カーティス教授の政治シリーズ第1回
「アメリカ大統領選挙から、アメリカ社会を考える」


- 日時:
- 2008年4月16日(水)
- スピーカー:
- ジェラルド・カーティス(コロンビア大学教授)
日本とはまったく違うスケールで行われるアメリカ大統領選挙。1月から行われる予備選挙や党員集会に始まり、11月に大統領が選出されるまで、およそ1年近くの月日が費やされます。カーティス先生によると、今まで批判される対象であった、この時間もお金もかかる選挙制度が、今回の選挙キャンペーンを通して、次第に肯定的な評価を得るように変化してきたといいます。
カーティス先生は、タクシー運転手と話しをすることで、様々な社会的変化が感じられるとおっしゃいます。今年の1月前半に黒人のタクシー運転手が多いニューヨークで大統領選挙について聞かれたところ、オバマを指示しているという人は1人もいなかったそうです。
その理由としては、「オバマはすばらしいが、アメリカはまだ黒人を大統領にするような国になっていない。ヒラリーの方が、共和党の候補に勝てる可能性が高い」というものが大半をしめていました。
ところが、予備選挙が始まり、オバマ候補が白人人口の多い州で勝利を収めていくうちに、徐々に黒人の間にもオバマ候補を支持する気運が高まってきたといいます。「ひょっとしたら、白人社会がこういう顔の黒い人を支持する可能性があるんだという黒人社会の興奮状態は大変なもの」になってきたというのです。
予備選の開幕当初、ヒラリー・クリントンの戦略は、早くから大金をつぎこんで、一気呵成にスーパー・チューズデーで勝負を決めてしまおうというものでした。ですから、日本の選挙のように、数日で終えてしまうような選挙であれば、前評判どおりヒラリーが民主党の大統領候補に選ばれていたはずです。ところが、今の制度はとにかく時間がかかってしまいます。しかし、時間がかかるが故に、民衆の間では「オバマという、それほど知名度の高くない人が、どんなにすばらしいかということを知るチャンスがあったし、逆にヒラリーのあの性格が、問題だと思うことができた」んだという風潮が生まれ たといいます。
そして、ライブラリートーク終了後のハッピーアワーでは、参加したメンバーがカーティス先生を囲み、サンドイッチをつまみながら熱い議論を繰り広げていました。カーティス先生にとっても、参加したメンバーにとっても大満足のライブラリートークとなりました。
2006年から毎年3回シリーズでお話いただいているカーティス先生。今年も引き続き6、7月に開催を予定しています。アメリカ大統領選の最新情報や洞爺湖サミットなどタイムリーな話題が満載のカーティス先生のライブラリートークにご期待ください。
「プロジェクトは、なぜ円滑に進まないのか」
大上二三雄氏をコーディネーターに迎え、プロジェクトに多く関わった経験を持つパネリストによるディスカッション形式のライブラリートークを開催しました。


- 日時:
- 2008年4月11日(金)
- コーディネーター:
- 大上二三雄 (MICG 代表取締役)
- パネリスト:
- 政井 寛(政井技術士事務所 代表)
稲場 満(プラスアイコンサルティング 代表)
猪熊 洋文(@ニフティビジネスユーザーコミュニティ 代表)
4月11日のライブラリートークは、コーディネーターの大上二三雄氏が監訳『プロジェクトは、なぜ円滑に進まないのか(ファーストプレス)』の出版にあわせて開催されました。この本は「ハーバード・ポケットブック・シリーズ」の第一冊目で、多くのプロジェクト・マネージャーの経験から抽出されたエッセンスがふんだんに含まれています。
当日のライブラリートークも、プロジェクト・マネージメントの経験豊富なパネリストによるディスカッション形式で開催。書籍同様、理論的な内容ではなく、実地に積まれた経験あってこその深い内容に、参加者の皆様は注意深く聞き入っておられました。
「利害関係の違う参加者をひとつの方向に向かわせるにはどうすればいいのか」
「プロジェクト・マネージャーは仮の上司になるのか?指示系統が2重になる場合はどうすればいいのか」
「多様な雇用構造の中で、プロジェクト・マネージャーに求められる人材マネジメントとは」
プロジェクトが進行していく上で普遍的に生じてくるこれらの問題を、パネリストが過去に携わった事例をもとに分析を加えられ、最後に大上二三雄氏がお話をまとめられました。
それによると、プロジェクトを円滑に進める要諦はまず基本を押さえることだそうです。まとめられたプロジェクトの計画書を全員で承認することで、目標がぶれずに全員がひとつの方向を目指すことが可能になるということです。
また、現在の企業では、過去のような均質の雇用システムが崩壊し、幹部社員のもとに、正社員、契約・派遣社員、シニア雇用社員が配置され、さらにアウトソーシング企業の人員をもまとめていかなければならず、今後のビジネスでは個人が皆プロジェクト・マネージャー的な能力を備えていることが必須になってきているとも指摘されていました。
実践的な内容のディスカッションに参加され、メンバーからも「パネリスト形式というところが大変わかりやすく良かったです。私自身も将来目指すところがPMなので、今後の参考とさせていただきます。」との感想をいただきました。
今回のライブラリートークは、株式会社ファーストプレスのご協力の下、「ビジネス・エクセレンス・シリーズ」として開催されました。今後も継続して開催しますので、5月に開催予定の2回目以降にもご期待ください。
経営コンサルタントの波頭亮氏が、
“自分と仕事と会社の関係”について語ってくださいました。


