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そうだ、どこか遠くに出かけよう!

書を片手に「本物」に出会う旅へ~ブックトークより

更新日 : 2018年03月13日 (火)

第2章 世界のリアル、ユートピアを求める旅


たくましい‘生’にふれる


澁川雅俊:  旅の目的には、「この世界を眺めたい。この世界を十分に理解したい」というものもあるでしょう。そして、世界をどう見て歩いたか、どう認識したかを表現する方法は、紀行文や旅日記だけではありません。

『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』〔森美術館ほか編/美術出版社〕は、2017年に開催された同名の展覧会の図録です。南インド出身のこのアーティストは、経済成長と都市化が進展するインドに生きる人びとが、日常的に自然環境や伝統文化にどう向きあい、どう生きているかを真摯に問い続けており、作品には‘本当’を確かめようとする思いが色濃く現れています。マクロ的視点で捉えれば、世界は1つの存在です。しかし、実はたくましく生きる無数の「個」から成っており、それらが全体としての持ち味のおおもとにあることが、この図録からよくわかります。

一方、気鋭の写真家・竹沢うるまの『旅情熱帯夜~1021日・103カ国を巡る旅の記憶』〔実業之日本社〕は、文字通り‘リアル’な旅の本です。南北アメリカ大陸、南極、激動の中東、アフリカ、ユーラシアを巡り、ローカルバスや満員列車に長時間ゆられ、カヌーで川を下り、ヒッチハイク、徒歩、ときには馬で峠を越えることも。喜怒哀楽に満ちた1021日の記憶が、熱気をはらんだ写真と手記によってまとめられています。

著者は「旅をすることは、写真を撮ることと同じ。僕にとってそれは‘生きる’という作業。人は極限まで追い込まれたときに生きるチカラを発揮する。そういう感覚が普段の生活では得られない」と述べていますが、それはN・S・ハルシャとも相通じる感慨と言えるでしょう。

『愛しき人々~地球歩き15万6千キロの出会い』〔新谷公子/日本写真企画〕は、子育てがひと段落し、「世界を動かしている人びとを観てみたい」との思いから、夫と共に15年にわたり海外を旅した記録です。旅で出会った人々を慈愛に満ちた眼差しでとらえ、日本では失われてしまった光景を拾い上げています。


どこかにある理想郷を求めて


澁川雅俊: 見知らぬ世界に飛び込み、その世界をよく知ろうという願望は、どこかに自分だけの理想郷(ユートピア)を求めて旅に出ることとつながるのかもしれません。

例えば、『チベットひとり旅』〔山本幸子/法藏館〕では、チベットやヒマラヤ山脈周辺にそれを求めています。ここは仏教伝来のルートですが、私たちの原点がそこに残されているのか、以前の旅本のブックトークでも数冊ご紹介したように、この地域を旅する日本人は少なくないようです。

アジアから遠く離れたアラスカに理想郷を求めた人もいます。『悠久の時を旅する』〔星野道夫/クレヴィス〕は、日本の大学を卒業後、アラスカ大学で野生動物管理学を学び、その地に魅せられた写真家の作品集です。詩人でもあった写真家は、本書に自筆のエッセイを添えていますが、厳しく雄大な自然に自らの理想郷を重ねていたことが、ことばの端々からうかがえます。

広い世界を眺める旅がある一方で、『コッド岬~海辺の生活』〔H・D・ソロー/工作舎〕は、1カ所に留まり、海辺に暮らす人びとや自然からこの世界を微視的に見つめ、理想郷を確認しようと試みた旅行記です。著者は米国19世紀の作家にして詩人、思想家、博物学者であり、数年前に話題になった『ウォールデン、森の生活』も書いています。著者は、マサチューセッツ州ウォールデン池畔の森に丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年余りしながら思索にふけるなど、静かに自分だけの‘ユートピア’を楽しんでいたようです。

フォトエッセイ『旅人よ どの街で死ぬか。~男の美眺』〔伊集院静/集英社〕も、ユートピアを探す旅なのかもしれません。著者はいわゆる流行作家ですが、作詞家や美術評論家としてもその力量を発揮しており、いずれの著作もダンディズムという芯で貫かれています。日常性を脱ぎ去り、ひとり街をさまよい、己を見つめる。生きる場所=死ぬ場所を探す作家は、その視線の先に何を求めていたのでしょうか。

該当講座


アペリティフ・ブックトーク 第43回 そうだ、どこか遠くに出かけよう!
アペリティフ・ブックトーク 第43回 そうだ、どこか遠くに出かけよう!

ライブラリーフェロー・澁川雅俊が、さまざまな本を取り上げ、世界を読み解く「アペリティフ・ブックトーク」。
今回は、さまざまな“旅”にまつわる本をテーマに、いまだ訪れたことのない遠い場所へとご案内。厳選した「旅本」を語り尽くします。


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