■「生活安全保障」のすすめ
座談会/リスクを克服した社員が語る
●コーディネーター
高野 孟   講義一覧▼
 ジャーナリスト/株式会社インサイダー代表取締役社長兼編集長

●パネリスト
小西 龍治
 グラクソ・スミスクライン株式会社 経営企画本部長

植西 信博
 TOHOヒューマンセンター 事務局長

礒井 英子
 株式会社ウエルネス・フロンティア・センター ウエルネス事業部担当(当時)

折井 祥子
 ソフトバンク・フロンティア証券株式会社 総合企画部課長


 ジャーナリスト・高野氏は「日本は100年間続いた発展途上国システムが行き詰まり、成熟社会への転換期を迎えている」と語る。そこで、激動の時代をどう生きるべきかをテーマに座談会を開いた。お集まりいただいたのは、かつて、日本長期信用銀行、東邦生命保険相互、そごう、山一証券の役員や社員として、倒産や会社廃業に直面した方々。その時何を思い、どう行動したか、個人におけるリスクマネジメントについて語っていただいた。


高野 ---- 日本社会は政治も産業界も個人も危機管理意識が皆無。しかし、100年間続いた日本型発展途上国システムが行き詰まり、さまざまなリスクが浮き彫りになっている。大企業の社員といえども何があるかわからない。そこで日本長期信用銀行、東邦生命保険相互、そごう、山一証券の役員や社員として、倒産や廃業に直面した皆さんに、個人の危機管理についてそれぞれ思うことをお話しいただきたい。

小西 ---- まず、「リスク」とは何か、「責任」とは何かについてお話ししたい。
 企業でも個人でも目的があり、達成するための手段(方法論)がある。そしてゴールに向かってパスが設計される。「リスク」とはパスを歩む際に進行を妨げたり、横道にそらす要素であり、「リスク量」とはその程度を指す。パスに沿って行動することが「責任」である。つまり、目標とパスが設計されなければ、リスクもリスクマネジメントも責任も意識することができない。
 現在の日本は、そうした意味で国も政治も企業も個人も無責任体制に陥っている。自ら目的を設定し、それを実現するためのパスを設計すべきであるのに、それを所与のものとして受け止め、自ら考えることを放棄している。責任認識もなく、コストも払わない日本人ばかりになっていることが、日本の最大の危機である。
 大企業や銀行が経営破綻に陥ったのに経営陣は責任をとっていない。政府にしても日米安全保障に寄り掛かり、そのツケを全部沖縄に押しつけて安逸を貪っている。沖縄は独立するか、米国の51番目の州になるほうがずっとよいのではないかとさえ思う。

折井 --- 私は個人レベルのリスクマネジメントについてお話ししたい。
 13年間、山一証券にいたが、私を含め現場の社員のほとんどが今回の破綻を予期していなかった。振り返れば、自分自身大きく動き出した経済の歯車に乗っていただけと感じる。
 その間に転職の誘いもあったが、3つの理由から前向きに転職を考えなかった。第1は転職というリスクをとることへのためらい。第2は自分の可能性を引き出すことができる業務を与えられていたこと。第3は育ててくれた上司や同僚への思いである。
 ただ、入社3年目から密かに出すあてのない履歴書を書いていた。この作業を通じて、自分がどのような人間なのか、自分の何が売れるのかを確認した。また、この作業を通じて自分が仕事に対して望むことも明らかになった。
 13年目に本番の履歴書を書くことになった。インターネットを利用した金融サービスの可能性に惹かれ、現在の会社に入社したが、今回の経験から、会社とは寄り掛かる対象ではないこと、仕事とは経済的に必要であると同時に、精神力や価値観を養うものであることを再認識した。これからは、サラリーマンといえども自分の常に居場所を考えなければならない時代になる。半面、自分自身の希望する仕事を考えるチャンスが与えられる時代になるのではないか。自分の可能性と希望を認識するうえで、履歴書を書くことも役立つのではないか。

