|
■急がれる法制度の整備 不動産証券化の法務 田村 幸太郎 牛島法律事務所・弁護士 |
![]() |
|
|
|
1995年の不動産特定共同事業法に続き、1998年にはSPC法が制定された。不動産証券化への機運は高まっているものの、事案例はなかなか増えない。その理由として弁護士の田村幸太郎氏は、「証券化の本質と日本的金融システムの相反性」を挙げる。今回の講座では、前半に佐藤一雄氏が不動産特定共同事業法の基本的な仕組みを解説。続いて田村氏が、証券化の歴史的な流れと不動産証券化にかかわる法制度の概要及び問題点を解説した。以下は田村氏の講演の概要である。
●証券化は古くて新しい理論 日本での不動産の証券化は、1980年代の半ばから議論されるようになったが、古くて新しい理論である。抵当証券とは、抵当権付き債権を流動化するもので、本質的にはCMBS(Commercial Mortgaged Backed Securities =商業不動産担保証券)と似たようなものである。これなど昭和恐慌のときに立法化された。日本では投資家の資産運用のためというより、しこった不動産や不動産抵当権付き債権を何とか流動化して資金調達をするための道具として考えられたし、今でもそのための証券化がマジックワードになっている。これは証券化が政策的に議論されるということである。バブルのときには地価を下げる特効薬として、そして今のような不動産不況のときには不動産を動かし、少しでも不良債権や担保不動産の処理を進める方策として、議論されている。 政府の政策の中での重みはバブルの時よりも今のほうが重いが、その割に不動産の証券化は進まない。 ●証券化が進まない理由 日本で証券化が進まないのは、企業金融の網がまだ崩れていないからである。取引銀行から不動産融資を受けられるなら、あえて複雑な仕組みと労力や費用をかけて資本市場で資金を調達する必要はない。証券化は投資家から見た資産運用手段のひとつなのである。 投資家から見れば、不動産であれ企業であれ、債権であれ、その他の資産であれ、キャッシュフローを生じさせるものには価値があり、その価値を得ることで自身の資産をより効率的に運用できればいい。方法としては資産の収益だけが目的ならば、保有するリスクも計算に入れて冷静に考えれば、証券という形で経済的利益を得ることが最も得であるという結論に至る。 なぜなら、対象となる資産の得失に応じて専門家がその価値をあらゆる側面から評価し(デューデリジェンス)、資産の保有、管理についても、専門家による最も効率的な運用がなされることになるからだ。しかも、そのキャッシュフローが透明になるように情報が開示され、また、キャッシュフローを阻害する様々なリスク要因に対する補完措置も取りやすい。最終的に格付けという評価もなされる。 ここでいう証券化は資産の価値のみを裏付けとする資産担保型証券(ABS)であるが、これらの理由が、資産運用方法としての不動産証券化の存在理由である。しかし、当初その資産を保有していた者(オリジネーター)が、結果的に資金調達をすることになる。 このオリジネーターの資金調達という方法から眺めると、日本の証券化は、今のところ、ほとんど全てがオリジネーターのためのものであることがわかる。オリジネーターのコーポレート・ファイナンス(企業金融)の機能不全を補完するために、取引銀行が取引先企業の優良稼働不動産を利用して資金調達をさせる。形式的にはSPC法を利用したり、通常の株式会社形態を特別目的会社化して社債を発行する場合も少なくないが、実質的には、オリジネーターの信用力から完全に切り離されていない。 特別目的会社に資産が真正に譲渡されたとはいえ、誰もがオリジネーターにより再度資産が保有されるようになることを期待している。何よりも、対象不動産はオリジネーターがそのまま利用し(マスターテナントとなり)、瑕疵担保責任や修繕義務を負うことが日本の証券化の主流となっている。 