- 日時:
- 2008年4月7日(月)
- スピーカー:
- 波頭 亮(経営コンサルタント/株式会社XEED代表)
波頭氏によると、現代の学生は、就職活動の場で学生時代何をしてきたかを問われ、20人中19人までもが同じことを言うそうです。それは、「アルバイト、ボランティア、サークル活動」に関すること。誰もが語る均質な経験には、自分自身でしか語れない自分らしさが欠けています。それぐらいなら、半年で200冊新書を読んだとか、本の内容を20冊丸まる暗記しているといった勉強の話の方が、よっぽど面接官の気をひくことができるそうです。
何故ならそこには、れっきとした自分の努力と思考の結果が見て取れるからです。この「努力できる能力」の有無こそが、企業にとっても最も知りたい個人の素質なのです。
さらに、会社を選ぶ際には、そこに自分が、「やりたく」て、しかも「できること」があり、それが「社会で求められている」という必要条件と、その環境の中で自分が「優位に立てる」という十分条件を満たすことが大切だとおっしゃいます。
終盤には、そうして選んだ会社の中でどう振舞うべきなのかについて話されました。とにかく新人は3年間がむしゃらで努力すること。本当に活躍したければ、プライベートを犠牲にしてでも、ストイックに働き続けるしかないとのお言葉に、多数の若手会社員の方がうなずかれていました。
終了後も波頭氏の周りには長蛇の列ができ、六本木ライブラリーのメンバーが抱える個々の課題などについて、個別に質問を受けてくださいました。
少人数のセミナーをあまりされない波頭氏に直接お話が聞け、非常に充実したライブラリートークになりました。
“地名は過去への道しるべ”
地図エッセイストの今尾恵介氏に「地名」の変遷についてお話いただきました。


- 日時:
- 2008年3月17日(月)
- スピーカー:
- 今尾 恵介(地図エッセイスト)
- モデレーター:
- 太田 弘(慶應義塾教諭/日本国際地図学会評議委員/六本木ライブラリーコミュニティメンバー)
日常の生活で何気なく使っている地名には、千年前から続くものもあれば、今年デビューの新顔もあります。しかし、今尾氏は、「地名は過去と現在を結ぶ糸であり、過去への道しるべ。我々はもっと地名を大切にすべきではないか!」と主張されます。
2008年3月17日のライブラリートークは「地名が変わるとき〜自治体名・町名・駅名の変遷から見える地域史〜」と題して、地図エッセイストの今尾恵介氏にお話いただきました。
戦後、地名が大きく変わった時期として、1955年前後に進められた「昭和の大合併」、「東京オリンピックまでにわかりやすい住所に」をスローガンに1962年に施行された住居表示法に基づく大規模な町名の統廃合、そして「さいたま市」や「南アルプス市」が誕生した1999年以降の「平成の大合併」が挙げられますが、今尾氏によれば、「地名が変わるとは、地名そのものが変わる他に、地名の勢力範囲が変わることでもある」と説明されます。
例えば…
- 現在の新宿区の「淀橋」。元々は橋の名前でしたが、町名になり、区名にまで広がりましたが、現在では学校や施設の名前として残るのみで、地名としては消えてしまいました。家電量販店「ヨドバシカメラ」の“ヨドバシ”はこの地名の「記念碑」的な存在ということができます。
- 日本橋、軽井沢、日光、津和野、田園調布などの地名はブランド化しており、その人気を背景に、常に勢力範囲を広げる力が働いているそうです。
また、「駅名」は地名よりも鉄道会社の一存で変更できるため、地名の変遷の本質が見えることもあるそうです。
例えば…
- 東急電鉄の前身会社は、戦前にすでに高級住宅地のイメージ作りのために大学を誘致し、「都立大学駅」や「学芸大学駅」を中心とした街づくりに成功しました。大学が別の地域へ移転した現在も駅名は使用されつづけていることは、学園都市ブランドの強さを示しています。
- 東武鉄道は、伊勢崎線と日光線の分岐駅を「東武動物公園」と改称しました。このため毎日何度となく各駅で「東武動物公園駅行き」がアナウンスされ、非常に効果的な宣伝となっています。
- 京王電鉄では、つつじが丘団地をつくり、駅名も「金子」から自社分譲地名である「つつじが丘」に変更しました。その結果、鎌倉時代から続いてきた地名までも「金子」から「つつじが丘」に改められたのです。
今尾氏は90分間のトークの中で、500〜600の地名、駅名を含めると1,000以上の名前を事例として挙げつつ、「地名が変わる」とは何を意味することなのか、という奥深い問いを我々に投げかけてくださいました。
英国貴族に生まれたベニシアさんが紹介する手作り田舎ライフ。
京都・大原で実現させたご自身の夢について語ってくださいました。


