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福原義春氏が語る「未来をつくるイノベーションのための文化資本」

VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar

BIZセミナー文化教養
更新日 : 2011年02月17日 (木)

第4章 経済一辺倒の日本の優位性は失われた

福原義春氏

福原義春: 「日本の生活水準は高い」と申し上げましたが、世界での位置を相対的に見てみると、政治、経済、産業、教育、文化など、あらゆる面で国際競争力は低下の一途をたどっていると考えざるを得ません。IMD(国際経営開発研究所)の国際競争力ランキングでは、日本は1993年は1位でしたが、2007年は24位、現在(2010年)は27位。「Economic Performance」という指標だけを見れば39位です。

経済の相対的な地位が落ちてきたと同時に、国民が世界に打って出る意欲が全くなくなってしまいました。企業は輸出だけは一所懸命やりますが、企業間の国際交流みたいなことはほとんど行わなくなりましたし、アメリカなど海外の大学に留学する日本人学生は激減しています。いまや政府から会社に至るまで、みんな内向きです。

今、「企業経営にようやく薄日が射してきた」といわれていますが、その実態は、例えば不採算事業を売却したとか、短期的成長の見込めない事業部門を廃止したとか、技術やノウハウを持つが比較的給与は高いベテラン社員を配置転換し退社に追い込んで雇用レベルを最低限にするなど、低成長状態で組織を守るためにコストを切り落としただけなのです。

その結果、企業活動の中身は薄くなり、競争力を失いつつあります。5年10年はこのままで利益を確保できても、中長期的には絶対に国際競争力を失ってくると私は恐れています。経済一辺倒で進んできたこの国の経済優位性が危ないとしたら、一体、今度は何を基軸にして進んでいけばいいのでしょうか。その1つのカギが文化力だと私は考えています。

文化は政治や経済が先にあって存在するものではなく、その国の文化の上に政治や経済が成立して、はじめて国全体の力になるのです。このことを理解しなければ、日本はグローバル社会の中で埋没してしまって生き残れないばかりか、唯一の共通のよりどころである文明まで失ってしまいます。

高坂正堯先生の『文明が衰亡するとき』という有名な本があります。この中で高坂先生は、ローマ文明やヴェネチア文明のような、一時はおごれるような華やかだった文明が、どうして衰亡したのかという分析をされました。その結果、共通していたのは「美徳の喪失」「政治の質の低下」「文化の大衆化の結果としての低俗化」「官僚制度の肥大化」「民衆の賞賛を得るための政策の乱発による財政破綻」であり、それが原因で国家は滅びると述べておられます。

これは1981年に刊行された文明論ですが、まさしく今の日本と全く同じ状況です。かつての国家が滅びる原因として挙げられた5つすべてに、今、私たちは直面しているのです。

また、中谷巌先生は『日本の「復元力」』という本の中で、「経済学者や政治家は、忘れっぽい生き物だ」と述べています。黄金の時代を支えたはずのケインズ経済政策や社会福祉政策が行き詰ると、政府の失態が喧伝されるようになり、同時に自由放任がもたらした1930年代の大恐慌の記憶は急速に消えてしまいました。かわって台頭してきたのが、「国家の役割を可能な限り小さくして、自由市場に経済運営を任せるのが最も効率的だ」という新自由主義思想です。この思想は80年代にレーガノミックスやサッチャリズムとして具現化し、各国で推進されましたが、それが今日の世界経済の混沌を生んでいるのです。

こうしたことを踏まえ、私たちはこれから一体どうすればいいのかというと、文化と政治の関係をもう一度洗い直し、記憶の中に再びインプットして、新しい道をたどるほかないのです。

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該当講座

第4回 未来をつくるイノベーションのための文化資本
福原義春 (株式会社資生堂 名誉会長)

福原義春(㈱資生堂 名誉会長)

未来の日本創造になくてはならないこと、イノベーションのために私達が一度立ち止まって考え抜かなくてはならない、私達の文化資本の本質についてお話いただきます。


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