■ウエルネスは勝つためのマネジメント
スポーツとビジネスの世界の共通項とは?

増田 明美 スポーツライター




 ワーキングエイジの多くは、週に1度くらいは好きなスポーツができているだろうか?日本では、それを実現できているのは3割と言われているが、ドイツでは5割。働き盛りは忙しく、続けたくても続けられない。そういう人ほど何か手軽にできるスポーツがあるといいのだが。今も走ることを習慣としている増田氏は、beauty work、foot work、head work、heart workを体感としているという。

■勝つ選手のキーワード
 スポーツの世界で勝つ人にはある共通点がある。そのキーワードは、ビジネスの世界でも同じではないか。
 先頃の大阪国際女子マラソンで優勝した渋井陽子選手。彼女の印象はキャラクターが骨太であること。何事にも体当たりの、飾り気のなさを感じた。レースの前に話を聞いていて、彼女は何かやる、と確信していた。レースのときにどんなことを考えているかインタビューしたとき、「どんどん、行っとけ!」という気持ちで走っているという取り繕わない男言葉に驚いた。
 たいていの人は苦しいときは、過去の一番苦しいときのことを考えて辛さを乗り越えるというが、渋井選手は、彼氏にいいところをみせようと考えるという。初マラソンでは、人の背中を借りて走る、とほとんどの人が答える。レースの流れに乗って、展開を見るのが普通なのである。ところが、渋井選手の骨太のキャラクターと独走する勇気。ここが違うと思った。マラソンにはまぐれがない。「度胸」を持って自分のレースができるという選手は、それほどいない。舞台が大きくなればなるほど、それは難しい。
 シドニー五輪の高橋尚子選手や山口衛里選手も、自分でスパートのポイントを決めて、自身の持ち味を発揮すると話していた。闘う相手を主体に考えると、勝負は始まってみないとわからないが、彼女たちは勝負の柱を自分に置いている。自分を表現するときに、度胸を持ってぶつけられるか?度胸を持ってぶつかってみると、失敗しても次がある。違いはそこにあるようだ。
 私も、政府の審議会の委員を務めることがあるが、勇気を持って発言することを心掛けている。圧倒されて話ができないときもあって、そういうときは落ち込むが、若いのだからどんどん勇気を持って行動しなくては、と日常生活の中でどれだけ積極的に生きていけるかを考えている。

■「明るさ」と「自信」
 また、強い選手に共通なのは、「明るさ」。高橋尚子選手には、Qちゃんというあだ名の由来を自らのキャラクターにしてしまうエピソードなどから、反射神経だけでなく、突き抜けた明るさを感じる。勝負の世界には怪我やスランプがある。自分の世界にこもってしまうと、なかなか調子が上がらない。なんとかなるさ、とはなかなか思わずに、後ろ向きになってしまう。そんなときどう気持ちを切り替えられるか。メダルを取れるのは、こうしたあっけらかんとした明るさかもしれない。ビジネスの世界ではどうだろう?
 そして「自信」。スタートラインに立ったとき、自分を信じてあげられるか。それは、たとえばやってきた練習量。私の場合は、ストライドを1ミリでも延ばすために、練習の後1時間半をかけて1日3,000回の腹筋運動を続けていた。そのことが原因の怪我もあって、意味があったかどうかという見方もあるが、こんなことをやっている選手は世界中にいないだろうという気持ちでスタートラインに立てた。やってきたことに対する自信が、苦しいときに背中を押してくれた。人と違う何かオリジナルがあると、それは強さになる。
 本番で力を発揮するために必要なのは、イメージトレーニングや科学と言う人も多いが、「場数」も大きな要素。自ら空気の味も変わるようなところに自分を何度も持っていくと度胸がつく。海外などに遠征に行くと、英語が聞こえるだけで萎縮するようなこともあった。そんなときは、脈拍を取ってみる。本番の前に落ちつきたいときは、深呼吸を3回してみると効果的だ。
 「好きこそものの上手なれ」という言葉がある。結果は、好きでやっていることかどうかに左右される。先日高橋尚子選手と有森裕子選手の対談の進行をした。高橋選手から、「走ることは楽しいことばかりではないでしょう?」ということを引き出したいと思ったが、話を聞くと「心から楽しいから走っている」と言う。反対に有森選手は「走るのは嫌いだが、やり遂げた後に喜びがあるし、闘うことが好きだ」と言う。マラソンは自己表現なのだそうだ。私自身は、こちらの感覚に近いと思った。
 自分自身に、仕事が好きか?と、問いかえしてみると、書いたり話したりすることは結構苦しいこともある。ただし、なんでも面白がってしまおうと思う気持ちがある。