ベニシアのハーブ便り(世界文化社)
- 日時:
- 2008年3月10日(月)
- スピーカー:
- ベニシア・スタンリー・スミス(ハーブ研究家・ベニシアインターナショナル代表)
おとぎ話に出てくるようなお城に生まれたベニシア・スタンリー・スミスさん。しかし、そのお屋敷は大きすぎるがゆえに冷たく感じられ、そこでの暮らしには、どうしてもなじめなかったそうです。
そんなベニシアさんが、子供の頃から大事にしてきた夢は、家族のぬくもりが感じられる家で暮らすこと。それは、7歳の夏、こっそりお城を抜け出した際、村で見かけた暖かく家庭的な雰囲気のコテージに憧れてからのことでした。
19歳になって、益々貴族社会に疑問を感じたベニシアさんは、英国を離れ、インドに旅立ちます。そして、インドの瞑想道場でしばらく修業をするうちに、もっと東の日本へ渡りたいという気持ちが沸き起こってきたといいます。
思いは、すぐに行動へ移す。そうして、ほとんど無一文で来日されて以来、すでに35年以上の月日が流れました。現在、彼女は京都・大原で、素敵な家族とハーブのある田舎暮らしを実現されています。それは、築100年の古民家に住みながら、風邪薬、防虫剤、スキンケアまで、生活に必要なものは、すべて自分で作る豊かな暮らしです。
「夢はあきらめず、ずっと大事にし続けていれば、必ず実現します」
「いろんな問題が起きても、それは捕らえ方次第で、問題じゃなくなるんです」
ライブラリートークで、このようにおっしゃっていたのがとても印象的でした。ときおり関西弁が見え隠れする、ベニシアさんの語り口調は、とても暖かく、彼女とその経験を分かち合った会場は、深い感動に包まれていました。
「ベニシアのハーブ便り(世界文化社)」は、そんなベニシアさんの思いがつまった一冊です。ご興味がおありの方は是非一度読まれてみてはいかがでしょう。
スー・ファー・ニュートン氏が語るワインの魅力。
ワインの美味に酔いしれ、会場は大いに盛り上がりました。


- 日時:
- 2008年3月4日(火)
- スピーカー:
- スー・ファー・ニュートン(ニュートン・ヴィンヤード代表)
カリフォルニアワインの代表的産地、ナパ・ヴァレー。その中心に位置するセント・ヘレナを見下ろす急斜面に、ニュートン・ヴィンヤードのブドウ畑はあります。そこでは農薬や除草剤の使用を最小限に抑え、自然との調和を大切に考えた農法が実践されています。
醸造の過程においても、畑に自生する酵母を使って発酵を促し、ろ過も行わないため、ワインには土壌特有の個性が具わり、その味わいは非常に繊細で、かつ複雑です。
スー・ファー・ニュートン氏は、ワインを熟成するオーク樽にまでこだわり、年輪の間隔を頼りに、あまり個性が強すぎないものを、オークションで購入されてくるそうです。
印象的だったのは、彼女が語るワインの楽しみ方。こだわりのワイン作りとは裏腹に、飲み方は、あくまでもフリースタイルを強調されていました。
「デキャンタージュをするべきかどうかではなく、自分がしたいかどうか、したほうが好きか、何回するのが好きかといったことで決めればいいと思うわ。」
「本当の味を知りたければ、ワインの注がれたグラスを手のひらで密封して、くるくると回すの。そしてグラスをできるだけ鼻に近づけて、そっと手を離して香りを楽しんでみて。レストランでだって、そうしても構わないのよ。」
このようにレクチャーするスー・ファー・ニュートン氏は、その経歴もすごくユニーク。医師、大学教授、シャネルのモデル、ジャーナリストなどの経歴を持ち、現在は難病の子供たちの支援活動にも情熱を傾けるスーパーウーマンなんです。
当日は、ニュートン・ヴィンヤードのワインをいただきながらのセミナーでした。自然の恵みがつまった素敵なワインと、彼女から繰り出される自由で洒脱なトークに酔われた六本木ライブラリーのメンバーにとっては、忘れられない一夜となったようです。
「ビジネスの成功を通じて、バングラデシュを豊かにしたい!」
25歳で起業した山口絵理子さんのライブラリートークを開催。


