■宇宙から人間圏を観る
地球学的人間論を考える時代


松井 孝典 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授



 環境問題、人口問題、食糧問題など分明の存亡に関わる深刻な問題を抱え、これまで拡大を続けてきた分明の歴史は今、大きな転換点を迎えようとしている。こうした問題を論じる上で必要なのが「宇宙規模の150億年の時空スケールで我々の存在を考える視点だ」と松井教授は言う。月面着陸を達成した20世紀に人類が得た俯瞰的視点から見る地球、人間、現代とは?講義は新しい視点から私たちとは何かを考えるよいきっかけになったはずだ。


■地球はシステム
 月から見ると、大気、海、大陸などの地球を構成する個別の要素が分離して見えるのではない。それら全体が有機的に繋がった1つの星として地球は見える。この1つの繋がりをシステムと呼び、その中で我々人類がどのように位置付けられるかが問題である。
 地球がシステムであるという認識は10年ほど前に登場した考えだ。それまではこの分野の総称として、アースサイエンスという名称はあったが、その研究対象が何か、具体的に明確なものはなかった。気象学、地球電磁気学、地震学、火山学、岩石学、鉱物学、堆積学など、それを構成する個別的に細分化された分野はあったが、地球という星が全体としてどうなのかを研究する学問や発想はなかった。

■地球に海が存在する不思議
 1つ例を挙げてそのことを論じよう。地球に海があることは、極めて当たり前のことと多くの人が思っている。しかしそのことは、それほど自明なことではない。水が液体として存在するためには現大気下で、地球の表面温度は摂氏0度〜100度でなければならない。地球の表面温度は大気の成分と太陽の輝き方で決まる。現在の大気と太陽の輝き方なら、全球を1年間平均した表面温度は摂氏15度である。従って海は存在することができる。
 しかし、太陽は形成以来、時間とともにその輝き方が変化したことが知られている。太陽はその中心部で水素をヘリウムに変える核融合反応によってエネルギーを得、それを光や熱として宇宙空間に放出している。すなわち太陽の中では時間とともに水素が減少し、その代わりヘリウムが溜まり、内部構造が変化している。この内部構造の変化に伴い、大きさも変化しておかしくないが、銀河系にある多数の太陽に似た星は、大きさは変わらないことが知られている。その代わり明るさが変わっていく。
 大きさを変えず、その代わり内部でのエネルギーの発生が大きくなるということである。この論理を太陽に当てはめると、太陽は時間とともに明るくなっていくことが予想される。現在の明るさを100%とすると、46億年前は70%くらいの明るさだったと考えることができる。現在の大気が過去にも存在したとして、このような太陽光度の変化を考慮すると、今から20億年前の地球表面温度は摂氏0度、38億年前には−20度から−25度だったと推定される。とすると20億年以前の地球は海が凍りついていたことになる。地球は当時、木星や土星の周りの現在の氷衛星のような星だったことになる。
 しかし、地球には誕生した38億年くらい前にも海があったことが、当時形成された岩石などの地質学的な証拠から明らかになっている。この矛盾は“暗い太陽のパラドックス”と呼ばれる。このパラドックスを解く鍵こそ、地球をシステムと観る視点にある。
 そもそもこの思考実験は、地球の大気組成が現在と変わらないまま過去にも存在したという仮定のもとに成り立っている。しかし地球をシステムとして考えると、その構成要素間に物やエネルギーの出入りがあることを意味し、大気の量や成分は歴史を通じて変化していることになる。そうなると、仮定が異なり、太陽の明るさが暗くなると、気温が低下するという結論は必ずしも成立するとは限らない。

■地球の二酸化炭素循環
 そのために、太陽光度の変化という外的条件の変化に対する地球システムの応答を考えてみよう。地球システムにおける二酸化炭素の循環を見てみると、大気中の二酸化炭素は雨の中に溶け込んで地表に降り注ぐ。雨は大陸の岩石を浸食して、海中に流れ込み、海中に種々な元素を供給する。海中ではこれらの物質が反応し、たとえば二酸化炭素はカルシウムと結合し、炭酸カルシウムをつくる。これが貝殻である。貝殻は貝が死ぬと海底に沈殿し、海洋底の移動によっていずれ大陸に付加する。一方で一部の炭酸カルシウムは、海洋底のマントルの沈み込みにより地下に埋め込まれ、火山活動によって二酸化炭素として、再び大気中に放出される。
 太陽が暗くなると、この循環のそれぞれの量が変化する。地球温度が低下すると、まず雨が降らなくなる。その結果、大気中の二酸化炭素が増加する。すると温室効果が増し、地表温度は上昇へ向かう。すなわち、太陽が暗くなっても地表温度は変わらず、大気の成分が変化すると予想される。
 実際の地表環境の進化は、このように過去に遡る想定とは異なる。我々の地球の形成運動の研究によると、生まれたばかりの原始地球では大気中に二酸化炭素が多かったと予想される。その温室効果により、海が凍りつくことはなかった。さらに、地球では海が蒸発してなくなる前に、大陸が生まれた。その結果、ここで示したようにシステムとして外的変化に応答できるようになり、海が蒸発せず、存続したと考えられるのである。

■地球史の中で人間圏を考える
 宇宙から見ると、我々の存在は、地球システムの構成要素として人間圏という構成要素をつくって生きている存在と言えるだろう。人間圏を形成して生きることは、宇宙の遥か遠くからでも“見える”存在になることだ。このような存在としての我々をどう考えるかが、現在の我々とは何かを考えるうえで重要な点である。

 従来の人間論には哲学的人間論と生物学的人間論の2つしかなかった。我々が地球という星の上で人間圏をつくって生き、宇宙から見える存在であるという視点、すなわち、地球学的人間論は存在しなかった。

