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門前雑学日誌


第7回 偉大なるアーク都市塾卒塾生

 アーク都市塾の卒塾生のNさんが、アーク都市塾のビジネスセミナーに参加されて、その翌日に私を訪ねてくださった。数年ぶりの再会でした。Nさんは、第2期アーク都市塾から第10期アーク都市塾まで連続9期、4年6ヵ月にわたり、しかも大阪から飛行機で通い続けられた卒塾生です。
 小学校の校長先生を定年でお辞めになり、その後、第二の人生を切り開くためにアーク都市塾に入塾されたように聞いていました。当時は、初代塾長、森泰吉郎氏の時代で、教室もアーク森ビルの地下4階にあった頃の話です。Nさんは、羽田から新橋に出て、新橋からアークヒルズまで歩いて来ることを習慣にしていたそうです。森ビルの創業以来のビルが新橋から虎ノ門周辺にあるのを順番に見て回り、各々どんな気持ちでビルを建てたのかを思索しながら歩いてこられたそうです。当時、塾長だった森泰吉郎氏は、車椅子で教室の一番前に座り、講師の方の話を熱心に聞いていましたが、その森泰吉郎氏の姿とN氏の勉強への姿勢がダブって思い出されました。
 そのN氏は、「私は、開発も大切やと思いますけど、守るものは守らんとあかんと思うんです」と土地の歴史と、それを活かした街づくりを大切にすべきだと柔らかい大阪弁で切々と訴えられていました。大阪市東成区に先祖伝来の土地があるが、この土地が万葉時代、大阪高麗橋から春日大社までを結んでいた“暗越奈良街道”に面していることを多くの人が忘れている、これを思い起こしもらうためにもと、その土地にビルを建てると同時に、街道の説明を刻んだ銘板と道標を作られたそうです。碑文には、『暗越奈良街道は、大阪と奈良を結ぶ最も近い道だ。それだけに、古来、様々な人と物とがここを通った。古くは天平時代、大仏開眼に招かれたインド僧が(736年)、次いで中国の鑑真和上が(753年)ここを通って奈良の都に入った。正倉院に残る宝物の中にも、この道を運ばれたものが多かったことだろう。この道は、シルクロードの東の端なのだ。』と堺屋太一さんの言葉が刻まれているそうです。ロマンのある話で、土地柄や街を愛して自らの事業にそれを活かしている素晴らしい卒塾生が活躍されている姿をみて、たとえようもなく充実した気分になりました。これからも頑張って下さい、Nさん!

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