- 日時:
- 2008年2月28日(木)
- スピーカー:
- 山口 絵理子(株式会社マザーハウス 代表取締役)
“ジュート”と呼ばれる麻をご存知ですか?
バングラデシュの名産(南アジアの国々が世界の輸出量の90%を占める)で、通常の5倍以上の二酸化炭素を吸収する天然繊維です。このジュートを素材に高品質のバッグを製造・販売している企業がマザーハウスです。そのマザーハウスを、2006年3月に起業した女性が、山口絵理子さん。当時25歳でした。
この度のライブラリートークは、昨年9月に『裸でも生きる』(講談社BIZ)を著した山口さんにお越しいただき、ビジネスのこと、バングラデシュのこと、将来のことについて語っていただきました。
山口さんを言葉で表現するならば、“信念”と“行動力”。それを印象付けるエピソードの数々。
- インターンとしてワシントンの国際機関で途上国援助のために働いたとき、現場を知らなければ本当の援助はできない、現場を知りたいという気持ちから、アジアの最貧国であるバングラデシュに日本人で初めて留学したこと。
- 言葉の壁を乗り越えるために屋台のおばさんと話をしたり、山口さん自身も生産ラインで作業をするなど、現地のスタッフと同じ目線で課題へ取り組んでいること。
- 援助漬けで自立心を失っている現状をみて、援助ではなく“ビジネス”を通じてバングラデシュを豊かにしたいという信念から起業。そして高品質の商品を作ることにより「途上国発のブランド」として自信を持ってお客様に使ってもらうことを目指していること。
- 2007年8月に第一号の直営店(東京都台東区入谷)、2008年3月に第二号店(東京都品川区戸越)をオープンさせ、常にお客様の顔を見て販売すること。……
現在は、1年のうち8ヶ月をバングラデシュで過ごす山口さん。日本に帰ってきたときは、ミーティングやインタビューなどでハードな毎日。ライブラリートーク当日も、開始1分前に会場に駆け込み、終了後はオフィスに戻ってミーティング。そんな大忙しの山口さんですが、ライブラリートークやハッピーアワーでの元気一杯の笑顔が印象的でした。
参加したメンバーからは、
- 常に前を向いて突き進んでいく姿勢に感動した。
- 途上国の人に援助するのではなく、高品質な商品を作ることから自立する力を与えようとする姿勢に感銘した。
- 山口さんの気持ちがストレートに伝わってきた。「本気」だという強いパワーを受けた。
など、山口さんと同じ場と時間を共有できたことへの喜びの声が多く寄せられました。
“生き方”や“キャリア”を考えるワークショップを開催。
テーマは「夢と仕事と自分と社会」。


- 日時:
- 2008年2月21日(水)
- ファシリテーター:
- 本城 愼之介(株式会社音別代表取締役/仕事の学校 実行委員長/六本木ライブラリー オフィスメンバー)
2月21日のライブラリートークは、“ワークショップ”のスタイルで開催。参加したメンバー一人ひとりが、主体的に自分自身の生き方やキャリアについて、じっくりと考える特別な時間を持つことができました。
ファシリテーターは六本木ライブラリーのメンバーでもある本城愼之介氏。
3人で1つのグループをつくり、本格的なワークショップがスタート。
A4の用紙が配られそこに書かれた最初の問いは、「あなたにとっての『夢』『仕事』『自分』『社会』の4つの関係を図解してください。」というもの。一つ一つの単語は日常よく使う言葉ですが、あらためて向き合い、戸惑いながらも、問いに真剣に取り組むメンバー達。
2番目の問いは、「『仕事』に似た言葉、『仕事』に近い言葉、『仕事』を言いかえると...。」
3番目の問いは、「『仕事』をすると...。」 それぞれの問いに自分なりの答えを沢山真っ白い紙に書いていきます。
最後の問いは、最初と同じ。
そして、ワークショップのクライマックス。各グループで一人ひとりが7分間話し、その話について聞いていた二人が5分間のフィードバックをします。7分間は同じことを繰り返しても良いので話し続け、そして聞いている二人は口を挟まず、ずっと聞き続けます。正に参加者の一人ひとりが主役です。
そしてもちろん、この問いに正解はありません。一人ひとりが各々の答えを導き出すしかないのです。
このような本格的なワークショップ形式で初めて開催したライブラリートークは、日々忙しく過ごしているメンバーが、ちょっと立ち止まって、自分の生き方やキャリアを見つめ直す特別な時間となりました。
ところで、このワークショップでは一つの“ルール”がありました。それは、「ハッピーアワーまで、自分の職業や会社名を言ってはダメ」というもの。
ライブラリートーク終了後のハッピーアワーでは、名刺交換をしながら、自分の仕事や会社のこと、ワークショップでの気づきや感想をお互いに述べ合って会場は盛り上がり、熱気に包まれました。
「事実を伝えるのが記者、事実をもとに近未来を表現できるのが作家!」
経済記者から作家へ転身した相場英雄氏のライブラリートークを開催。


