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本好きにはたまらない「書物」に纏わるミステリー

読みたい本が見つかる「カフェブレイク・ブックトーク」

更新日 : 2009年09月11日 (金)

第4章 歴史的名著が中心となる書物ミステリー

書物の価値は知識を得る手掛かりだけでなく、モノとしての希少性、珍重される工芸美術品などいろいろあります。だからこそ人の所有欲を刺激し、高額売買や贋物造りが行われてきました。こうした書物に対する人間の欲望をモチーフにしたミステリーをライブラリー・フェローの澁川雅俊が紹介いたします。

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍
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特定の歴史的名著が物語の中心になっているミステリーは結構多いのですがここでは、『ダンテの遺稿』(ニック・トーシュ著、03年早川書房刊)と『ミスター・ミー』(アンドルー・クルミー著、08年東京創元社刊)を紹介します。

『ダンテの遺稿』は、ヴァチカン図書館で発見された「神曲」の自筆稿本をめぐって、研究者、ギャング、コレクターなどが三つ巴で奪い合いをするというのが主筋です。作者が「神曲」の解釈に独特の解釈を加えて、ダンテの創作秘話を展開していることにおもしろさがあります。

ところで『神曲』は世界的名著ですが、一般にはあまり読まれていません。この際、『やさしいダンテ「神曲」』(阿刀田高著、08年角川書店刊)をさっと読まれてはいかがでしょうか。

『ミスター・ミー』は、書物に埋もれ一人暮らしのある老人がひょんなことから知った失われた謎の書物、ロジェの「百科全書」をネットで探し求めるという物語です。主人公は、その間にルソーの作品に登場する二人の人物のことを書名に付けた別の本と問題の「百科全書」とのかかわりや、ルソーを研究しているフランス文学者が教え子に綴った手記と「百科全書」とのかかわりを巡って騙し絵的な手法で物語を紡いでいます。

◆ 古書店主や図書館長などが主人公となるミステリー
少し観点を変えてみましょう。古書籍商などは書物に取り憑かれた人たちの代表なのですが、ミステリーのでは、後ろ暗い商売をしている者が登場人物になることが多く、『古書殺人事件』(マルコ・ペイジ著、中桐雅夫訳、85年ハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブック)などのような作品がよく書かれます。
しかしここではちょっと変わった主人公が書物に関するさまざまな謎を解き、事件を解決するミステリーの好シリーズを紹介しておきます。

その一つにジョン・ダニングのハヤカワ・ミステリ文庫での一連の本があります。彼は『死の蔵書』(94年)、『幻の特装本』(97年)、『失われし書庫』(04年)、『災いの古書』(07年)を書いています。

『死の蔵書』は一人のせどり屋が発見した稀覯書を巡って起こった殺人事件です。「せどり屋」とは、百円均一のワゴンに置かれている古本の中から価値のあるものを探し出してきて、古本屋に売る商売をするある種の古書行商人のことです。『幻の特装本』ではエドガー・アラン・ポーの『大鴉』の特別装幀本が原因で起きた殺人事件。『失われし書庫』は、19世紀の英国探検家でマルチタレントであったリチャード・バートン(書物の世界では『アラビアン・ナイト』の英訳で有名)の稀覯書にまつわるミステリー。『災いの古書』では著者の署名入り本についての謎。それらを人に対しても書物に対しても誠実な元刑事の古書籍商の主人公が事件を解決します。

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍
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それに対してローレンス・ブロックは、ニューヨークで古書店を経営している現役泥棒を主人公とした一連の作品「泥棒バーニイ・シリーズ」(ハヤカワ・ポケット・ミステリとハヤカワ・ミステリ文庫)があります。です。『泥棒は詩を口ずさむ』(94年)、『泥棒はボガートを夢見る』(98年)、『泥棒は抽象画を描く』(98年)、『泥棒は図書室で推理する』2000年)、『泥棒は野球カードを集める』(2000年)、『泥棒はライ麦畑で追いかける』(01年)、『泥棒は深夜に徘徊する』(07年)

これらの作品は本が物語の筋回しをするというより、空き巣の性癖が押さえられない主人公が盗みに入るたびに遭遇する事件や彼の古書店に持ち込まれる本を巡るさまざまな事件の解決をコミカルに描いているところに面白さがあります。

またジェフ・アボットという作家は、『図書館長の休暇』(99年)、『図書館の死体』(05年)、『図書館の美女』(05年)、『図書館の親子』(06年)〔以上ハヤカワ・ミステリ文庫〕を書いています。みな書名に図書館もしくは図書館長が入っていますが、それらは本にかかわる事件の物語ではなく、また奇を衒った本のミステリーでもなく、ごく一般的な殺人事件をある小さな町の図書館長がアガサ・クリスティ風に解決するというものです。
図書館員といえば、米国大統領選の陰謀にかかわる重要文書を扱ったキューレータが巻き込まれる事件の『図書館員〔上・下〕』(ラリー・バインハート著、07年ハヤカワ・ミステリ文庫)があります。そしてもう一つ『形見函と王妃の時計』(アレン・カーズワイル著、04年東京創元社刊)という本があります。このミステリーは、ニューヨーク公共図書館のレファレンス・ライブラリアン(サービス・カウンターで本の探索や情報アクセスに関する利用者の相談に対応する司書)が主人公で、ある金持ちの依頼でマリー・アントワネットが創らせた懐中時計を巡るサスペンスです。この物語では、図書館司書のことや図書館内部での司書の仕事について実に正確に描かれていて、感心するほどです。

ついでながらニューヨーク公共図書館はたびたびミステリー作品の舞台に登場します。ここで傑出した作品を一つ紹介しておきます。それは映画化され、それがつい先だってテレビでも放映された『ボーン・コレクター〔上・下〕』(ジェフリー・ディーヴァー著、03年文春文庫)です。この物語では、この図書館から盗まれた古書通りに猟奇的な連続殺人事件が起き、肢体麻痺で寝たきりの科学捜査専門家がそれを解決しています。

さてここでちょっと脇道にそれますが、『図書館長の休暇』の著者、ジェフ・アボットの作風は、アガサ・クリスティ風だと申しました。そのクリスティもこの種のミステリーを書いています。『運命の裏木戸』『マン島の黄金』(短編集の1編だけですが、書物にかかわる作品)です。ついでにいえば、エラリ・クィーンにも、『クィーン犯罪実験室』『チャイナ・オレンジの秘密』『ドルリイ・レーン最後の事件』などがあります。

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍
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