記事・レポート

生命観を問い直す

更新日 : 2009年03月11日 (水)

第2章 あらゆる生物・無生物とつながっている私たちの体

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授

福岡伸一: 食べ物にはタンパク質や炭水化物、油などが含まれています。例えば、タンパク質はアミノ酸から成り立ち、アミノ酸は窒素や酸素、水素、炭素から成り立っています。実は、それらの分子は食べられた後、体のどこにいったかわからなくなってしまうのです。

シェーンハイマーは、アイソトープ(同位体)によるマーキング方法を編み出しました。分かりやすく言えば、分子の一つひとつに赤いマーカーで色をつけ、色付きの分子で構成される食べ物を実験動物のネズミに食べさせ、どこに行くかを調べたのです。

シェーンハイマーは最初、当時の科学の常識通り、食べ物は燃やされてエネルギーを生み、燃えかすは二酸化炭素や汗や糞、尿になって体外に排泄されると考えていました。しかし、実験結果は、その予想を鮮やかに裏切ります。赤い分子は、例えば尻尾の先、あるいは目、ヒゲ、耳、心臓、骨、肝臓というふうに瞬く間に全身に散らばり、それぞれの場所に溶け込んでしまったのです。

シェーンハイマーは、ネズミの体重の推移も精密に測っていました。このネズミは大人でもう成長しませんが、食べ物を食べ、汗や呼吸、排泄はもちろんします。そして結果は、体重はほとんど1グラムも増えなかったのです。これは、もともとその場所にあった分子が瞬く間に壊されて、それが赤い分子の代わりに外に抜け出たということです。

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授
次に彼は、マーカーしていないエサをネズミに食べさせました。すると、このエサの分子はネズミの体に入り、今度はマーカーされた分子が分解されて体外へ抜け出ていきました。

このように「食べる」とは、まさに体の中で分子が絶え間なく分解と構成を繰り返す行為です。そして、分子の構成と分解の流れがとりも直さず「生きている」ということで、この流れを止めないために、私たちは毎日食べ物を食べ続けなければいけないのです。

私たちの体は「機械」というより、流れの中にある————彼は、これを「動的平衡」と名づけました。ジグソーパズルを想像してみてください。ピース一つひとつは細胞、あるいは細胞の分子です。あるピースが捨てられても、周りにあるピースが真ん中の形を覚えていて、そこに新しい食べ物の分子が入っていきます。次の瞬間、また違うピースが壊され、入り、壊され、入り……と同時多発的に交換されている。これが「動的平衡状態」です。

ピースは代わりますが、パズルの絵柄全体は変わらない。それが私たちの体です。体を構成している分子は私たちの所有物ではなく、実は「環境」のものです。つまり、分子のレベルで私たち生物は地球上のあらゆる生物、無生物とつながっているわけです。


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