オピニオン・記事

流行作家・楡周平のまなざし

小説家は「日常」を明視する~ブックトークより

更新日 : 2017年02月14日 (火)

第6章 煩悩、その深きに嵌まる所業


「欲」をめぐる権謀術数


澁川雅俊: 煩悩とは、人の生来の欲求と、それにまとわれる気持ちのこと。仏教では「むさぼる」「怒り、憎しみ」「愚かさ」「思い上がり」「他者を疑う」「おごりたかぶる」こととし、貪・瞋・痴・見・疑・慢(とん・じん・ち・けん・ぎ・まん)の字を当てています。また、「欲に五欲(ごよく)あり」とし、食欲、色欲、睡眠欲、財欲、権力欲を挙げています。それによって人は、実にさまざまな悪業を行うのです。

『骨の記憶』(2009年)は、煩悩にとらわれた一人の男を描いた作品です。東北の片田舎で、ふとしたことから担任教師の事故死にかかわった貧農の少年が、集団就職で上京する。そして、偶発的に起った下宿先の火災で、他人になりすます。時は高度経済成長期、彼はそれを転機に不動産業で一攫千金の途を突き進みます。しかし、日の当るところには必ず影があるもの。再婚相手との不仲、自身の病によって転落していきます。やがて、自らの死期を悟った時、主人公がとった行動とは?

『フェイク』(2004年)では、バブルの余韻を漂わす銀座の夜の生態を生々しく描いています。冴えない一人の若者が、勤め先の銀座のクラブで出会ったホステスに誘われ、高級ワインのすり替えを手始めに、無知ゆえの不実の罪を重ねていく。やがて若者は‘カネ’に溺れるようになり、手練手管の限りを尽くし、最後は株価操作のコン・ゲーム(詐欺劇)を企てます。

ビジネスとは、すべてが‘正業’とは限らず、「飲む、打つ、買う」を誘う類いのものもあります。たとえば、競馬・競輪・競艇・オートレースといった「公営競技」。それぞれの主催団体(胴元)には国や地方自治体が出資し、その利益は長く地方財政を支えてきました。作家は『ラストフロンティア』(2016年)を通じて、それらの裏にある思惑、利権、欺瞞をあぶりだします。

カジノこそ公営競技の最後の未開拓地と意気込み、東京臨海部に新施設を立ち上げようと画策する海外の大手カジノ企業と、その認可権をもつ各省庁、官僚との駆け引きの物語です。企業は、海外の博打好きの富裕層を招来するべく、ラスベガスやマカオなどとは一線を画す、丁半賭博や吉原遊びのツアーを併設しようと奮闘しますが、結果はいかに?

山崎豊子の『華麗なる一族』(1973年)は、実話に依った銀行家による財閥形成を描いた物語ですが、他方、作家が手掛けた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京〈上・下〉』(2008年)は、大病院の一族と政治家の一族が、医療界と政界の制覇を目論む物語です。東大安保闘争(1968-69)の渦中、その熱気に当てられたようにかかわりをもった男女は、実はそれぞれの一族の後継者。時を経て再会し、飽くなき煩悩にはまり込んでいく男女の姿が克明に描かれた作品です。

その続編となる『血戦』(2010年)は、その男女の息子と娘をめぐる閨閥(けいばつ)形成の物語。読者は、時代を超えて展開するこの物語を通して、欲望の底知れぬ深さや、政官財をめぐる権謀術数に満ちた動向に身震いを覚えるかもしれません。

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アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する
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今回は『Cの福音』から『ドッグファイト』まで、三十点以上の作品で小説読者を魅了し続けている、ある流行作家の全作品を取り上げます。



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