記事・レポート

人事労務の法的課題

~マクドナルド判決に学ぶ企業の対応~

更新日 : 2008年12月03日 (水)

第1章 「マクドナルド判決」の背景にある労働市場環境の変化

弁護士の高谷知佐子さん
山本紳也: 高谷先生は、日本とニューヨーク両方の弁護士資格をもち、主に会社側に立って、労務に関する法律相談に乗っていらっしゃいます。皆さんも、ご自分の会社での疑問や個人的な悩みもあると思いますので、後ほど質疑時間もとりたいと思います。それではお願いします。

高谷知佐子: 先般、「マクドナルド判決」が出ました。具体的には「労働基準法の管理監督者は何ぞや」という問題です。この問題についての判例や実務上の動き、他社の対応事例などを中心にしてお話します。

最初に、労働市場を取り巻く環境の変化が「マクドナルド判決」にもつながっていると思いますので、3つの変化について触れます。

1つ目は労働市場の流動化で、中途採用者や非正規社員が増加したことです。これが起きると、会社に強い帰属意識をもつ社員が相対的に減ります。「この会社に骨を埋める」より、とくに中途採用社員などは「1つのステップアップにしたい」と思うわけです。会社も自分もいい関係であればいいのですが、自分にメリットがないと判断すれば、簡単に会社を捨てることになります。

2つ目、年功序列制は終焉したと言っていいと思います。ほとんどの会社で、成果主義的な給与体系が導入されています。これは、「成果を上げれば給料が上がる」という単純な思想に基づきます。年功序列制であれば、成果に関わらず給料はだんだん上がるので、自分の働きに給料が見合っているかはあまり気にしませんでした。しかし成果主義は、最終的に「成果を出した以上はそれに見合ったお金が欲しい」という意識になっていきます。

成果主義ではパフォーマンスを評価されるため、どうしても頑張る=労働時間をたくさん使うことになります。労働時間の増加は、実は非正規社員の増加の影響もあります。相対的に部署の人数が減ることで、1人当たりの労働時間が増えるわけです。やりがいが感じられる範囲であればいいのですが、「こんなに働いていて、会社は何かしてくれたか?」と思い始めると、「せめて働いた分ぐらいの対価が欲しい」となってきます。

3つ目は、ストレス社会です。社員が長時間労働で精神を病んで休んだり、会社を辞めたり、または多発するパワーハラスメントの現状を見ると、ストレスを貯めながら我慢していることが、ばかばかしくなる傾向があると思います。

一方サービス残業の問題は、今から数年前に労働基準監督署が「サービス残業撲滅」を指導した時期があり、その辺から従業員からの個別の残業代あるいは時間外手当の請求がとても増えました。当初は「残業対象者の請求」でしたが、だんだん管理監督者とされる社員からも請求が増えています。

背景には、「管理監督者の名のもとに、搾取されている」という思いがあります。あまりの長時間労働に疲れてしまい、「少なくとも辞めるときは、それに見合うお金はもらおう」という発想になるのかなと思います。

それでは、「日本マクドナルド事件」に入りたいと思います。この事件の概要は、ある店長が「自分は管理監督者として残業代の支払いを受けていないが、それは間違った法律の解釈であって、本当は管理監督者ではない。したがって時間外割増の賃金を支払うべきである」と、マクドナルドに対して裁判を起こしたというものです。

私もどんな判断が出るのか、あるいはその前に和解して終息するのかと見ていました。新聞でも大きく取り上げられ、見出しになった「名ばかり管理職」というネーミングも誰がつけたかはわかりませんが、うまくつけるものだと思います。この問題は、他の企業でも「わが社は一体どうなんだろう?」と考えるきっかけになった事件です。

ご存知のように、地裁の判決は原告勝訴となりました。

※本原稿で取り上げている相談事例への説明および回答はあくまでも一例であり、個々の裁判の行方を保証するものではありません。講師およびアカデミーヒルズは本原稿の内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。あらかじめご了承ください。

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高谷知佐子 (森・濱田松本法律事務所 弁護士)
山本紳也 (プライスウォーターハウスクーパースHRS パートナー)

人事・労務専門弁護士の人気ランキングで常に上位に入る高谷知佐子弁護士をお迎えし、昨今の人事・労務問題をどう解決するか、企業の対応策を考えます。今回は、マクドナルド判決を取り上げます。東京地裁の判決を解説するとともに労働基準監督署の指導基準にも触れながら、これら問題の背景および本質を探ります。 ま....


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