記事・レポート

0円の仕事~NO LIFEWORK, NO LIFE.~

箭内道彦が語る「タダでもやりたい仕事」

更新日 : 2015年08月19日 (水)

第1章 見返りがなくても、心からやりたい仕事

ある時は、独創的な広告を通じて人々を驚かせるクリエイター。ある時は、定価0円の大人気フリーペーパー『月刊 風とロック』の発行人兼編集長。またある時は、故郷・福島県を中心に多彩なイベントを仕掛けるプロデューサー……。ジャンルや常識の壁を軽々と跳び越え、世の中に新しい価値を提供し続けるクリエイティブディレクターの箭内道彦氏。働き方が多様化するいま、ライフワークをキーワードに箭内氏が「仕事」の意味を問い直します。

スピーカー:箭内道彦(クリエイティブディレクター)

箭内道彦(クリエイティブディレクター)
箭内道彦(クリエイティブディレクター)

 
ライフワークと「隠居」

箭内道彦: 「0円の仕事~NO LIFEWORK, NO LIFE.~」。このタイトルは、僕が1996年から20年近く手掛けているタワーレコードのコーポレート・ボイス「NO MUSIC, NO LIFE.」に重ねました。僕にとっての「ライフワーク」を端的に表していると思ったからです。

僕はこれまで、ライフワークという言葉を強く意識したことはありませんでした。今回このテーマをいただき、改めて考えてみました。ぼんやりながらも初めて意識したのは中学生の頃、チューリップの『青春の影』を聞いた時だったと思います。現在も様々なCMに使われている名曲ですが、次のようなフレーズが登場します。

自分の大きな夢を追うことが 今までの僕の仕事だったけど
君を幸せにする、それこそが 今日からの僕の生きるしるし


夢を追うこと。そして、誰かを幸せにすること。この歌を聞いた時、仕事の捉え方が変わったように思います。お金のためだけに働くこと、疲れて帰宅することが仕事ではないのだと。

現代において、ライフワークという言葉には様々な意味合いが含まれると思います。お金をいただきながらライフワークが成立すれば、それは理想的です。しかし、僕はたとえ見返りがなくても、心からやりたいと思える仕事、すなわち「タダでもやりたい仕事」も、ライフワークだと考えています。

雑誌『広告批評』を主宰されていたコラムニストの天野祐吉さんは、2009年に同誌が休刊になった頃から、ご自身を「隠居」と称していました。隠居と言えば、お年寄りが散歩をしたり、縁側でお茶を飲んだりしながら悠々自適に暮らすといったイメージを持ちます。しかし、天野さんは「隠居とは、自分の本当にやりたいことだけをしている状態。人生から引退するのではなく、むしろ、人生の夢に向かう新たなスタート。江戸時代は、そうした意味で使われていた」と教えてくれました。

例えば、伊能忠敬が測量の旅に出たのは、家督を長男に譲り、隠居となった50代中頃だったそうです。天野さんは、江戸時代の人々は隠居する、つまり、煩わしい仕事をすべてやめ、金銭的な心配もなく、やりたいことだけに没頭できる日を目指し、懸命に働いていたと話していました。「だから、箭内さんはすでに隠居なんだよ」。天野さんからそう言っていただき、とても嬉しかったことをよく覚えています。

社会規範と市場規範

箭内道彦: 「社会規範」「市場規範」という言葉があります。これはNHK Eテレで又吉直樹さんがナビゲートする番組『オイコノミア』に登場した言葉です。出演されていた経済学者の方は、「基本的に世の中は、この2つで動いている」と語っていました。

社会規範とは、社会的なつながりや関係性、社会のルールや道徳観をもとに価値を判断し、自らの行動基準とすること。一方の市場規範とは、金銭的なつながりや関係性、例えば価格や対価など、経済活動の中で価値を判断し、自らの行動基準とすることだそうです。

番組の中で、ユニークなたとえ話が登場しました。ある所に、遅刻する園児がとても多い幼稚園がありました。そこで園長先生は、保護者に対して「1回遅刻すると500円の罰金を取ります」と言ったそうです。そのおかげで遅刻は減った……どころか、逆にもっと増えてしまったそうです。

社会規範で判断すれば、「遅刻をしたら、幼稚園の先生方に迷惑がかかる」という罪悪感を抱くはずです。しかし、ここに市場規範が持ち込まれたことで、「遅刻をしても悪くはないのだ。お金さえ払えばいいのだから」と判断され、罪悪感がなくなってしまったわけです。1円でもお金を通じたやりとりが発生すると、人間はたちまち市場規範というものさしにとらわれてしまう、ということでした。

例えば、友人から「一人ではとても手に負えない仕事だから、2時間だけ手伝って」と言われれば、皆さんはできる範囲で手伝ってあげるでしょう。しかし、同じ仕事を「時給500円払うから手伝って」と言われたらどうか。仕事の内容にもよりますが、何か心に小さな引っかかりが生まれ、素直に手伝えなくなるはず。「タダでもやりたい仕事」を考える際も、社会規範と市場規範が、その人の志や誇り、モチベーションといったものに大きな影響を与えるのだと思います。


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六本木アートカレッジ 0円の仕事~NO LIFEWORK, NO LIFE.~
六本木アートカレッジ 0円の仕事~NO LIFEWORK, NO LIFE.~

「0円でやる仕事」、それが「ライフワーク」。なりたい職業より、やりたいこと。箭内流のライフワークの考え方、見つけ方についてお話しします。