- 日時:
- 2008年2月13日(水)
- スピーカー:
- 相場 英雄(ダイヤモンド経済小説大賞受賞作家/ジャーナリスト)
2月13日のライブラリートークは、『ファンクション7』(2007/11講談社BIZ)を出版された相場英雄氏をお迎えし、著書のこと、ご自身のキャリアなどについてお話しいただきました。トーク後半での講談社ビジネス出版部長・唐沢暁久氏との対談では、作家と編集者の“以外な関係!”など、興味深いお話に参加者は魅了されました。
まずは、近著『ファンクション7』のお話。「携帯電話によって北朝鮮が崩れていく」というストーリー。「全くありえないことではなく、実際に北朝鮮は携帯電話を恐れている。武器ではないツールによって崩壊するのではないかと感じている」と相場氏。
元々経済記者を17年間務めていた相場氏は、現場で事実・現物を見なければ書くことができない性分なので、作家へ転身したきっかけを、「現場を離れてデスクになるよりも、ずっと現場で書きつづけたいと思ったから」と、ご自身のキャリアについてもお話しいただきました。
そして、作家として心掛けていることは、「昔のネタを掘り下げるのではなく、読者の身近に転がっているようなテーマについて、近い将来起こるかもしれないことを伝えたい」と心意気を語っていただきました。
「記者は事実しか書けないが、作家は何でも書けることが魅力。今起こっていることを2〜3歩進めたらどうなるか、近未来では何が起こるかを表現したい」と、前半部分を締めくくっていただきました。
トーク後半の講談社唐沢氏との対談では、編集者と作家の以外な関係など、普段はなかなかお聞きできないトークが展開。
最初に、編集者の醍醐味について、「読み出したら止まらない、時間を忘れて読めるような本に一番最初に出会えること。本の魅力は文章の上手・下手とは関係ない」と、お話しされる唐沢氏。そして、「作家と編集者の役割は、作家はバカなことを書いてもOK。何でも書けることが作家の特権。それを確認することが編集者の役割」と、よくテレビドラマなどで表現される作家と編集者の関係とは違った一面も披露。
最後に「“作家”と“作家ではない”差は、1日1枚以上書き続けられるか、365日、2年も3年も1日1枚以上書き続けることができるかにつきる」と、書き続けることの難しさをお話しいただきました。
“1冊の本を創るための作家と編集者の協働作業”について、相場氏と唐沢氏の本音トークに、参加したメンバーは大満足でした。
トーク終了後のハッピーアワーでも、相場氏と唐沢氏は、参加者からの絶え間ない質問に丁寧にお答え頂きました。
- ※ハッピーアワーとは
ライブラリートーク終了後、軽食とソフトドリンクを取りながらのスピーカーと参加者、参加者同士の交流会です。
今の時代の“正しい食生活”とは何か?
栄養・健康の視点から「食生活」を考えるライブラリートークを開催しました。


