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気になる本たち

好きな本がみつかる、ブックトークより

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2014年09月17日 (水)

第1章 読書の周辺

 ライブラリーでの私の仕事は、本を〈選び・並べ・語り・仕舞う〉です。「並べる」は、エントランス展示のことで、「語る」はブックトークのことです。そして「仕舞う」は、蔵書構築方針に基づいて蔵書から抜き出すことです。
 選ぶにせよ仕舞うにせよ、「ライブラリーメンバーの問題発見・問題解決の手がかりとなるように、コンテンポラリーイッシューを扱っているかを考察し、議論し、論評している高質な本の一群が、書架上を流れるように配架する」という方針でなされています。

講師:澁川雅俊(ライブラリー・フェロー)
※六本木ライブラリーのメンバーズイベント『アペリティフ・ブックトーク第31回 マイセレクション2013〜選んで・並べて・語って・仕舞う』(2014年3月6日開催)をもとに再構成しました。



はじめに

澁川雅俊:  「書架上を流れる」高質な本は、生物学者の福岡伸一が『私の本棚』(新潮社編)で語っている本のことと同じです。彼は「2011年、私は本屋さんを開業することになった。…名づけて『動的書房』。面白い本は常に「動いている」。動くとは売れているという意味ではない。揺れながら、光りを反射しつつ、くるくると回転しつづける、まさに生きている本のこと」と書いています。

 また、「高質な」はここでは、本の中味を形容することばで、決して「学術的」(真善美の究明)や「専門的」(新技術の発明)と同義語ではありません。それは、個人・家庭生活、職業生活、社会生活などを包括した日常生活での個々の問題発見・解決(知の展開)に役に立つ内容を意味します。

人びとにとって本とは何かを問い掛ける

 2013年に私は306点(受入約3,000点)を選びました。それらは実にさまざまな話題の本ですが、注視すると幾つかのトピックにある程度の数のものが集まってきます。

 皮切りは、500頁を超える小説『書楼弔堂〜破暁』(京極夏彦/集英社)です。明治初期の東京郊外に忽然と佇立する燈台櫓風の古書店で、その時代の傑物たちと古書店主との間で繰り広げられる‘自分探し本’の探索物語です。この作品の〈ミソ〉は弔(とむらい)堂店主の書物イデアですが、要約するとこんなことになるでしょう。
①古書店主は墓守である。なぜなら書物はすべからく死者だからだ。
②書物が生かされるのは、人に読まれて、人の知として生かされたとき。
③人は常に自分を探している。その時々に人が必要な書物はただの一点。
④弔堂店主は、誰であれその一点をその人に売ることができる。そのため店主は、書楼に常に万巻の書を取り揃え、それを護り続ける。

 大部な作品ですが、明治期の言文一致を模して書かれた文体は、時代と舞台の雰囲気をよく表し、リズミカルに心地よく響くので、何の苦もなく読み進められます。これが、妖怪研究家で『百鬼夜行』や『巷説百物語』のシリーズで有名な作家の作品であるのは、「興味深い」を遙かに超え、「驚愕の至り」と言わざるを得ません。




 本と人とのかかわりは、その中味と人それぞれの知的展開との内的因果関係です。その関係は必ず‘読む’姿勢となって現れ、それが外的には‘読書’として認識されます。『書楼弔堂』は内的因果関係に基づいて創作されていますが、『読む時間』(A・ケルテス/創元社)はその姿勢を捉えて、人と本のかかわりを具象化しています。写真は、何かに心を奪われて夢中になっている人びとの姿をとらえることに異常なまでに囚われていた写真家が1915年から70年まで、世界のあちこちで撮影した〈読む人びと〉の写真集です。読書は、個人的でありながら同時に普遍的でもある行為で、七十余葉の写真の姿はそれぞれに孤独ですが、みな同時に喜びの瞬間を満喫しているように見えます。それについて詩人谷川俊太郎が書き下ろしの巻頭詩を付けていますが、その詩がまた秀逸です。

 大学は教育と研究を使命として存在しています。しかし『古典を失った大学 近代性の危機と教養の行方』(藤本夕衣/NTT出版)では、いまその社会での立ち位置が定まらず、存続が不透明になっているとの認識の下で書かれています。その認識は、高度成長期以来およそ半世紀の間に経済社会に即結的に〈役に立つ〉ことに腐心し、企業人養成や職業訓練にかまけた結果であるとの考察に基づきます。著者はその危機的状況を克服するための方法として、かつては大卒者の素養とされた〈古典〉を現代と近未来の息吹の下で見直すことを提言しています。その定義は「人の心に本当に力を与えてくれる古来の書物や芸術」ですが、著者はその通念にガチで取り組んでいます。

 古典読書の効用の蓋然性の説得力が失われている、いまの読書論。大学を視座に世界の将来を政治哲学的な考察を試みているこの学術書によって、再構築できないだろうかなどと期待して選んでみました。

 なお、この本で取り上げられている古典書は欧米のものだけですが、邦訳の大半はいま、グレートブックス・ライブラリーに並べられています。また『日本思想大系』(岩波書店)や『東洋文庫』(平凡社)などの日本や東洋の古典も、グレートブックス・ライブラリーに収められています。

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