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戦後70年、その先を読む~ブックトークより

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2016年06月08日 (水)

第4章 2つの「記憶」から戦後をたどる

生きて帰ってきた男

ある日本兵の戦後

澁川雅俊: 『生きて帰ってきた男』〔小熊英二/岩波書店〕は、数ある〈戦後70年本〉の中でも特別な光を放っています。「ある日本兵の戦争と戦後」との副題が付けられているように、1925年に生まれたごく“ふつー”の人物の戦前・戦中・戦後の生活模様が丹念に綴られているからです。

名も無い“その男”は、平凡だが幸せで元気に育ち、風雲急を告げた戦前に成人。やがて戦争末期に徴兵され、北支(満州)戦線に派遣。敗戦後はソ連の捕虜となって抑留され、奴隷のように酷使された後、命からがら復員。そして、結核と闘いながら復興期や高度成長期を経験し、戦後70年まで生き抜いてきました。ただし、この本は“その男”が記したものではなく、気鋭の社会学者である息子が実父の生き様をたどり、克明に描いたものです。

その生涯はまさに艱難辛苦そのものでしたが、息子のある問いかけに対し、父は端的にこう応えています。「さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったか聞いた。シベリアや結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである。『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』」。

戦争をしない国

知られざる苦悩

澁川雅俊: 戦前・戦後の渦中、特別な地位ゆえの苦難を強いられたひとりが、昭和天皇です。生まれながらに皇位継承者であり、戦前は国家元首、あるいは神聖で侵せない統治権者であったがために、国民とはまったく異なる苦悩を経験されたわけです。

『昭和天皇の戦後日本』〔豊下楢彦/岩波書店〕は、膨大な資料をもとに折々の決断の背景に迫りながら、“たったひとりの戦い”を浮き彫りにしています。同時に、その苦悩を引き継いだ今上天皇の、わが国の行方に対する不安についても所見を述べています。2015年春、宮内庁から『昭和天皇実録』〔全19冊、2019年完了予定/東京書籍〕の第1巻が出されましたが、こちらはいわば公的文書をもとに編纂した記録であり、苦悩が吐露されるわけではありません。

その関連として、『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』〔矢部宏治・文&須田慎太郎・写真/小学館〕を取り上げておきましょう。1933年にご生誕された今上天皇は、帝国憲法の下でその地位が定められ、現憲法の下で立太子され、1989年、昭和天皇崩御と同時に即位されました。したがって、戦後70年を完全に生きられ、戦後は一貫して憲法の理念の下、象徴天皇として平和主義を全うされています。本書は基本的には写真集ですが、その傍らには行幸や祭事の折に述べられたおことば、特に平和を希求するメッセージが添えられています。



関連書籍

生きて帰ってきた男

小熊英二
岩波書店

昭和天皇の戦後日本

豊下楢彦
岩波書店



昭和天皇実録 第7

宮内庁
東京書籍

戦争をしない国

矢部宏治,須田慎太郎
小学館