「東京マラソン2008」でお手伝いされる中元寺氏。(大塚製薬株式会社は「東京マラソン2008」の公式スポンサーです。)
- 日時:
- 2008年2月8日(金)
- スピーカー:
- 中元寺 裕子(大塚製薬株式会社 ニュートラシューティカルズ事業部 学術担当)
2008年2月8日に開催されたライブラリートークのテーマは、「あなたの“栄養バランスシート”は大丈夫ですか?」。
ライブラリートークにご協力いただいた大塚製薬株式会社は、「ニュートラシューティカルズ」という考え方を積極的に進められています。その代表が「サプリメント」。
そもそも、土地が痩せてきたことなどが原因で、農作物に含まれているビタミン・ミネラル成分が、以前に比べて大幅に減っています。例えば、ほうれん草。2005年のほうれん草の鉄の含有量は、1950年に比べてなんと85%も減少しているそうです。「ほうれん草を食べてもポパイは元気が出ない!?」時代の今、「サプリメント」を賢く活用することも1つの選択肢、「運動・食事・休息・睡眠の生命活動の土台をしっかりと作った上に、食事の補完としてサプリメントを摂取すること」が、活用のポイントだそうです。
そして参加者全員が、大塚製薬株式会社よりお土産として、「SOY JOY 7本セット」と「ポカリスエット」をいただきました。
「食の安全性」や「メタボリックシンドローム」が社会的な問題となっていますが、この度のライブラリートークでは、「栄養」、「健康」の視点から、自分自身の食生活を振り返る良い機会となりました。参加した会員は、日頃から健康や食生活に意識が高い方が多く、ライブラリートーク終了後のハッピーアワー(※)では、意見交換・情報交換が盛んに行われました。
- ※ハッピーアワーとは
ライブラリートーク終了後、軽食とソフトドリンクを取りながらのスピーカーと参加者、参加者同士の交流会です。
元祖「働きマン」飯野晴子さんが、人生・仕事を楽しくする秘訣を伝授!


- 日時:
- 2008年2月5日(火)
- スピーカー:
- 飯野 晴子(フリープロデューサー/元電通アイPR 営業部長)
2008年2月5日のライブラリートークは、『25ans』(2007/5〜6号)の辻仁成氏による連載「一目女(いちもくおんな)」で『ビッグママ、飯野晴子の広告人生』として紹介された、フリープロデューサーの飯野晴子さん(元電通アイPR 営業部長)にお話いただきました。
35歳で離婚して二人の娘を抱えて初めて働くことになった飯野さん、30年近い仕事人生を振り返り、「信じられないほど忙しかったけど充実していた。仕事がとにかく楽しかった。」と言い切られます。
その秘訣は……
- 今日、この瞬間だけを考える。昨日は終わったことだから考えない、明日はまだ来ていないので考えない、今を大切にすること。
- (良いことがあった日も、良いことがなかった日も)寝る前に必ず感謝すること。そうすると、自分の感性でハッピーと感じられることが必ず近いうちに起こります。その事を必ず人に話すこと。(人に話さないと、自己満足で終わってしまうので、人にお話することが大切だそうです。)
- 人とのネットワークを大切にすること。思わぬところで結びつく、何十年も経過した後に結びつくこともある。
- 考えること。とにかく諦めずに、自分の頭で考えること。
その他にも、人生を楽しむ、仕事を楽しむ秘訣、極意、ヒントを沢山お話してくださいました。
そして、現在64歳の飯野さんは、「歳をとることを自然に受け止めて、30代、40代ではなく、今だから出来ることを楽しみ、ハッピーに生きています。きっと私は何歳になっても落ち着くことはなく、様々なことにチャレンジして、その時々を一生懸命に生きていくと思います。」とお話くださいました。
今は、歌手の中尾ミエさんの発案を、加藤タキさん、小室知子さんが賛同して、飯野さんが世話役を務める、髪を染めない「チーム“ソルトンセサミ”」の活動を始められたそうです。飯野さんは、「白髪は一生懸命に働いて、人生の修羅場も経験し、今充実した人生を送る女たちの勲章」とお話されます。
35歳で広告代理店の世界に飛び込み、フェラガモ、ロエベ等の一流ブランドやホテルのプロデュースを多数手掛け、広告業界での女性の地位を確立してきた飯野晴子さんのトークに、参加した会員は、人生や仕事を楽しむための多くのヒントや勇気をいただきました。
“見えないものを見る力とは?”ブランドコミュニケーションを再発見する
メンバーによるライブラリートーク「新・日本の文化創造力」



