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旨い、美味しい !?

読みたい本が見つかる、「カフェブレイク・ブックトーク」

更新日 : 2010年09月21日 (火)

第6章 文学者たちの美食讃歌

六本木ライブラリー カフェブレイクブックトーク 紹介書籍

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澁川雅俊: グルメ、あるいは美食家というのは身分や職業にかかわらず昔からいるものですが、その多くが語られているのは芸術家で、なかでも小説家と画家に関するグルメ本はとりわけ多いようです。

『鬼平犯科帳』『必殺仕掛人』『剣客商売』など多数の名作時代小説を世に送り出した池波正太郎が稀代の美食家であったことは有名です。

亡くなって20年も経つので、旨いものについて彼自身が書いたものや彼の美食振りについて書かれたものは最近余り出されていませんが、ライブラリーにはいくつかありました。『むかしの味』(池波正太郎著、84年新潮社)、『池波正太郎の食卓』(佐藤隆介著、近藤文夫和食再現、茂出木雅章洋食再現、01年新潮社)、『鬼平が「うまい」と言った江戸の味』(逢坂剛・北原亜以子著、福田浩料理再現、99年PHP研究所)がありました。

『鬼平』『必殺』『剣客』シリーズの話は、ほぼ江戸の町での出来事でしたので、江戸時代の庶民の旨いものが挿話によく出てきます。例えば、いま売れっ子の時代小説家である逢坂と北原が書いたものの中に「鯵の煮浸しと胡瓜揉みの紫蘇の葉和え」というのがでてきます。誰にでもできる<A級>の旨いもんで、これからの季節に酒の肴としてはちょっとしたものでしょう。『文士料理入門』(狩野かおり・狩野俊著、10年角川書店)は、池波はもとより、太宰治、檀一雄、井伏鱒二、立原正秋、藤沢周平、幸田文、宇野千代、向田邦子など作家たちの旨いものにまつわる話と簡単なレシピが掲載されています。

『食通小説の記号学』(真銅正宏著、07年双文社出版)という本がありますが、これは、作家自身の美食観がその根底に流れているのでしょう。旨いもの、料理屋やレストラン、飲食文化を小説や随筆作品に描くことによって作家たちが何を書きたかったかを追究しています。詰まるところ五欲の一つで、人の一生で一番長い間こだわることになる、飲食欲、とりわけ美食の誘惑について考察しています。これにも著名な作家、幸田露伴、森鴎外、岡本かの子、志賀直哉、谷崎潤一郎、織田作之助、永井荷風らの作品が取り上げられています。

荷風といえば、少し古い本ですが、『荷風と東京』(川本三郎著、96年都市出版)で著者は荷風の小説や随筆を歴覧し、「小鯵の塩焼、里芋田楽、味甚佳し」という一章を設けています。その原典となった荷風の『断腸亭日乗』(永井荷風著、磯田光一編、87年岩波文庫)には、大正・昭和(1919~59)にわたる彼の食生活が認められています。それによると、資生堂パーラーなど有名なレストランや料理屋にたびたび出かけたりしますが、家での一人食事を読むと、とりわけ美食家とは言えないまでも、淡々としてはいるが「食は生きることなり」とし、食べることを非常に大事にしていたことがわかります。ただ彼が「ショコラ」と書いているホット・チョコレートには格別のこだわりがあったようです。

グルメ小説

荷風はゾラを読んで小説家を志したのというのは有名な話ですが、ゾラが書いたものの中に『パリの胃袋』(E・ゾラ著、朝比奈弘治訳、03年藤原書店)という小説があります。これは、パリの中央市場が舞台になっている食べ物小説でもあるのですが、時代的にはベル・エポック(19世紀中頃絶頂期)からデカダンス(世紀末の退廃期)の頃の都市風俗物語で、その背景には『レストランの誕生』(R・Lスパング著、小林正巳訳、01年青土社)に書かれている革命後急激に発展したパリのレストランを中心としたグルメ文化があります。荷風は、20世紀初頭にパリに遊学していますが、そうした文化を堪能してきたようです。

ゾラのその小説とほぼ同時代に書かれたグルメ小説がわが国にもあります。それは『食道楽<上・下>』(村井弦斎著、05年岩波文庫)です。この本には明治時代の高級食、庶民食、その料理法、食べ方、料理屋・レストランだけにとどまらず、食事を介しての人間関係やビジネスの展開などが克明に描かれており、フィクションとしての面白さもさることながら、当時の食生活を垣間見る格好の資料です。この著者はもともとジャーナリストで、この本は、もともと人間の五欲の戒めをモチーフにして新聞に、例えば「酒道楽」、「女道楽」などさまざまな道楽を悪習としてそれらを諭す啓蒙小説として書かれたものです。百年以上前の作品ですが、最近05年岩波文庫に収録されました。もっとはやく文庫化されていい作品です。

その他のグルメ小説、あるいは物語を挙げると、『昔話の食卓』(数藤ゆきえ著、09年郵研社)、『グルメ探偵、特別料理を盗む』(P・キング著、武藤崇恵訳、06年ハヤカワ・ミステリ文庫)、『グルメ探偵と幻のスパイス』(P・キング著、武藤崇恵訳、07年ハヤカワ・ミステリ文庫)などがあります。私はそれらに、カッスラーが73年から連作を続けてきたアドベンチャー・ミステリー「ダーク・ピット・シリーズ」をぜひ加えたいのです。それは、このシリーズの全作品にパールマターという巨漢の美食家が生きる図書館として登場し、謎解きをして主人公を助けているからです。

画家たちの食卓

最近絵画を素材としたグルメ本が結構出されています。まず『美食のギャラリー』(R・タナヒル著、栗山節子訳、08年八坂書房)は、洞窟壁画から19世紀までの世界の絵画(日本画は含まれていない)に描かれた食事・食べもの・飲みものの絵を集め、図像学的に解説しています。ただし、ミケランジェロのあの、「最後の晩餐」は忘れられています。

その他には、『レオナルド・ダ・ヴィンチの食卓』(渡辺怜子著、09年岩波書店)、『モネの食卓』(C・ジョイス&J.-B.・ノーダン著、吉野建監訳、04年日本テレビ放送網)、『ロートレックの食卓』(林綾野・千足伸行編著、09年講談社)、『クレーの食卓』(林綾野・新藤信・日本バウル・クレー協会編著、09年講談社)などがあります。

芸術と食欲、まだまだ探せばあるでしょうが、この項の最後に『“食”の映画術』(渡辺祥子著、09年SCREEN新書)を挙げておきます。これは、スクリーンに映し出された食事や食べものや飲みもの、レストランだとかダイニングルームだとか食器だとか厨房用具だとかまたその周辺にあるものをストーリーの素材として上手に使っている映画についてのエッセイです。

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