 地球史とは地球を構成する要素が、いつ、いかに分化したのかの記録にほかならない。現代の大きな特徴は、我々が人間圏という地球システムを構成する要素をつくり始めたことである。それは地球の歴史、宇宙の歴史というスケールでも1つの歴史として定義できる時代なのである。
 地球の歴史は次の5つに大きく分けられる。マグマ、オーシャンの形成された「火の玉地球の時代」、海が形成された「水惑星の時代」、大陸が誕生し、隕石の重爆撃もあった「陸水惑星の時代」、光合成生物が爆発的に成長した「生命の惑星の時代」、そして、農耕牧畜が開始され、人間圏が生まれた「文明の惑星の時代」である。
 我々は、地球の歴史という時間スケールでも1つの歴史区分として定義されるような時代をつくり、そこに生きていることを認識しなければ、環境問題をはじめとする様々な問題に対処することはできない。我々が人間圏をつくって生きること自体、地球にとってはもはやシステムとしては別のフェーズに入ってしまったことであり、環境も元に戻ることはない。本当に地球に優しいこととは人間圏をなくすことにほかならない。ところが、環境について論じている人たちの多くは地球のことをほとんど知らず、極めて人間中心の環境議論を行っている。そのために問題の本質を見失っている。我々が人間圏をつくって生きていくためには、多少の環境の変化は覚悟せざるを得ない。問題は地球のことを心配することではなく、我々が生きられないような環境変化が起こらないようにすることなのだ。
 人間圏とは、1万年くらい前に人類が農耕牧畜を始めたときに形成されたと考えられる。何故か?農耕とは、たとえば、森林を伐採して畑に変えることである。それは太陽光の反射率を変え、太陽エネルギーの流れを変え、また、雨が降ったときの地表の浸食率を変え、地表付近の物の流れを変える。これをシステム論的に分析すれば、農耕牧畜の開始によって別の構成要素が生まれたことになる。このように人類は、農耕牧畜を始めたときに人間圏をつくり始めたと言えるだろう。それ以前の狩猟採集という生き方は、生物圏の中の種の1つとして存在していたにすぎない。生物圏の中のエネルギーや物の流れを利用しているだけだからである。

■現生人類が繁栄した理由
 人類は約500万年前に猿から分かれ、その後、種々な人類が絶滅を繰り返し、現在、たまたま生き残っているのが我々現生人類である。人類は500万年以上前から存在しているわけだが、どうして現生人類だけが人間圏をつくることができたのだろうか。
 その1つの理由に“おばあさん仮説”がある。ゴリラ、チンパンジー、オランウータンなど類人猿のメスは、子供が産めなくなると数年と経たないうちに死んでしまい、おばあさんは存在しない。しかし、現生人類には存在する。何らかの理由でおばあさんが出現し、その結果人口が増加し、繁栄したという説である。
 おばあさんが存在すると、おばあさんの経験が活かされ、次の世代の出産はより安全になる。さらに、おばあさんに子供の世話をしてもらえるので、次の出産までの期間が短くなり、出産回数が増える。これらは人口増加をもたらす。こうして人口の増えた現生人類は世界中に散らばり、その過程で様々な道具を生み出し、さらに脳の回路が繋がり、言語が明瞭に話せるようになったことで、抽象的な思考ができるようになり、人間圏をつくるまでに繁栄したと考えられる。

■厳しい人間圏の未来
 人間圏の未来はかなり厳しいと私は考えている。なぜなら、私たちは右肩上がりのことしか考えられず、抽象的な思考ができるために、幻想を抱いて生きるようになっているからだ。人間圏の未来は、それを誕生させたこの2つの理由のために破綻すると考えることができる。
 たとえば、次のようなことを考えてみればよい。21世紀には地球システムから負のフィードバックがかかり、人間圏に入ってくるものが減少し、物不足になる。そうなれば、いつでも物と交換できるという貨幣に関する幻想はすぐに破れてしまうだろう。愛も人権も資本主義も、神も、あらゆる概念が共同幻想のもとに存在している。宇宙、地球、生命史においての概念に相当するような実体は、存在しているわけではない。
 といっても、破綻することを悲観する理由はない。我々は生き延びるために生きているのではなく、何かをするために生きているのだから。
 人間圏をつくって生きるといっても、地球システムと調和的な人間圏をつくることと、そうでない人間圏をつくることの2段階がある。人間圏は地球システムの物やエネルギーの流れを、人間圏の中にバイパスさせることで維持される。その時その流れが、地球によって駆動されている段階がある。それを私は“フロー依存型”人間圏と呼んでいる。一方、人間圏内部に駆動力がある段階がある。それを“ストック依存型”人間圏と呼んでいる。現在の人間圏はストック依存型人間圏であり、今さらフロー依存型人間圏に戻ることはかなり難しい。
 昨今のIT革命による情報化社会、あるいはインターネット社会は、言わば人間圏にビッグバンをもたらすと言えよう。インターネット社会とは、人間圏のシステムの構成要素を一人ひとりの人間に細分化しようというものだ。中間の共同体をなくし、究極の構成要素から成るシステムを考えると、それは宇宙の始まりの瞬間に相当する。それは構造も秩序も何もない、渾沌としたものである。人間圏としては、いかに中間の共同体をつくっていくかこそが重要な課題であるはずなのに、我々が今ビッグバンを迎えようとしていることは、さらに厳しい人間圏の未来を暗示している。


第3回必修講義

テーマ/「宇宙からみた人間」
講師/松井 孝典 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)
日時/2001年5月10日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)



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