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為末大の「自分軸」のつくりかた

軸が決まれば、自分の存在を最大化できる

カルチャー&ライフスタイルキャリア・人文化グローバル
更新日 : 2013年05月07日 (火)

第4章 大切なものが多くなると、手段はぶれる

為末大(元プロ陸上選手)

 
走ることの周辺にあるもの

為末大: 僕はプロアスリートとして活動してきました。年間を通して行われる国際大会で優勝すると、賞金はだいたい150万円。僕の平均は4、5着で、それだと1レースにつき20~30万円ほどです。賞金から大会出場を仲介するエージェント(代理人)に手数料として数パーセントが手渡される、というしくみになっています。オリンピックや世界陸上の規模になると、賞金はもう少し上がります。しかし、他のスポーツに比べると、レースだけで手にできる収入はかなり少ないといえます。それだけで世界を転戦することは、ほぼ不可能です。

主要な国際大会は基本的にヨーロッパを中心とした海外で行われます。そこでどんなに頑張っていても、日本ではあまり報道されることはありません。僕はIAAF(国際陸上競技連盟)主催のワールドアスレチックファイナル(※編注)という大会に、トラック種目では日本人として初めて出場しましたが、残念ながらそれも日本ではほとんど知られていません。その大会に出場すれば世界的な選手の仲間入り、という大会なのですが。

一方で日本のテレビ番組の出演料は、入賞して得られる賞金に比べると数段高いのが実情です。単純に社会から注目されたいと思うのなら、海外である程度の成績は残しつつも、時々日本に帰ってきて様々なメディアに出ていたほうが効率的であるとも言えます。

※編注/IAAFワールドアスレチックファイナル
陸上競技の年間王者決定戦。その年の世界ランキング上位の選手だけが出場できる大会で、為末さんは2004年のモナコ大会に出場し、6位入賞という快挙を達成している。なお、同大会は現在、IAAFダイヤモンドリーグ、IAAFワールドチャレンジミーティングスに再編されている。

ある選手との出会い

為末大: 僕も走り始めた頃は、純粋に「金メダルがとりたい。そうすれば注目されるだろう」と考えていました。しかし、上へ上へと登っていくうちに様々な誘惑が待っています。金メダルをとることと、たくさんのお金を得ることや有名になることが同列になり始めた時期がありました。つまり、大切に思えるものが増えたことで、より魅力的に思える別の手段に目が向いてしまったのです。

そんな時に出会ったのが、カリブ海のある国の選手でした。記録は僕とほとんど変わらないのに、レースになると、彼は必ず最後の一歩をねじ込んできて、僕よりも先にゴールする。賞金にすれば数万円の差ですが、なぜいつも負けるのかが理解できないわけです。彼と仲良くなって話を聞いていくと、彼は自分が稼いだ賞金で、大会のない冬の間、たくさんの家族を養っていたそうです。

そこで、彼とその当時の僕の間にあった違いについて考えました。アスリートとしての人生を考えた時に、何となく僕は逆の方向に走っているように感じました。所属先の企業を辞めて、プロに転向したことには、そうした背景があります。

プロになることは、よりハングリーになるために退路を断つ、本来の目的に集中し直すという意味がありました。本当に大切なものが絞り込めていないと手段もぶれていく。彼と出会うことで僕は、自分の目的や手段がぶれていると気がつくことができました。


為末大の「自分軸」のつくりかた インデックス


該当講座

自分軸で挑む~21世紀“個の時代”に必要なこと~
為末大 (Deportare Partners代表)
竹中平蔵 (アカデミーヒルズ理事長/慶應義塾大学名誉教授)

為末大氏×竹中平蔵氏
選択肢が広がり、価値観も多様化する今の時代、後悔しないため、よりよく生きるためにも、既成概念にとらわれることなく、自分の価値基準を持ち、自分で判断することが大切ではないでしょうか。『走る哲学』、『走りながら考える』等の著書を出版し、twitterでは14万以上のフォロアー、そして「為末大学」を立ち上げる等、常に自身の考えを発信し続ける為末氏に、「自分の軸を持つ」とは何かをお話いただきます。


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