| AcademyHills Interview | |||
| 知と学習のフリーマーケットを創る 対談:アカデミーヒルズ&アーク都市塾は何をなすべきか 高橋 潤二郎 慶應義塾大学名誉教授/森ビル株式会社特別顧問 米倉 誠一郎 一橋大学イノベーション研究センター教授 |
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次のアカデミーヒルズ、アーク都市塾をリードする高橋、米倉両氏が生涯教育の原点と転換点を示し、そのためにいま何をなすべきかについて、自らの体験を交えて熱く語り合った。見えてきたのは「知と学習のフリーマーケット」。そこには、異質なものが競い合いながら無限に繋がる世界が広がっていた。 高橋 ----- 日頃感じていたことなんですが、米倉先生のスピーチは人の心を高揚させる力がある。どこでその力を身につけたのか、一度聞いてみたいと思っていたのですよ。マネジメントは冷徹な世界ですが、一方で意欲や感情を喚起する力を伴ってこそ生きてくるものですから。 米倉 ----- 「クールヘッド、ウォームハート」という言葉もありますよね。僕は大学時代、勉強嫌いのどうしようもない学生だったけれど、野中郁次郎先生に師事し、「米国へ行ってみたら」と勧められて人生が変わったんです。 野中先生は約10年間、富士電機に勤められた後に、上司から50万円借金して海路で米国に渡ってカリフォルニア・バークレー校で学び、博士号をとりました。グループダイナミズムを研究していらして、あるときこんな話を聞いたんです。米国の生産性向上に関する研究の話です。 実際の企業を研究材料にして、お茶の時間をいつとると生産効率が上がるか、なんていうことをいろいろ試すわけですが、長くデータをとっていくと、たとえば「女子工員5人で1日大体300個の製品をつくる」といったように数値が安定してきます。ところが、さらに続けていくと理解しがたいことがどんどん起こる。 たとえば、スージーが風邪をひいて休む。じゃあ今日は240個くらいに減るかと思ったら380個だったり、全員出勤してるのに280個だったりする。もう、データがめちゃくちゃになってしまったわけですよ。理由は簡単。工員にインタビューすると「スージーが休んでるから頑張らなくちゃと思った」とか、「スーパーバイザーのマイクが嫌みを言ったから全員やる気を失った」といったように、生産性には工員の感情が大きく作用していたわけです。 こんな実験を5年も6年も延々と続けている米国に驚いたこともありまして、米国に渡った。それが人生の転機でした。 ■驚きこそ学びの原点 高橋 ----- 私にも忘れられない経験があります。私が米国に留学したのはケネディ暗殺の年(1963年)だから、40年近く前ですが、ペンシルバニア大学に、エイコフ教授がオペレーション・リサーチのセミナーを創設し、その最初の授業を受けました。そこで教授は、「効用は測れないものだ」という私の今までの常識をいとも簡単に覆して見せたのです。新しい知の可能性を見せられて、何とも言えずわくわくしたものです。「ものすごい世界が開かれた」ってね。 もう1つ。『エンサイクロペディア・ブリタニカ』日本版の総合指揮のメンバーとして働いていたとき、木村尚三郎先生が「百科事典に何を要求するか」という質問に、ただ一言「驚きと、喜びと、楽しみである」と答えられた。 この2つの話の共通項は「驚き」です。アカデミーヒルズやアーク都市塾も「驚き」を与えるものにしたい。ドアを開けると知的な驚きと出合えるような、わくわくする世界をつくりたい。 ところで最近、一橋大学では2年生が1年生の教室にきて、「そもそもこの授業は」なんてやっている。「この授業の意味は、君たちに限界がないことを知ってもらうことだ」なんて、先生を差し置いて講義しちゃうのですよ。こういうのはうれしいな。 高橋 ----- 先生じゃなくて先輩が後輩を教える、あるいは同期同士が教え合うことはとても重要だし、新鮮な感覚ですね。フィジカルにもメンタルにもフレッシュな感覚を与えることは、本当に教育にとって大事なことです。 アーク都市塾には社会人が集まるでしょう。みんなそれなりにプロフェッショナルだし、プライドもある。自分の存在が一番大きいわけです。 