記事・レポート

ビジネスとクリエイティブの新しい関係

ライフスタイルサロン「編集力シリーズ」第二回 ゲスト:佐藤可士和

更新日 : 2009年07月13日 (月)

第4章 デザインの力を未知の分野に

佐藤可士和氏

佐藤可士和: もう1つ、幼稚園を丸ごとデザインしたお話をしたいと思います。

2000年に独立してから、コミュニケーションやデザインの力を教育とか医療とか、まあ政治はなかなか大変でしょうけど、今現在あまり使われていないところに活用したらすごい効果があるんじゃないかなと思っていました。NHKの番組に出たときにそんな話をして、「例えば幼稚園とか」と言ったことがきっかけで、「立川に1人面白い先生がいるんですけれど」と紹介されて始まったプロジェクトです。

そのふじようちえんの園長先生は、夢がすごく溢れていて、例えば「毎朝園児を送ってくるおじいちゃんやおばあちゃんを一緒に預かってもいいかなと思っているんですよね」とか(笑)、「馬も飼ってみたい」「温泉をつくるのはどうだ」「レストランもやってみたい。幼稚園を卒園した子たちが、ここで結婚式をできないかな」とか、いろいろ考えているのですが、築35年の建替えにあたって、そんな話を地元の建設業者にしたら、「じゃあ、温泉の隣が馬小屋でいいんですか?」(笑)、となってしまうらしいのです。

要するにその先生は自分の考えを整理して相手に伝えられなくて、なかなか思うようにいかないときに、僕に出会ったのです。

「じゃあ、まず先生の頭の中をデザインします」と言って、何度も話を聞いた結果、先生は、新しい幼児教育の可能性を探る場がほしいんだということがわかりました。

竹中平蔵氏
日本中の幼稚園を見て歩きましたが、デザイナーの視点で観ると、例えば遊具をとってしまったら、そこが小学校か高校か幼稚園かわからなくなってしまう空間がほとんどでした。もっと本質的に、遊具を置かなくても「ここは幼稚園だ」とわかるようなことができたらいいんじゃないかなと考えて僕が出したのは、「園舎自体を巨大な遊具にする」というコンセプトでした。そこまで考えて、これを具体的な形にするのは同世代の建築家である手塚貴晴さん、由比さんのご夫婦が最適だと思い、依頼しました。

こうしてできたものすごく大きいドーナツ型の平屋の園舎は、板張りの広い屋根の上に登れます。屋根のところどころに窓があって下をのぞけたり、教室の中をケヤキの大木がバーンと突き抜けていたり。園舍の両側がガラスで、全部開けると、屋根だけがある前も後ろも開けっぴろげの空間になります。

ふじようちえんでは、「遊び」ということを徹底的にコンセプト化しようと思ったので、僕が紙をチョキチョキ切り抜いた文字をロゴにして、園の看板にしました。園服はザクザク洗えるようにTシャツにしたり、切り紙のロゴをフォント化してパソコンで打ち出せるようにプログラムしたり、1つずつ丁寧につくっていきました。

この幼稚園は新聞やテレビでも紹介され、翌年の園児の募集は2日で埋まってしまいましたが、園長先生がとても喜んだのは、「ここで働きたい」という先生が全国から殺到してくれたことです。園舎という装置は園長先生のビジョンが形になったものですが、それが完璧にできると教育者が向こうから寄ってきてくれた。多分、いいことづくめだったと思うのです。

これは、教育という分野にクリエイティブの力で貢献したいと思ってやったプロジェクトの1つですが、こんなふうにデザインの力を使って、少しでも世の中がよくなるようなことをやりたいと思って日々活動しています。