■母親型都市計画と父親型都市計画
今、都市計画のすべきこと

伊藤 滋  慶應塾大学教授/アーク都市塾塾長


伊藤 滋
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今、都市計画はなにをすべきか。  このテーマは森ビルの森社長が得意とするところだ。森社長は日本の都市の現状を憂い、都市の抜本的な構造転換をさかんに主張している。
 実際、皆さんも海外から帰国して成田空港から都心までの道中、日本の都市の貧しさを嫌というほど味わっているはずだ。交通の便の悪さ、首都高速道路の渋滞、無秩序に立ち並ぶ看板、ごみごみした木造住宅密集地帯など、日本を訪れた海外の人々は経済大国の玄関口の貧しさに驚くことだろう。
 こうした状況に対し、これで国際都市になりえるのだろうかという危惧や、いったい都市計画は何をしているのかという不満が高まるのも無理はない。


都市計画の発想転換
これからの都市計画を考えるに当たって需要なことが2つある。
 第1は、行政やゼネコン、設計事務所などにいる都市計画の専門家自身の考えを変えることだ。
 第2は、都市計画を市民社会に浸透させることである。街づくりという言葉は市民の中にやっと浸透してきたが、都市計画というと一部の専門家の世界で、我々には関係ないというイメージが強い。都市計画が市民ひとりひとりの生活に密着したものであるという認識を広めていく必要がある。
 これに関して言えば、最近うれしいことがあった。浦安市に住んでいる都市計画の専門家たちと市の専門家が一緒になって、子供たち向けの街づくりの本を出版した。平易な言葉で身近な街と都市計画の関わりが描かれている。
 たとえば「地震が起こったとき、ブロック塀が倒れたら、そこを歩いていたおばあちゃんが下敷きになって大怪我をするかもしれません。ブロック塀を立てている家では、安全かどうかをチェックしてみましょう」とか、「道路から玄関までのアプローチに、敷石を敷いている家があります。しかし、道路と敷石の段差が5センチでもお年寄りにはつまづく原因になるので気をつけましょう」といった、街でよく見かける風景の中から問題を抽出し、どうすればもっと街をよくしていけるかを自分たちで考えるように仕向けている。この本が道徳の授業の副読本として採用されたと聞いている。

大きな都市計画、身近な都市計画
国際都市をつくるといった大きな課題もこれからの都市計画がなすべきことだが、その一方で、都市に住む一般市民の日常生活において不都合なことを改善することも、これからの都市計画のなすべきことである。
 前者については、東京でいえば都心5区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)の問題だ。国の威信にかけて、東京の中心地を21世紀型の産業に従事する人々や海外の人々が都心居住ができるような職住近接型の国際都市につくり変える、それができるように都市計画を抜本的に変えようという意見が識者の間で高まっている。森政権はIT戦略を政策の第一に置いているが、次には都市再生を国家戦略として打ち出すものと思う。
0  ただ、都心5区のようにポテンシャルが高い地域の再生には、民間ディベロッパーがビジネスとして参画してくるが、問題はそれ以外の地域である。
0  ディベロッパーにとって経済的なモチベーションが働かないような地域の改善は容易ではない。東京23区の約4分の1が木造密集地帯であり、人口の約4分の1が居住している。たとえば、世田谷区の三軒茶屋の裏の太子堂や、大田区の雪ケ谷、中野区でいえば方南通りの周辺、荒川区の町屋などである。山の手通りと環状7号線の間に広がる木造密集地帯は、戦後の高度経済成長を支えてきた人々が住むエリアである。ここを地震にも安全な街につくり変えていくことが、これからの都市計画が取り組むべきもうひとつの大きな課題である。
 これからの都市計画は、国際的な都心づくりと木造密集地帯の再生という両輪の街づくりを対象にしていく必要がある。

都市計画の原点は貧民対策
 都市計画という考え方が生まれた背景、原点は何か。
 戦後、日本にはその日の食事さえ満足にできないような人々がたくさんいた。こうした人々が都市の中で人間らしく暮らしていけるように住宅や街の環境を考えるということが都市計画の出発点であった。だから、現在の主張のように、もっと自由に開発できるようにせよという前に、規制に主眼が置かれた。
 たとえば、斜線制限は道路への日照を確保するためにつくられた。昔は道路の舗装も不十分で、ニューヨークの摩天楼でも雪解けの頃は道路がぬかるみ、歩行者にとっては大変に具合が悪かった。そこで少しでも道路が早く乾くように、あるいは街が暗くならないように、建物に斜線制限をかけて道路に日が当たるようにしたのである。つまり、都市計画は、都市を利用する人々にとって一定の快適性を担保するためのルールとして生まれたのである。
 都市計画の根底には「民間に自由にさせたら街は悪くなる」という考え方がある。これには相当の根拠もある。
 日本でも、バブル経済のとき、一部のディベロッパーは容積400%の住居地域の土地を買い漁り、適当な面積にまとめると総合設計などの手法を使って高層のオフィスビルを建築した。それまで比較的閑静な住宅地として残っていたところが、こうした開発で静かな環境が壊され、周辺の住宅の日当たりも悪くなった。都市計画には周辺環境を壊すような悪質な開発を規制しようという意図がある。
 しかし、従来の環境を守るだけの都市計画でいいのかといえば、それは違う。規制するばかりでなく、時代の変化に対応した街づくりを積極的に進めるというもうひとつの側面を持たなければならない。