しかし、ここで学ぶことで自分の小ささも知り、自分を相対視するきっかけになればと願っています。そして、自分自身が時代を越えて繋がる知のヒストリカルチェーンの一部であることを意識すること、我々の立場から言えば、それを意識させられるかどうかが重要だと僕は考えている。 「先輩から教わり、それを高めて後輩に教える」という知のヒストリカルチェーンをここにつくりたいから、教わるだけでなく教えるコースもつくりたいと思ったんですよ。 米倉 ----- それ、よくわかります。賛成です。 高橋 ----- 結局ね、オン・ザ・ジョブ・トレーニングが基本じゃないか。今のような学校教育の歴史なんて100年かそこらでしょう。それまではみんな家庭で学んだわけです。それが学校にアウトソーシングされていった。今は、学校ができないことを学校以外に移していく過程にあるんじゃないか。都市塾もその1つ。 先日、金融工学をやっている30代の連中と会って、「どんな人から学びたいか」と聞いたら、「10年後に自分があの人のようになりたいと思うような人から学びたい」と言うんです。つまり40代の優れた実務家ですよ。で、そういう人に「ここで教えてみないか」と持ちかけたら、「忙しくてとても無理です」と。しかし、「『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記事についての感想なら話せる」と言う。 そんな話をしたら、若手は「それこそ聞きたいことです」と言うんですよ。僕が「インプットとアウトプットだけでいいのか。それがどのような仕組みで導き出されるのかという過程が見えなくてもいいのか」と聞いたら、「いいです。それは盗みますから」と言うんだな。 僕はこれを聞いて「ああ、プロセスを明らかにする大学教育とプロフェッショナルの教育はここが根本的に違うんだ」と思ったね。暗黙知を形式知にするには時間がかかるし、一般化しなければならない。その過程で個別具体的なケースからは離れてしまい、時代遅れになってしまう。だからプロフェッショナルたちは暗黙知でいいと。 ■形式知と暗黙知 米倉 ----- 人間の知識の9割以上が暗黙知といわれますが、この暗黙知を形式知化することも教育上は大事でしょう。音符が読めなくては作曲できない。その曲の良し悪しは別としてもね。 しかし、形式知にして伝えられるものがすべてではない。暗黙知を暗黙知として継承できる組織や社会は非常に効率がいい。日本の会社組織なんかはその典型。朝7時から夜11時まで一緒につるんでいる「セブン-イレブン組織」だものね(笑)。だから昔は日本企業は強かった。でも、一方で、従来のパラダイムを壊そうとしたときに、暗黙知を暗黙知で継承する組織ではジャンプが起こらない。そのジレンマにいま、日本の社会や組織は直面している。 高橋 ----- 暗黙知の世界は、たとえていえば重力の働いている世界。日頃、私たちは重力を意識していないけれど、無重力の世界に飛び出すには、ものすごいパワーのブースターが必要だし、重力にも耐えなければならない。しかし、いったん無重力の世界に飛び出して、そこからものを見れば全然違う世界が広がっている。「暗黙知か、形式知か」というんじゃなくて、どちらの世界も行き来できる人が本物です。 米倉 ----- 知的な意味で、重力圏から脱出する方法は2つ。本などで形式知を高めるか、非常に高質な体験をすること。 高橋 ----- その通り。蕪村は、俳人の教養を高める方法は本を読むことと旅をすることだと言っている。 旅というのは、自分を強引に違う場に移すこと。その結果、自分を相対視できる。これが学問の第一歩です。自分が絶対ではない、自分以外の考えがあるんだという驚きの体験をする。そして、がちがちに固まっていたマインドセットを解き、自己再編成する。それがとても重要です。 よく、生涯学習の目的を「学生時代の古い知識では役立たないから、新しい知識や技術を学ぶため」と言う人がいるけれど、それより自己再編成の能力を養うことが重要なんです。自己再編成の能力があれば、時代がどう変わろうと対応していけるのだから。 米倉 ----- とても重要で、しかも難しい課題ですね。形式知を高めるための座学も必要だし、ジャンプするための高質な体験も積めるような場にしなけりゃならない。