植西 ---- 16〜17年前、東邦生命では福利厚生に関わるセクションをひとつにまとめ、効率化を図った。それが現在のセンターの母体である。親会社はなくなったが、TOHOヒューマンセンターは元社員が亡くなるまで健康管理などをフォローするために活動している。
 自分自身や家族が健康でなければいい仕事はできない。米国では、自分で健康管理ができない人間は重要なポストにつけない。しかし、日本ではきちんと健康管理をしている人は意外に少ないものだ。人間ドックや健康診断を受けても、そのデータを一目で見ることができるようにしている人は驚くほど少ない。健康を維持するための行為を継続的に実施している人も少ない。我々は健康維持に役立つ情報を提供しているが、それでも何もしない人に対しては、特別のカウンセリングシステムでフォローしている。
 皆さんも個人の生活安全保障として、継続的に健康管理をしてほしい。
 さて、私自身も社外の友人知人と酒を飲む機会が多いが、週に2回は休肝日を設けている。会社が潰れたとき、そうした友人から転職の話が持ち込まれた。結局は現在のセンターにとどまったが、そうした紹介はありがたく思った。生活安全保障として社外の人脈をつくることはたいへんに重要である。ある中小企業の社長は、面接の際に「今晩、社内を除いて飲む相手が何人いるか」と聞くという。そして20人以上の名前が挙がらないようでは採用しないという話をうかがった。
 最初はビジネスで知り合っても、ビジネスの関係を超えた付き合いに発展して初めて人脈となる。

礒井 ---- 私は19年半そごうにいて、倒産後に現在の会社に移った。倒産3年ほど前から経営がおかしくなっていたが、自分自身の問題として捉えていなかった。前向きな仕事がしにくい状況になっていたが、それは組織の問題ではなく、自分自身の力不足と思って外部のスクールや研修に参加し、マーチャンダイジングなどの勉強をした。
 会社が40歳以上の人間を対象に希望退職を募ったときはショックだった。しかし、私は「今はやめる時期ではない」と思った。教育担当としてマーチャンダイジングやマーケティングに携わってきたが、売り場でそれを実践することが自分の財産になると思ったからだ。そこで売り場に回してもらい、5カ月間ではあるが、現場を経験することができた。また、女性のプロジェクトを任されていたので、自分だけ退職することはできないとも思った。
 いよいよ正式に閉店が決まったときには、今でこそ言えるが、目標が定まって晴れやかな気持ちになった。社内をみても、男性よりも女性のほうが割り切って明るく頑張っていた人が多かった。倒産までの1年間は大変ではあったが、会社あっての自分ではなく、自分自身がどう生きるかを考えるよい機会であったと思う。これがなければ、今の自分はなかった。

高野 ---- 皆さん、いろいろな体験をされたわけだが、経営陣の責任の取り方に対して、今、どのように思われているのだろうか。

小西 ---- 何が故に金融が経済の中心となってきたのかを考えれば、自ずと自分の果たすべきことが明らかになり、それに対して自分が十分に責任を果たしてきたかどうかがわかるはずだ。金融破綻に対して、企業も行政も責任を取らなかったという事実は、自己責任を認識していないからだ。自分たちの高い地位を所与のものと思っているから、責任感もない。個々が自ら目標を設定し、それに至るパスを設計していれば、こんな無責任なことはできないはずだ。
 私自身は企業(首脳)の方向と私の考えが異なることが明確になった時点で、自分の意見を公にし辞表を提出した。これ以上自分が企業に貢献することはないと判断した以上、これが自分自身が納得できる責任の取り方だった。ただ、本人の中では完結していたが、家族が経済的リスクや精神的リスクを被ったことについてはすまないと思う。ただ、信念を貫くにはこうしたリスクが伴うことを自覚しておく必要がある。