- 日時:
- 2008年2月1日(金)
- スピーカー:
- 薄羽美江氏(株式会社エムシープランニング代表取締役/オフィスメンバー)
2月1日のライブラリートークは、国内外のパワーブランドを牽引するリーディングカンパニーで、ブランドブック制作や顧客接点のコミュニケーションデザインを数多く手がけて来られた薄羽美江氏(株式会社エムシープランニング代表取締役/オフィスメンバー)に、「新・日本の文化創造力〜ブランドコミュニケーションを再発見する〜」というテーマでお話頂きました。
お話は、薄羽氏の著書「『販売の現場力』強化プロジェクト−収益を倍増するブランド教育のすすめ」(インデックスコミュニケーションズ)とプロデュースされた書籍『脳と日本人』(文藝春秋)、またトーク前日まで参加されていた米国サンタフェでのビジネスカンファレンスの内容をつなぎ、コンサルティングトレー ナーとしての多くの事例やお薦め書籍を織り込んだ深い知見から、幅広い内容で行われました。
『脳と日本人』は、薄羽氏が7年前に初回をプロデュースして以来暖められていた企画で、編集工学研究所長・松岡正剛氏と脳科学者・茂木健一郎氏の対談をまとめられた書籍です。その裏話では、「私達の社会は、今、持続可能なのか」、「多様化する社会の中で、私たち日本人には自分たちはこうだと語れるものがあるのだろうか」、「21世紀これからの未来はどうなっていくのか」ということの本質が知りたくて、お二人に「ぜひ、日本の真水のような対話をお願いします」と依頼されたいきさつ、12時間におよぶ対談の様子、予定調和に終わらない二人の賢人の見識など、臨場感のあるお話が盛り込まれ、これからを生きる私たちへの示唆に富むエッセンスが凝縮された90分いっぱいのライブラリートーク。まだ読んでなかった参加者の方は、早速、『販売の現場力』と『脳と日本人』を2冊あわせて買い求められていました。
会場は、薄羽氏のリードによるダイナミックラーニングで、参加者同士もすっかり意気投合。「日本に真水はありますか?」「日本を信頼できますか」等、薄羽氏からのたくさんの問題提起に頷き、熱心に話し合う姿が見られました。
参加者から「考えさせられる内容でした。信頼とは何なのかあらためて考えたい」「サンタフェのお話やブランドの価値創造のお話を通して、イマジネーションが刺激されました。早速幾つか深めてみたいトピックスが生まれました」「見えないものを見ていく力、それが新しい文化創造力となる。この気づきをもって全ての物事を見直していきたいと思います」等のぎっしり書き込まれた感想が多数寄せられました。トーク後に行われた、スピーカー・メンバー同士の交流会“ハッピーアワー”も、大変盛り上がり楽しいひとときとなりました。
「自分の健康は、積極的に自分で手に入れるもの!」
“アンチ・エイジング”をテーマにライブラリートークを開催しました


- 日時:
- 2008年1月25日(金)
- スピーカー:
- 澤登 雅一(三番町ごきげんクリニック院長)
“アンチ・エイジング”という言葉から何を連想しますか?
「美白」、「しみ・しわ・たるみを防ぐ」など、女性の美容に関することが多いのではないでしょうか。しかし、澤登雅一先生(三番町ごきげんクリニック院長)は、「“アンチ・エイジング”とは、医療を超えた1つの生き方」と説明されます。
1月25日のライブラリートークは、「『治療医学』から『予防医学』、その先の『アンチ・エイジング』へ」と題して、澤登先生にお話いただきました。
アンチ・エイジング医療とは、従来の病気の治療や早期発見のための医療とは違い、病気にならない医療、健康な人が更に健康になるための医療です。つまり病気を見つけて治してもらうという受身ではなく、積極的に健康をつくり、偶然ではなく必然的に長生きをすることを目指しているのです。
具体的には、世界一の長寿国である日本の平均寿命と健康寿命(不自由なく元気に過ごせる寿命)差は約7年だそうです。この7年を0年、つまり死ぬまで健康に過ごすことができるようになることが目標だと、澤登先生は語られます。
そもそも、澤登先生は病気を治すことを志し医者になりました。大学卒業後は、血液内科の専門医として、主に白血病、リンパ腫、骨髄腫など血液のがん治療に14年間従事され、そこで強く感じたことは、「いかに健康が大切か」、「病気になったら、いかに失うものが多いか」という当たり前のことでした。そして、“アンチ・エイジング”の道に進まれました。
澤登先生は、「人間は医学的に125歳まで生きられます。125歳までごきげんに(「ごきげん」とは、心身両面が健康で初めて成り立つもの、得られるもの、という意味です)生きましょう。それを可能にするのが“アンチ・エイジング”です。」と、力強くお話くださいました。
参加されたライブラリーメンバーは、トーク終了後も、澤登先生の著書「人より20歳若く見えて、20年長く生きる!」(ディスカヴァー・トゥエンティーワン 2007年6月)を購入したり、澤登先生へ一般的な疑問、個人的な相談など、様々な質問を投げかけていました。
この度のライブラリートークは、自分の健康・生活・生き方について考える良い機会となりました。
“古地図はタイムマシン!!”
3mの大きな江戸図を囲んで、17世紀の江戸へタイムトラベル