このように企業金融の補完策としてオリジネーターの資金調達という目的を援助しつつ、資産から切り離す(オフバランス)という綱渡りのような構成ができるのも、証券化が企業(オリジネーター)と親密金融機関との共同作業で行われているからだ。 優良稼働資産が証券化されてしまうと、それ以上に本来的な証券化が出てこなくなるのか、日本的企業金融のもたれ合いを脱して殻を破る商品が出るのかは、今後の日本を占うひとつの試金石であろう。 本当の証券化はオリジネーターにとっては厳しくもさびしくもあるので、日本の土壌に合っていないのではないかと私は思う。これが、証券化が進まない本質的要因である。 ●証券化法制の進展 証券化法制も遅々として進まなかった。実際に法律案を作る立場にたてば、相当に困難な作業であろう。なぜなら日本の証券化の実際の進展をどのように評価するかがよくわからないからである。 特に昨今の証券化法制は明治以来の伝統的な民商法を超える枠組みを要求せざるを得ない面があり、立法担当者の能力の限界を超えている。 たとえば、1995年にできた不動産特定共同事業法の匿名組合型不動産特定共同契約は、純粋の匿名組合か? 投資家は、許可事業者である営業者と同時期に同一の匿名組合契約を締結し、出資額に応じて利益の分配を受ける。各出資者が一蓮托生なのに、伝統的な理論に固執して事業参加者間に何の関係もないと言い張れるのか。また営業者は現金の出資をせずに労務を提供し、報酬を得るが、なおも利益の分配を受けるという意味を理念的に考えて、営業者の出資割合を観念する必要があるのか。 また、1998年にできたSPC法は、新たな法人を創設したが、この組織を法人論のなかでどのように説明するべきか、商法学者からは表向き観念的な議論は聞こえてこない。 SPC法は結果として使い勝手の悪いものになっている。たとえば、資産流動化計画の手間であるとか、資金調達方法の制限であるとか(借り入れが制限されている、匿名組合出資などを受けられないなど)、優先出資償却方法の制限であるとか(利益による償却ができない)、証券取引法上の情報開示の要請とか、相当の労力が必要となり、結果としてコストに反映される。また資金調達まで時間がかかることが現代のスピード感覚では最も嫌われる要因かもしれない。 ●証券化進展のために 以上のような問題はあるが、金融システムに不安がある以上、証券化を学び、進展させる必要があろう。 そこで第一に法制の進展をさらに深化させることである。金融サービス法の検討のなかで縦割り行政の弊害が正面から議論されていることは興味深い。法制の深化はこの縦割り行政の問題を抜きにしては考えられない。 第二に、伝統的法律制度からの脱皮である。任意組合、匿名組合、信託などの器が現代的に使われ始めているときに、どのように問題を解決していくのか、規制緩和と投資家保護の視点から実務的には柔軟に対応するべきであろう。 第三に、周辺制度(インフラ)の整備である。不動産鑑定評価が収益還元法を現実の問題として採用し始めたこと、デューデリジェンスが意識化されてきたこと、物件の価格情報が重要になってきたこと(インデックスの登場など)、金融知識を持った不動産業界の人間、不動産について造詣の深い金融業界の人間の交流(単なる名刺交換ではなく、異業界就業を含めて)が目立ち始めたこと、などは証券化と歩調を合わせるものである。 第四に、企業金融が緩まずに厳しい環境が維持されることである。これも逆説的ではあるが、不動産に関係するお金の動きがもう少しソフィスティケイトされることが、結果的に日本の不動産制度を健全にするのではないか。 第五に情報開示。不動産の賃料や価格開示がますます重要性を帯びてくる。 第六に、税制である。いわずもがなであるが、税制上の支援そのものが不動産証券化を進展させてきたことは米国を見れば一目瞭然であり、それが現在の株式市場の好況を維持していると言うのは言い過ぎであろうか。 以上の制度的要因と証券化はどちらが鶏と卵かの議論と同じくらいに分からなくなっているので、証券化はやはり後戻りできないところまで来たのである。 第8回不動産証券化コース
テーマ/「不動産証券化の法務」 |
![]() |