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石井裕:理念駆動~タンジブル・ビッツからラディカル・アトムズへ
MIT Media Lab CREATIVE TALKより

時代を超えるビジョンが、独創未来を創る

キャリア・人グローバル
更新日 : 2014年01月24日 (金)

第10章 自分を信じて、突き抜ける

林千晶 (株式会社ロフトワーク 代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)
林千晶 (株式会社ロフトワーク 代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)

 
他流試合と異種格闘

林千晶: 世界中で行われる会議・会合において日本の存在感は年々失われつつありますが、MITメディアラボに行くと、日本企業への期待は依然高いことが分かります。これは石井先生が、長年かけて、日本の未来とMITメディアラボが見る未来の融合を図ってきたからだと思います。様々な面で苦境に立たされている日本の企業には、いまどのようなことが必要なのでしょうか?

石井裕: 他流試合、異種格闘を徹底的に行わない限り、世界とは互角に戦うことはできません。日本と米国では価値観がまったく違います。日本はタテ社会、階層的な社会で他者の目を気にする。一方の米国はヨコ社会、フラットであり、自己が中心です。日本では赤信号は渡ってはならないといった規則が人間を束縛します。米国は論理、ロジカルであればOKです。この違いを理解し、文化のギャップを超越していくためには、異なる文化に飛び込み、徹底的に他流試合、異種格闘を行うことが大切になります。

石井三感〜飢餓感・屈辱感・孤高感

石井裕: 競創(competition)する際に大切なことは、力いっぱい打たれることに耐えること。出る杭は打たれます。しかし、出過ぎた杭は誰も打ちません。これを覚えやすく「出杭力」(でるくいりょく)としました。ただし、突き抜け過ぎてしまうと、周囲の誰もが理解できない状態になります。それでも自分を信じ、さらに突き抜けていく。その「孤高感」が命です。

そのためには、燃料が必要です。私の最も重要な燃料は「飢餓感」です。飢餓感がなければ、食らいつけません。ラーゲリ(強制収容所)体験をご存知でしょうか。私の父は満州でロシア軍と戦い、捕虜としてシベリアに抑留され、極寒のなかで地獄を見ました。彼が日本に戻り、一緒に暮らしていた頃、魚が食卓に上がるたびに、彼は骨以外すべてを食べ尽くしました。私は不思議に感じていました。しかし、いまはその理由が分かります。生き延びるためには、目の前にあるものが食べられるのかどうかを500msecで判断し、次の500msecで食らいつく。そうしないと、死んでしまう。

現代の私たちは幸運にして、あるいは不幸にして、肉体的な飢餓状態を体験することはありません。ならば、知的な経験に対して、世界に貢献することに対して、いかに飢餓感を持つのか。飢餓感を覚えるだけの感受性を持ち得ているのか。飢餓感は1つの燃料となります。

「屈辱感」も大切な燃料です。最初は誰もが馬の骨です。私も日本にいた頃は、誰からも相手にされませんでした。屈辱を覚えるたびに、酒を飲み、残り少ない脳細胞を殺していたら、未来は決してありませんでした。屈辱感を「いつか見ていろ! 絶対に見返してやる!」という、前に進むためのエネルギーに変換するのです。自分に誇りを持たなければ、屈辱感を覚えることはありませんし、前にも進まない。単に腐ってしまうだけです。

もう1つは情念、パッションです。ニコラス・ネグロポンテ(※編注)が私をヘッドハントした際、「選んだ理由は、お前のパッションだ」と言い、「いままでやってきた仕事は全部やめて、まったく新しいことを始めろ」とも言いました。それまで私が取り組んできた仕事や築いてきたものを再起動(reboot)しろと。私はその通りにしました。こうしたチャレンジがあったからこそ、タンジブル・ビットが生まれ、ラディカル・アトムズが生まれたのです。

突出したクリエイティブな仕事をすると、誰にも理解されない、誰からの拍手もこない。「孤高」の状況になります。究極の孤高を味わったのが、私のヒーローでもあるダグラス・エンゲルバートです。後世に多大な影響を与える素晴らしい仕事をしたけれど、あまりにも突出し過ぎて、理解できる人がこの世にいなかった。究極の孤高は、私の目標であり理想です。

ここで紹介したなかで特に重要なものは、石井三感と呼ぶ、「飢餓感・屈辱感・孤高感」です。

※編注
ニコラス・ネグロポンテ
コンピュータ科学者。MITメディアラボの創設者、初代所長。

石井裕:理念駆動~タンジブル・ビッツからラディカル・アトムズへ
MIT Media Lab CREATIVE TALKより インデックス


該当講座

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Vision-Driven: From Tangible Bits Towards Radical Atoms

理念駆動:タンジブル・ビッツからラディカル・アトムズへ
石井裕 (MITメディアラボ副所長、TTTコンソシーム・コディレクター、タンジブル・メディア・グループ・ディレクター、Jerome B. Wiesner Professor of Media Arts and Sciences)
林千晶 (株式会社ロフトワーク 代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)

石井 裕(MITメディアラボ副所長)
林 千晶(㈱ロフトワーク代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)
MITメディアラボとアカデミーヒルズがコラボレーションしてお届けする"CREATIVE TALK" シリーズ第3回は、副所長の石井氏にお越しいただきます。メディア・アート、インタラクション・デザイン、そしてサイエンス・コミュニティーにおいて、石井氏らが発表してきた多様なプロジェクト例を紹介しながら、「タンジブル・ビッツ」から「ラディカル・アトムズ」へと至るビジョン駆動研究の発展の軌跡を描写します。


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