植西 ---- 経営者は「バブル最盛期から世界の経済は、カードゲームとよく似ている。必ずジョーカーを引く国や企業がある」と発言していたが、自分はジョーカーを引かないという意識があり、真剣に自分の責任と捉えていなかったことは残念である。

折井 ---- 業態にも企業にも寿命がある。それを察知できず、構造転換に失敗したのは経営陣の責任が大きい。情報を収集、分析して、新たな戦略を実行するようなマネジメント能力が足りなかったと思う。ただ、私自身、未公開企業をファイナンス面から支援するビジネスに携わり、リスク評価の難しさを実感している。

礒井 ---- こうした会社で働いていたことも自らのリスク。だから、経営者に対して経営責任を追及するという気持ちは今の自分にはない。

高野 ---- 皆さんの会社に限らず、発展途上国システムにどっぷりと浸っていたところは皆厳しい状況にあると見ていいだろう。自分のリスクマネジメントとして具体的にどのような方法が考えられるだろうか。
 折井さんの「履歴書」を書くという方法論も面白いと思う。私は若い人たちに自分の人脈マップを書くことを勧めている。人脈は自分の評価を反映するものだからだ。個人的なことをいえば、フリーランスという仕事では金はさっぱりたまらなかったが、人脈だけは膨大なものになった。

植西 ---- 人脈をつくる、しかも社外に人脈を持つことがたいへん重要ではないか。私の場合は、年齢や立場に関わらず、一緒にものをつくる、あるいはその手伝いをすることがよき友人を得るきっかけとなった。また、履歴書を書くことも自己確認になる。自分のアピールできるものを客観的に拾い出し、書き綴るという作業を通じて、自分自身を見つめ直した。

小西 ---- 具体的な方法論とはいえないかもしれないが、個人のリスクマネジメントも、やはり自分がどうありたいかという目標と、それを実現するために自分がやらなければならないパスを設定することから始まるのではないか。

高野 ---- フリーランスとして目標とパスの設計という話はよくわかる。フリーは目標を取り払ってしまえば賃仕事はいくらでもくるが、真にクリエイティブな生き方や仕事は達成できない。やりたいことを追求しながら飯も食う、そうしたぎりぎりのバランスをとってきた。この生き方は若い頃から戦略を立てていかなければとても続かない。
 僕等のような立場から見ると、大企業のサラリーマンにもフリーランスと同じような考え方が必要な時代になってきたと感じる。実際、大企業の友人、知人のほとんどがこの数年間で退職している。そうした意味では面白い時代が来た。

小西 ---- 私も退職してフリーランスで仕事をしていこうと思ったが、一から十まで自分でやらなければならないことの大変さに断念した。正直にいって、個人の安全保障を会社に全部委ねてきたサラリーマンは、フリーに比べてなんと楽なんだろうと実感した次第だ。

高野 ---- 今、進行しているデジタル革命は、経済、社会、個人の生き方まで根本的に変える本格的な革命である。皆さんがこうした中でどのように自分自身の生活安全保障を考えていくか、パネリストのお話がなんらかのきっかけとなれば幸いである。



第4回必修講義

テーマ/「生活安全保障の提唱〜リスクを克服した社員が語る〜」
コーディネーター/
高野 孟(ジャーナリスト/株式会社インサイダー代表取締役社長兼編集長)
パネリスト/
小西 龍治(グラクソ・スミスクライン株式会社経営企画本部長)
植西 信博(TOHOヒューマンセンター 事務局長)
礒井 英子(株式会社ウエルネス・フロンティア・センターウエルネス事業部担当※当時)
折井 祥子(ソフトバンク・フロンティア証券株式会社 総合企画部課長)
日時/2000年11月30日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)


高野 孟 講義目録
■第25期 '00.11.30
 「生活安全保障」のすすめ
■第24期 '00.7.27
 6・15南北共同宣言と国際政治の行方

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