記事・レポート

サイエンスシリーズ~宇宙の最前線

宇宙はどのように始まり、これからどうなるのか?

更新日 : 2016年07月27日 (水)

第3章 偶然発見された「ビッグバンの残光」


 
ペンジアスとウィルソン

小松英一郎: 「宇宙の晴れ上がり」の頃の宇宙空間の温度は、絶対温度で3,000度でした。それでは、現在の宇宙空間の温度はどれくらいなのでしょうか? その答えは、絶対温度で2.7K(ケルビン/摂氏マイナス270.5度)です。

ちなみに、宇宙空間が2倍に膨張すると、温度は2分の1になります。そこから計算すると、「宇宙の晴れ上がり」から現在まで、宇宙は約1,000倍も膨張したと考えることができます。

さて、どうして宇宙の温度が分かったのか? それは宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が発見されたからです。2015年はCMB発見から50年、つまり、最初に発見されたのは1965年のこと。当時、アメリカ・ニュージャージー州にあるベル研究所に、アーノ・ペンジアス、ロバート・W・ウィルソンという2人の物理学者がいました。

1925年に創設されたベル研究所は、当時は通信技術に関する世界最先端の研究拠点で、ノーベル賞受賞者も数多く輩出しています。そこで2人は、ベル研究所が所有していた「ホーンアンテナ」と呼ばれる巨大なアンテナを宇宙の観測に応用しました。これは、NASAが打ち上げた世界初の通信放送衛星「エコー1号」から届くマイクロ波を受信する目的でつくられました。エコーに続き、より高性能の人工衛星「テルスター」による通信衛星の実験が終わると、このアンテナは用途を失い、ペンジアスとウィルソンが自由に使って良いことになりました。

この時、ペンジアスとウィルソンは大喜びしました。なぜなら彼らは元々、通信技術ではなく天文学の研究が好きだったからです。この巨大アンテナはグルグルと回り、かつ、当時としては非常に感度が高かったため、宇宙のあらゆる方向から届く微弱な電磁波を受信することができました。

1964年5月20日、2人が宇宙から届く電磁波を調べ始めると、どの方向にアンテナを向けても入ってくる不思議なノイズがあることに気づきました。それは途切れることなく常に一定に届いていました。どこから届くのかも分からず、ノイズを取り除くこともできない。2人は頭を悩ませました。

そんなある日、2人は当時存在すると予測されていた「ビッグバンの残光」の話を聞かされました。1940年代に登場したビッグバン理論では、ビッグバンの残光は「宇宙の晴れ上がり」によって宇宙全体に広がり、その後は宇宙の膨張により波長が引き伸ばされ、現在はマイクロ波となって漂っているとされていました。その不思議なマイクロ波の予測値と一致するものが、この時ついに見つかったのです。

この発見によってペンジアスとウィルソンは、1978年にノーベル物理学賞を受賞しています。ちなみに、僕の研究所があるドイツのミュンヘンには、科学技術の殿堂とも呼ばれるドイツ博物館があり、1/25スケールの「ホーンアンテナ」の模型と、発見の際に使われた受信機システムが展示されています。ミュンヘン出身だったペンジアスが寄贈してくれたそうです。ここには、世界で初めて開発されたプラネタリウムも展示されています。
 
CMBは「火の玉宇宙」の証拠

小松英一郎: CMBは宇宙の温度を解き明かすカギとなり、さらに「火の玉宇宙」の証拠ともなりました。それは、マックス・プランクによって1900年に考案された「黒体放射」と呼ばれる、光の強度と波長とを関係付ける理論曲線と一致したからです。

この理論曲線は、温度の分布が決まれば、描かれる曲線も決まります。ペンジアスとウィルソンがCMBを発見した当時はまだ観測精度が低かったため、その後も多くの天文学者が研究を行い、様々な波長でCMBの強度が測定され、最終的にCMBは絶対温度で2.7K(摂氏マイナス270.5度)という極低温であることが分かりました。

それ以上に、僕達のような研究者を驚かせたのが、測定されたCMBの強度と波長との関係がこの「予測されていた理論曲線に正確に乗る」ことでした。この理論曲線、いわゆる黒体放射のスペクトル(プランク・スペクトル)は、光と物質が頻繁にエネルギーをやり取りする「熱平衡状態」にならなければ得られないものだからです。例えば、僕達の暮らすこの世界が熱平衡状態であれば、あらゆるものが一瞬で溶けてしまいますが、それはこの分布に乗ります。つまり、宇宙初期はそのような超高熱・超高密度状態だったということ。CMBのプランク・スペクトルが、灼熱の「火の玉宇宙」の確たる証拠となったのです。



該当講座


六本木アートカレッジ 宇宙論の最前線〜私たちは宇宙をどこまで理解したのか〜
六本木アートカレッジ 宇宙論の最前線〜私たちは宇宙をどこまで理解したのか〜

小松英一郎(マックスプランク宇宙物理学研究所所長/カブリ数物連携宇宙研究機構上級科学研究員)
宇宙の“始まり”や“終わり”とはどのようなものなのでしょうか? そして宇宙を構成している成分は何か? 宇宙の進化とは? これらを研究するのが「宇宙論」です。過去20年間に宇宙論は爆発的な進展を遂げてきました。特に観察装置の進化により、これまで見えなかった宇宙が見えるようになってきたのです。本講演では、最新の宇宙で起こっている信じ難い現象を紹介するとともに、研究者がいかにして解き明かしてきたかをお話しいただきます。