形式知にせよ暗黙知にせよ、「驚き」のある場でありたいですね。 それと、日本はチームワークで勝負するというけれど、一人ひとりが強くなけりゃ強いチームはできない。一人ひとりを強くするという意味からも生涯学習が必要です。 ■異質なものを認める 高橋 ----- チームワークを考えるとき、これからはヘテロニティディベロプメントが重要だと思うのですよ。ヘテロとは異質のこと。異質な人間が集まってうまくやっていく組織や社会をどう開発していくか。これはこれから日本人が乗り越えなければならないハードルじゃないか。 米倉 ----- それで思い出したんですが、アスペン会議でこんな話が出ました。「熱帯雨林は重要だ。熱帯雨林には大量の種の虫がいる。これらはそれぞれ地球環境に適応して生き延びた種であり、熱帯雨林を破壊してこれらの種を滅ぼせば種の多様性は失われてしまう。バラエティを失えば、種は長期間生き残れないだろう」というのです。いわば、多様性とか異質性がいかに大事かということです。 関連して、ユナイテッド・カラーズ・ オブ・ベネトン社の会長のルチアーノ・ベネトン氏がこんなことも言っている。「日本は危ない。日本のようにホモジニティ(同質性、均質性)の高い種の生存力が高いはずがない」と。 もし、イチローが日本に留まったなら今の輝きはなかったでしょう。彼は大リーグという多様性、異質性のなかで輝いた。新庄もそう。日本の会社のなかにもたくさんのイチローや新庄がいるのに、異質なものを認めない組織がその才能を殺しているんじゃないか。イチローや新庄のメジャーリーグ行きとその活躍を、日本の組織に投影して考えなけりゃいけない。 高橋 ----- 「偉い」という言葉は「イラクサ」から来ているんですよ。偉い人っていうのは、触れるとちくちくする。だから「イラ」い。 米倉 ----- 本当ですか、それ?(笑)。 高橋 ----- 幸田露伴がそう書いてます。イチローみたいな突出した人間は、日本社会にとっていわばイラクサなんですよ。イラクサとは間合いをとってつき合う世界が必要で、それがメジャーリーグだった。言い換えるなら、「あの人はあの人、私は私」という世界。そうしたなかから新しいカルチャーが生まれる。アカデミーヒルズやアーク都市塾もそうした世界でありたい。 米倉 ----- そうですね。イチローみたいなプロフェッショナルな精神と技能を持った選手が集まってチームをつくったら、本当に強い。ピッチャーとキャッチャーとファースト、誰が偉いかじゃなくて、それぞれがその分野で真のプロフェッショナルであることが大事です。 日本の会社は「ゼネラリストを養成する」といって、何でもそこそこできるけれど、突出した能力のない人間ばかりつくってきた。「アーク都市塾はイラクサを歓迎する」、「アーク都市塾はイラクサを育てる」っていうのはエキサイティングだなあ。 ■次世代グループダイナミズム 高橋 ----- 先ほどのグループダイナミクスということで言えば、昔と今では次元が違う。 たとえば、今はKJ法(川喜多二郎の考案した発想法)の時代ではないのね。KJ法はいわばチームワークでコモンセンスを創り出す術。 僕も昔、この合宿に参加したからわかるけど、まず、いろいろな人が集まって知的ジャブを繰り返すわけ。次に自分がいかにブリリアントかをアピールする戦いになる。これを長時間繰り返しているとね、心身共に疲れ切って最後には「I」が薄れていって「we」という概念に収斂していく。「まあ、俺の考えもお前の考えも同じだよな、だからチームで頑張ろうぜ」ってね(笑)。 米倉 ----- キャッチアッププロセスは素晴らしいんですがね。 高橋 ----- 何しろこれが考えられたのは満蒙開拓の時代ですからね。ガッツがあって身体強健ならチームワークが良ければうまくいく。しかし、今はいわば宇宙開発の時代でしょ。ガッツと体力で勝負できる時代ではない。スキルのレベルが全然違うわけですよ。同じ方向に考えをまとめていくのでなくて、イラクサ同士、間合いを計りながら進むグループダイナミクスを考えていかなければならない。 これが実際に起こっているのが米国の大学です。年齢も人種も文化や学歴も違う連中が集まって討議しているんだから、レベルが違うし、プロセスも違う。