- 日時:
- 2008年1月22日(火)
- スピーカー:
- 鈴木 純子(元国立国会図書館地図室勤務 / 日本国際地図学会評議員)
1月22日のライブラリートークのテーマは「地図の歴史」。日本のマップ・ライブラリアン(地図図書館司書)の第一人者である鈴木純子氏にお話しいただき、「古地図」から多くのことを読み、知り、愉しむという貴重な体験をすることができました。
現在、衛星写真を使ったWebの地図や、GPS機能付の携帯電話など、日々の生活の中で、最新の地図情報は欠かせないものとなっています。
では、“古い地図”は必要ないのでしょうか?答えは“No”。
「古地図」を見ることにより、その時代の世相や生活・文化的な側面を知ることができるのです。
例えば、世界最古の地図である紀元前6千年のチャタルヒュイックの村落図には、日々の生活空間が描かれており、当時の生活を想像することができます。また紀元前7世紀のバビロニアの世界図は、当時の人々が世界をどのようにとらえ、考えていたのかを読み取ることができます。
日本ではどうでしょうか。日本の地図の歴史は、東大寺に保存されている750年頃の墾田図・開田図から始まり、14世紀に作られた地図としては、仏教的世界観が読み取れる五天笠図、土地の利用状況がわかる荘園図など約230点が残っているそうです。そして江戸時代に幕府主導で様々な地図が作られ、19世紀には精度の高い測量に基づき作成された「伊能図」が作られることになります。
文字よりも古いといわれる地図の歴史を、90分に凝縮して鈴木先生にお話いただきましたが、参加者より「地図の歴史を知ることにより過去に興味が沸いてきた」、「昔の地図には芸術性を感じることができる」などの感想が寄せられ、「古地図」に対するイメージが大きく変わったようです。
トーク終了後には、3m以上もある大きな明暦江戸図(1/5000)を囲み、
- 現在も残っている地名、既に消えてしまった地名のこと
- 海岸線や河川などの地形のこと
- 当時の移動手段や移動距離などの生活のこと等
素朴な疑問を先生に投げ掛けることにより、参加された皆さんは、17世紀の江戸へのタイムトラベルを楽しみました。
- ※この度のライブラリートークは、日本国際地図学会常任委員であり、六本木ライブラリーのコミュニティメンバーである太田弘氏の企画により 開催されました。
日本における“コーチング”の第一人者、伊藤守氏に、
“コーチング”の本質についてお話いただきました


- 日時:
- 2008年1月16日(水)
- スピーカー:
- 伊藤 守(株式会社コーチ・トゥエンティワン/株式会社コーチ・エイ 代表取締役)
10年前頃より、“コーチング”という言葉が日本で広く使われるようになりましたが、“コーチング”のとらえ方は千差万別です。
1月16日に開催したライブラリートークでは、1997年に日本で初めてコーチの育成プログラムをスタートした(株)コーチトゥエンティワン代表取締役の伊藤守氏に、“コーチング”についてお話いただきました。
ビジネスにおける“コーチング”は特別なことではなく、アスリートをコーチすることと全く同じ。問題を解決するのではなく、ゴールをできるだけ早く達成するための手法が“コーチング”であり、そこにミラクルはないそうです。そして“コーチング”は、今までの「上手くいった」事例を集積し法則を見つけ出したものなので、“コーチング”とは現在進行形で進化しつづけるとのことです。
また、“コーチング”で重要なことは「聞く」こと。つまり相手が何を欲しているのかをいち早く知ることがコミュニケーションの目的となります。そのために、相手に「話してもらう」ことが大切になります。「話す」ことにより「オートクライン」が発生します。これは、頭の中で思っていたことを自らの声で発し、その声を自分で聞くことにより、自分が何を考えているのかに気付くことです。この現象を大脳生理学では、「オートクライン」と言います。つまり、「双方向のコミュニケーション(インタラクティブ)」が“コーチング”には欠かせないそうです。ちなみに“コーチング”の3原則は、「双方向のコミュニケーション(インタラクティブ)」、「継続的なコミュニケーション(オンゴーイング)」、「相手に合ったコミュニケーションスタイル(テーラーメイド)」。(「コーチングの3原則」については、こちらをご覧ください。)
トークの締めくくりに伊藤氏は、「視点を変えること」の重要性をお話されました。しかし、“気付き”だけでは変わることはできず、「気付き」−「熟考する」−「ひらめき」−「行動」というスパイラルにならなければ、変われないことも強調されました。
伊藤氏のユーモアを交えながらの“コーチング”の最新情報のトークに魅了された90分間でした。








