記事・レポート

本好きにはたまらない「書物」に纏わるミステリー

読みたい本が見つかる「カフェブレイク・ブックトーク」

更新日 : 2009年08月31日 (月)

第3章 歴史ミステリー・ツアーの傑作

書物の価値は知識を得る手掛かりだけでなく、モノとしての希少性、珍重される工芸美術品などいろいろあります。だからこそ人の所有欲を刺激し、高額売買や贋物造りが行われてきました。こうした書物に対する人間の欲望をモチーフにしたミステリーをライブラリー・フェローの澁川雅俊が紹介いたします。

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍
『ヒストリアン〔I・II〕』(エリザベス・コストヴァ著、06年日本放送出版協会刊)という作品があります。あまり評判にはなりませんでしたが、この作品はエンターテイメント小説のスタンダードである「インディ・ジョーンズ シリーズ」と「ダ・ヴィンチ・コード」に匹敵する傑作です。

物語の内容はこういうものです。後に歴史学者となるある少女が、これも歴史学者である父の書斎で竜の挿絵だけしか印刷されていない一冊の古書を見つけます。そのことが発端となり、父はヨーロッパ各地の史跡へ娘を連れ出します。父は旅先で敬愛していた歴史学の恩師がある日「竜の本」にまつわるすべての資料を自分に託し、突然失踪してしまったことを話して聞かせます。

やがてその父も、また先に失踪していた母の跡を追うように、いなくなってしまいます。成長して歴史学者となった主人公は、その書物の謎と失踪した父母と父の恩師を捜し始めます。彼女の捜索は手掛かりとなる史料を求めて中欧から東欧へと拡がります。その旅の描写が実にヴィヴィットで、すばらしいのがこの作品を推奨する一つの理由です。それはともかく彼女の捜索にはドラキュラ伯爵につながる吸血鬼一族の影がちらほらしますが、それが失踪した人たちの発見とその謎を解く鍵になります。そして最後は、いささか荒唐無稽ですが、私は、この物語に不死の怪人として登場するドラキュラ伯爵の書物への飽くなき欲望がよく理解できます。

◆ 究極の書物制作を求めて
飽くなき書物への欲望は、最終的にはそれを自分のもの、自分だけのものにしたいという強欲で、「そういうものがあればぜひ自分のものにしたい」、そして究極的には「そういう書物を創っちゃおう」と決心するに至ります。

そうした強欲に関連して2点の本を挙げておきます。いずれも六本木ライブラリーでは所蔵していませんが、それは『エンデュミオン・スプリング』(マシュー・スケルトン著、06年新潮社刊)と『サラマンダー 無限の書』(トマス・ウォートン著、03年早川書房刊)です。

いずれも事件の謎を解きミステリーとは少々違うタイプの作品で、どちらかといえば、愛書家のファンタジーとでもいうべきものです。『エンデュミオン・スプリング』は、実体がはっきりしていない「最後の書」、すなわち究極の書物を追究する物語です。その本にはさまざまな言い伝えがあります。一見何も書かれていないが、選ばれた者だけが読むことができる。その本はもし悪人の手に渡ったら、世界は破滅への道をたどる。この本を手にした者は全世界を支配できるなどなどです。

その本を探して、物語は二つの時代を交差させて展開します。一つは15世紀のドイツのマインツと現代英国のオックスフォードが舞台です。グーテンベルグに活字印刷術を学んだ若い印刷工がその本を求めて旅をします。もう一つは現代です。そして現代の主人公がその本の実体を明らかにすることになります。
火を司る精霊を意味する『サラマンダー』は、究極の書物を作るため、不思議な冒険の旅に出た職人の姿を描く、めくるめく物語です。ときは18世紀、ロンドンの印刷工が、「始まりも終わりもない無限に続く本を作製せよ」という注文を請けます。無限に続く本とはどんなものかを考案しながら、行く先先で一行を妨害する人物とやり合いながらも、世界中を巡ります。

本好きにはたまらない「書物」に纏わるミステリー インデックス