日本の特殊事情
 都市を再生する上で、日本には欧米にはない難しい問題がある。
 日本人の土地への執着心の強さである。日本の土地の区画数は3750万区画であり、人口の4人にひとりが土地を所有している勘定になる。そして、それぞれが自分の土地に執着し、所有権を主張している。また、土地の所有する土地の規模についてもほとんど規制がない。相続を繰り返すごとに土地は細分化され、4人にひとりが土地を所有している状況を生み出した。
 土地の細分化を無限に近く認めてきたことが、街づくりのうえで大きな障害となっている。冒頭に上げた木造密集地帯を再生しようにも、こうした小規模宅地所有者の反対がもっとも強い。細分化されつくした土地をどうやってまとめていくか、木造密集地においては特に難しい問題である。
 もうひとつの問題は、驚くべきことに土地台帳がきちんと整備されていないことである。仕事の関係で、ある土地の公図を取り寄せたが、明治時代につくられて以来、一度も手を加えられていない。公図はスケールも縮尺も統一されておらず、極めて不完全なものである。これをもとに建築確認をしたり、開発許可を与えているのだから不可解としか言いようがない。
 敷地の地積図さえ整備されていない状況で、4人にひとりの土地所有者がいて互いに所有権を主張しているのだから、道路整備や再開発、敷地の共同化などが円滑に進むはずがない。

敷地境界線を決める
「今、都市計画がすべきこと」という最初のテーマに戻れば、第一に敷地の境界線を決めることだ。当人同士で折り合いがつかないのなら、行政が強権を行使して決めるべきである。
 行政は今まで強権を行使して来なかった。だから幅員16メートルの道路をわずか1キロ整備するのに30年も40年もかかってしまう。都市計画が軽んじられる背景には、限りなく細分化された土地と土地の所有に執着する人々、不完全な土地台帳、そして行政が強権を発動したことがほとんどないという事実がある。
 こんなことは20世紀で決別すべきである。21世紀は、まず経済再生のための都心の再生に着手し、木造密集地帯を安全な環境につくり変えていかなければならない。木造密集地帯の再生には時間がかかるだろうが、地震は待ってくれない。せめて駅周辺だけでも整備して災害時の避難場所を早急に確保すべきである。
 都市再生のスピードを上げるためには、強い都市計画と行政の強権発動が不可欠である。

変わる都市計画制度
 近年、都市計画制度は大きく変わった。1968年(昭和43年)、都市計画の権限が国から都道府県に移管された。昭和60年ごろから実態的にも都道府県主導になった。
 平成に入ると、都市計画は都道府県と市町村に分かれ、都市計画に市民参加の必要性が強調されて市町村の都市計画の重要性が高まった。
 最近では、市民が参加して決めた地区計画は用途地域(ゾーニング)より強いという意見が強くなっている。用途地域は、所詮、役人が机上で決めたことであり、そこに住む住民の意見が反映されるべきというわけである。
 市民参加型の都市計画はいわば「母親型の都市計画」である。しかし、これだけでは健全な都市はできない。社会全体のために必要なことは強権を発動してでもやるという強い「父親型の都市計画」も必要である。
 たとえば、下水道整備や道路整備、鉄道駅周辺の再開発など、公が将来を見据えながら多くの市民のために都市環境を整備するといった類のものである。都道府県は決断力を持ってこうした仕事に当たらなければいけない。
 外郭環状道路の整備をとっても、その効果は渋滞解消や広域的な物流の整備だけではない。大震災が起こったとき、山手線と環状7号線の一帯の木造密集市街地に住む人々を救助し、救援物資を運び、復興を円滑に進めるうえで非常に重要なルートになる。都道府県は大所高所から父親型都市計画を進める覚悟がいる。
 そのためには、まず、前述のように地積調査から始める必要がある。道路整備や駅前整備には土地の買収や統合が不可欠であり、それを敢然として実行するには、こうした基本資料を基に実行のプロセスを明らかにして、強権を発動する必要がある。
 これからは、市民が参加してつくる地区計画に代表される母親型都市計画と、国際的な観点や広域的な観点、将来的な観点で実行すべき父親型都市計画を両輪として、都市づくりを進めていかなければならない。



第1回必修講義

テーマ/「都市計画がすべきこと」
講師/伊藤 滋(慶應義塾大学教授/アーク都市塾塾長)
日時/2000年10月25日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)


伊藤 滋 講義目録
■第25期 2000.4.19
 都市計画がすべきこと
■第24期 '00.4.19
 東京からみた阪神大震災
■第23期 '99.10.13
 都市計画制度が変わる
■第22期 '99.4.21
 21世紀の社会と都市像
■第21期 '98.11.18
 都市計画大革命
■第20期 '98.9.2
 岐路に立つ都市計画
■第20期 '98.4.23
 艶やかな都市計画を目指して
■第19期 '98.2.25
 21世紀に向けた東京のグランドデザイン
■第19期 '97.11.5
 都市計画の本質
 〜誰のための都市計画か〜
■第18期 '97.8.27
 おまわりさんと都市計画
■第18期 '97.4.23
 東京のグランドデザイン
■第17期 アカデミーヒルズインタビュー

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