記事・レポート

人事労務の法的課題

~マクドナルド判決に学ぶ企業の対応~

更新日 : 2009年03月06日 (金)

第6章 今の法制度には選択肢がなくフレキシビリティに欠ける

山本紳也: どうもこれまでの判例を見ていて腑に落ちない、なかなかしっくりこない、議論してもなかなか答えが出ない世界だと、高谷先生も感じられていることがひしひしと伝わってきました。

高谷知佐子: 裁判に勝つことだけが人事労務や人事制度の観点ではないのです。会社にとって「責任ややりがい、気概を持ってやってもらいたい管理職層」が当然あるべきですが、そういう層は、残業申請などに馴染まないというのも確かです。ですからお客さまには、「判例の考え方ではこうですが、これと人事制度の問題はある意味折り合いをつけていただかなければいけない」という話はします。

もちろん今の情勢では、あまりにアグレッシブな管理監督者の設定はやめた方がいいでしょう。ただ、会社の健全な管理職層の育成を考えて、ある程度の方々を管理監督者と考えるのは間違った判断ではないと思います。

山本紳也: 私は法律の専門家ではなく、人事の視点からコンサルティングする立場ですが、我々の会社でもここしばらく、そういったご相談が多いわけです。結局、シミュレーションしたらいくらになるという話が出てきます。「2年遡って払え」となったら赤字になるとか、極端な話、倒産という会社もあるわけです。さまざまな議論をしながら落としどころを探るしかないという状況です。

高谷知佐子: そうですね。例えば「労働基準監督署にきちんと説明できる態勢」というのも、1つの考え方なのかなと思っています。

山本紳也: 実は、我々の会社でも新卒を採用しはじめたタイミングで、「今後は時間管理をして、残業代を払っていきます」と発表したら、若手から「我々は残業代をもらおうと思って働いているのではない」と直訴されたのです。

「自分はいろいろなことを経験し勉強もして、人が3時間で済むことを10時間かかってもやりたいんだ。残業代をもらうとそういう仕事が来なくなる。早く1,000万円もらえるようになるためなら、極論を言えば今はただ働きでいい」というのです。私にとってはうれしい言葉ですが、でも法律だからやらなければいけない。そういうことは現場にはあると思うのです。

高谷知佐子: 労働時間を管理されることで、どうしても「やらされている感」が醸成される面もあります。今の法制度はそういうところに選択肢がない。自由にやりたいとか、「必ずしも時間ではない」という仕事には、今はフレキシビリティがない状況だと思っています。

エグゼンプトの話でも、「ホワイトカラー・エグゼンプション」が「残業代ゼロ法案」とネーミングされた瞬間に負けているわけです。今回も、マスコミが「名ばかり管理職」という名前をつけた。もうそこでほぼ負け決定みたいなところがあります。本当は、企業にも社員にもマッチするニーズがあるはずなのに、それで従業員のニーズが消されてしまっている感じはしますね。

山本紳也:  「部下なし管理職」を抱えていらっしゃる会社というのはすごく多いと思うのですが、その場合もだめでしょうか。

高谷知佐子: 「部下なし管理職」が管理監督者に見合うかというと、多分、説明をするのが困難になって、せいぜい「ほかの平社員よりもお金が高い」くらいになってしまう感じがします。そうすると、裁判所では、ほぼアウトではないかと思います。

「部下なし管理職」にも2通りあって、これから管理職になるかも知れない人たちと、これからも部下を持たないであろう人たちがいます。前者はまだしも、後者はこれからも権限はないでしょうから、管理監督者として扱う説明が難しい話になると思います。
(その7に続く、全10回)

※この原稿は、2008年9月3日にアカデミーヒルズで開催した『ヒューマンリソースマネジメントの舞台裏:人事労務の法的課題~マクドナルド判決に学ぶ企業の対応~』を元に作成したものです。

該当講座

人事労務の法的課題

~マクドナルド判決に学ぶ企業の対応

人事労務の法的課題
高谷知佐子 (森・濱田松本法律事務所 弁護士)
山本紳也 (プライスウォーターハウスクーパースHRS パートナー)

人事・労務専門弁護士の人気ランキングで常に上位に入る高谷知佐子弁護士をお迎えし、昨今の人事・労務問題をどう解決するか、企業の対応策を考えます。今回は、マクドナルド判決を取り上げます。東京地裁の判決を解説するとともに労働基準監督署の指導基準にも触れながら、これら問題の背景および本質を探ります。 ま....


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