■指導者と選手の関係
 女性と男性の選手は指導者に対するスタンスが違う。男性は、経歴など指導者を観察することから入るが、女性は、とにかく素直にいろいろなものを吸収しようと100%受け入れるようだ。高橋尚子選手を指導した小出義雄監督(積水化学)は、誉めるのが上手くタイミングもいいので、選手がやる気になる。人間は、どんなに自信を持っていても、1人で自分に自信を持つことが難しいときがある。私も'92年に引退したときに、ライターとして書いていくことを表現手段としたが、それは小学校のときに学校の先生に文章を誉められたことが大きい。これがきっかけとなって、書くことが一番自分を伝えられるのではないかと思ったのだ。
 小出監督の後輩に当たる鈴木秀夫監督(三井海上)も誉め上手だ。「笑い」がいいというのが共通点だが、鈴木監督は、選手がやめたいと言わない限り選手を見捨てない。こうした優しさは、選手にとっての走る力に繋がる。
 宗茂氏(旭化成)は、一緒に練習をしたり、肩の力を抜くことをアドバイスしてくれた恩師でもあるが、非常に厳しい指導者でもある。怪我をしたときは、「自主トレで自力で上がってきたら見てやる」ときついことを言って待っている。男性のほうが自分を追い込んでいく傾向があるので、男性の選手には向くやり方かもしれないが、女性は見守られているという安心感が必要だったりする。
 あえて男女の違いを取り上げたが、厳しいメニューをこなしていくとき、誉めてくれる人がいると安心できるのは同じかもしれない。
 シドニー1万メートルの代表、高橋千恵美選手の監督、泉田利治監督(日本ケミコン)は、選手を笑わせるのが上手だ。きまじめで気負いすぎる選手をなんとしても笑わせていた。このスピードの時代、チームの中に笑いがあるかどうか、自分の気持ちの中に朗らかな風を入れることが大事だと思う。
 一方、苛酷な練習をするとき、自分では限界の見極めがつけられない。選手が勝負師だったら、自分で自分の限界を超えてしまうことがある。だから紙一重で超えないようにするための指導者は、絶対に必要だと思う。

■認められることのエネルギー
 最近、嬉しいことがあった。2000年の放送ウーマン賞をいただいた。
 「認められる」ということも、勝つための要素。私は、実はものすごく落ち込む性格だ。しかし、今回自分の解説を認められたことで、落ち込むことも無駄ではないと思えた。
 大舞台ではアナウンサーや解説者はできるだけレースの様子を伝えようとするが、一緒に中継したテレビ朝日の森下桂吉アナウンサーから、「レースが本当に面白かったら、僕は黙るよ」と言われたことで、映像の力を信じよう、と思えた。それに集中できたから、スパートのタイミングも読むことができたのではないかと思う。
 生の放送では緊張もしているし、言葉が足りないことでうまく伝えられず、失礼なことを言ってしまうこともある。そんなことを繰り返していると、1人でいるとものすごく落ち込む。
 しかし、一度落ち込んだ後は未来へのエネルギーが湧いてくる。死なない限りは落ち込んだほうがいいとさえ思える。実は、私にとって一番落ち込んだ仕事で認められたことで、チャレンジを続けていこうという気持ちになれた。

■健康も勝つための条件
 「wellness」という言葉がある。  changing of my life、アメリカで1960年代に生まれた言葉で、自分がより素敵になるために自分を変えていこうという意味だという。今の私は、英会話に挑んでいる。
 皆さんはどうだろう。
 運動していない人も多いと思うが、たとえば週に1度のスポーツでも、始めてみてはどうだろう。良い仕事をするには、体が資本だ。たとえば、ウオーキングは簡単ではないが、最高の運動。自分の体の形を綺麗にしていくことができる。姿勢、歩幅、テンポという3つのポイントを押さえて20〜30分歩くといい。姿勢を保って、歩幅を開いて、筋肉を使う。走ろうとすると肩に力を入れて頑張ってしまうが、体調に応じて自分でペースをコントロールすれば、ジョギングもその延長線上にある。
 女性の場合は、これに就寝前の腹筋運動を加えると、寝ている間に基礎代謝が高まり、体はどんどんシェイプアップする。ウエルネスは勝つためのマネジメント。健康も勝つための条件なのである。
 筑波大学の浅野克巳先生は、体力とは行動力、気力、抵抗力という。実は抵抗力は、精神的な重圧を克服するための大事な力。自分に勝つことで、仕事上でも勝てる。

■ハッピーな気持ちで走ろう
 米国のオレゴンに2年滞在したとき、ブラジル人のコーチに、「良い結果は、自分が生きていてハッピーと思えるときに生まれる」と言われたことが、自分自身を変えるきっかけになった。それからは、自分を追い込んでいくのではなく、気持ちの充実した生活を送ろうと思うようになった。
 今でも、走るのは気持ちがいいから。競技生活とはモチベーションが違う。その時は、大会前の緊張も含めて達成感もあるし、メリハリのある生活は楽しかった。走っているときというのは、自分に向き合える時間だと思っている。これから先も、話があれば現場に行きたいと考えている。私が指導することで、選手をオリンピック選手のように強くしてあげられないかもしれないが、精神的な支えになれるかもしれない。選手たちと一緒に、喜びを味わいたい。



第5回必修講義
テーマ/“勝つ”為のマネジメント
講師/増田 明美(スポーツライター)
日時/ 2001年2月1日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)


academyhills.com


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