民党が負けるとしたら、負ける理由として、あとは何かありませんか?

会場の声: 私だけでなく、近所の同世代の人も大体同じことを言っているのですが、「自民党にお灸を据えたい」という気持ちがすごく強いんです。一度下野したことはありますが、はいずり上がってくることを期待しつつ、今回はとにかく自民党にお灸を据えたいという意見が非常に多いと思います。

ジェラルド・カーティス: では、案外、自民党に期待しているということですね。ちょっと治療したら、またよくなると。ほかには?

会場の声: 今までは若者が投票してこなかった。でもこれからは未来を担う若者が政治に参加する、そう変わるきっかけなんじゃないかと思います。

ジェラルド・カーティス: そうであればいいのですが。最近の地方選挙は投票率がすごく高いですね。先日(2009年7月)行われた東京都議選も静岡県知事選も、前回より10ポイント以上、投票率が上がりました。浮動票という、どの政党も支持していない人たちが投票に行くということは、現状維持が嫌だから行くのであって、現職の自民党にたくさん投票するとは考えにくい。関心が高く、投票率が高ければ、民主党が圧勝というのも十分考えられます。

ただ、選挙まで1カ月以上あるので(編注:本講座開催日は7月28日)、その間に「どっちもどっち。どっちも嫌だ」と思う人が多くなれば、その人たちは投票しない可能性が非常に高くなります。

今、皆さんがおっしゃったことは、非常に重要なポイントだったと思います。しかし、もう1つ重要なことがあります。

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日本の政治シリーズ 第1回、第2回のレポートはこちらからご覧になれます。

プロフィール

Gerald L.Curtis
Gerald L.Curtis

コロンビア大学政治学名誉教授