これを見ていると、我々日本人はアウトプット主義におかされている、もっとプロセス重視の学習をしなければいけない、と思いますね。 米倉 ----- 教育はそうです。しかし、ビジネスはイラクサを集めてどうアウトプットするかが常に問われます。だから、イラクサを集めて成果を出す術を学ぶ創発の場にもしたい。 高橋 ----- いずれにせよ不定形な教育が必要でしょうね。竹中平蔵さんが「規制を外してフリーマーケットにしよう」と言うと、「ではどうなるんですか、何をしてくれるんですか」という質問が必ず出る。それは市場が決めることなのにね。 米倉 ----- その通りです。今日もテレビでやってたけれど、「小泉首相は破壊、破壊というけれど、次の世界が見えない」と責める。そりゃ、見えないさ、次の世界はマーケットがつくるんだもの。そんなこと自分で考えることだろ、と言いたい。 高橋 ----- 自分で考えるにも、今は装置を用意してやらないとできない。そうした装置や演出は必要でしょう。 米倉 ----- 一方で、本当に最初から自分の手で創り出す訓練も必要だと思うのです。いわば粘土から何かを創り出すような体験もしてほしい。無駄で回り道のような授業もあるといい。僕は何か役に立つもの、ビジネスに繋がるものばかり並べちゃうほうなんで、逆説的にそう思う。ほら、車でもハンドルに遊びがないと事故を起こすでしょ(笑)。こうしたことを言うのは、若い頃、感動した『ユリイカ』のある話を思い出したからなんです。 ある詩人が「僕は貧しいし、詩人としての才能もない、死んだほうがましだ」と思いながら、高円寺かどこかをとぼとぼと歩いていたら、道端でヤドカリを売っていた。ヤドカリは赤い公衆電話をかたどったプラスチックの箱に入っていた。それを見たとき、詩人は「世の中には、こんなつまらないものをつくって生きている人がいるんだ」とハッとして、その営みそのものに感動して生きようと思ったというのです。 高橋 ----- その話を別な見方で見れば、マーケットメカニズムを信じるか信じないかということに繋がりませんか。人間は、つまらないものも偉大なものも、俗悪なものもビューティフルなものもつくる。それを誰かがディレクトするより、マーケットメカニズムに乗せるほうがはるかにいい。 米倉 ----- 僕はこの話を読んで、つまらないものをつくること自体にも何かの意味があるかもしれない、そんなことも伝えたいと思いました。 ■知のフリーマーケット 高橋 ----- 「無用の用」って言葉がありますね。なんとなく情けない感じもするし、論理矛盾もあるけれど、この話を聞いて、ふとそんな言葉が思い浮かんだ。「役に立つもの、立たないもの」という個人の主観性を許容できる制度をつくりたい。きっちりコンセプトを固めて、それ以外は排除するんじゃなくて、アカデミーヒルズは「知」と「学習」のフリーマーケットであるべきだと思うのです。これだけ人々のニーズが多様化し、分散し、かつ瞬時に変わる世界において、何が受け入れられるかはわからないですからね。 米倉 ----- そうですね、しっかり経済基盤をつくって遊びも入れる。 高橋 ----- アカデミーヒルズの経営は土地と建物代がかかりますから、それらがほとんどかからない大学と違って、うんと付加価値の高いものを提供しなければなりません。だからといって実用的なものだけやるってことじゃない。知と学習のフリーマーケットをつくり、広い領域のなかで自由競争をする。そのなかから知の多様性が見えてくるんじゃないでしょうか。 最後にこんな話をしたい。 ある日、カエルが集まって誰が一番高く跳べるか議論した。「じゃあ、やってみようじゃないか」と1匹が言い出して、バーをつくって高跳び競争を始めたら、いつも威張っているヤツがやって来て「なんだそんなの、俺なら軽く跳べる」と言って跳んでみせた。どんどんバーを高くして、最後にはイバラの垣根も軽々跳んでしまった。この教訓はね、「どこにも嫌なヤツはいるもんだ」ってこと(笑)。そんなヤツがここに集まっている。 そんなふうなアカデミーヒルズやアーク都市塾でありたいと私は思います。それこそが組織と対等な「個」を育てることに繋がるのです。 |
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