■分断から混在へ
提言/新世紀の都市像を考える

隈 研吾 建築家/隈研吾建築都市設計事務所代表


隈 研吾
講義一覧▼


 交通渋滞、長い通勤時間、スプロール化で活力を失った都心と郊外の自然破壊など、様々な歪みが都市をむしばんでいる。都市の活力を甦らせ、生き生きとした都市生活を実現し、都市文明を開花させるにはどうしたらいいのだろうか。世界的建築家であり、建築の枠をはるかに超えた様々な試みに挑戦し続けている隈研吾氏を招き、新世紀の都市像についてお話しいただいた。隈氏はキーワードに「混在」を挙げ、「郊外幻想、持ち家主義からの脱却」を提言。混在の処方箋を示した。


 21世紀の都市像を語る前に、20世紀の都市について考えてみたい。
 20世紀の都市問題は、端的にいえば「郊外に過剰な夢を抱いたこと」に起因する。20世紀の人々が郊外に夢を求めたのは、ひとつには19世紀の都市が、伝染病の蔓延やスラム化が進む悲惨な環境だったためだ。人々はここから逃れるため、郊外に過剰な幻想を抱いたのである。
 郊外幻想の起点は第1次世界大戦後の米国に見出される。戦後の住宅不足に対応するため、米国と欧州はまったく異なる政策をとった。米国は住宅ローンを整備して持ち家政策をとり、郊外生活に誘導した。これは庶民の夢に付け込んだ巧みな政策だった。人々は郊外の「芝生の上の白い家」を所有するために懸命に働いた。持ち家政策は勤労意欲を高め、政治的にも保守的な色合いを強めるのに役立った。また、郊外生活にはマイカーが不可欠であり、自動車産業も興隆した。持ち家主義がもたらした政治的、経済的な安定によって、米国は大躍進を遂げたのである。
 一方、欧州は戦後の住宅不足を公的な賃貸住宅によって補った。その結果、都心型文化は花開いたが、経済的な発展では米国に大きく差をつけられた。
 しかし、郊外幻想は一方で都市のスプロール化と郊外の自然破壊、交通渋滞や都心の活力低下などももたらしたのである。

■戦後の持ち家政策の功罪
 米国型の持ち家主義をさらにまずい形で真似をしたのが戦後の日本だった。戦前の日本人は欧州的な都市生活を営んでいた。都会では貸家に住むのが普通で、稼いだ金はマイホームのためでなく、日々の生活を楽しむために使われた。しかし、第2次世界大戦後、持ち家政策がとられ、人々はマイホーム取得に奔走した。しかし、そのマイホームは米国のそれとは違い、実にささやかな規模だった。しかも日本では郊外のみならず、小さな戸建て住宅が都心をも浸食していった。
 実は、日本人はずっと前から郊外生活の幻想に気づいていたのではないか。なぜなら、米国では郊外のスウィートホームを舞台にした明るいホームドラマがたくさんつくられたが、日本では郊外を舞台にしたドラマは、『岸辺のアルバム』や『金曜日の妻たち』など数えるほどしかない。しかもそれらはいずれもネガティブに郊外生活を描いている。一方で『寺内貫太郎一家』など、都市の下町を舞台にした明るいホームドラマが山ほどつくられている。
 19世紀、エンゲルスはすでに持ち家政策について「1銭の金も生み出さない家を所有するために、中世の農奴以下の生活を強いるもの」とさえ言っている。米国が共産思想をあれほど排斥したひとつの理由は、共産思想が郊外の持ち家政策を否定したところにもあったのではないか。

■「混在」の歴史と魅力再発見
 都心型文明のキーワードは「混在」である。私が考える21世紀の都市像とは、いろいろなものが交じり合い、混在する都市である。
 混在の都市はローマ時代にまで逆上る。ローマ時代にすでに用途を複合させた立体型建物が建築されている。それは1階には商店、上は住居や仕事場で構成されていた。複合用途の都市建築や暮らし方はラテン系の国々に引き継がれた。一方でアングロサクソン系は都市機能を分断し、集合住宅より戸建てを好んだ。アングロサクソン系の都市の流れは米国の郊外住宅に結びついていった。
 しかし、「分断」された都市の欠陥は明白であり、「混在」の魅力を再認識するときが来ている。

■分離したものを繋げる
 では、何を混在させるのか。
 前述の職住のほか、自然と人工物の混在がある。ラテン系の都市は自然と人工物の境界が曖昧であり、都市の隅々に小さな自然が息づいている。近年は都市の中の小さな自然の生態系が見直され、それを研究する人々も増えている。自然と人工物が交じり合い、共存する環境を都市の中につくり出していくことが必要ではないか。
 第2に様々な産業の混在が挙げられる。やり方によっては都市の中に農業でさえ混在させることが可能である。事実、香港は高密度でありながら小さな耕作地が点在している。「観て楽しむ自然から使う自然へ」、都市の中にそんな自然が復活すれば楽しい。
 第3は素材の混在である。20世紀の都市は建築から自然素材を排除してきた。様々な規制によって都市建築に使える素材は制限され、都市建築は温かみを失って貧血状態に陥っている。この反省から、近年では都市建築に自然素材を使う動きが見られる。
 そのほかにも人種の混在、用途の混在など様々な混在が考えられる。新世紀の都市は様々なものが交じり合う空間・環境であってほしい。

■世界の建築とその思想
 次に、20世紀を代表する建築を観ながら、その背景にある思想を駆け足で眺めてみたい。
 ル・コルビジュエの「サボア邸」は20世紀を代表する建築のひとつである。緑の芝生に立つ白く輝く端正な建築は、個人の尊厳を見事にビジュアライズしている。これは米国的な郊外住宅と通じるものがあり、機能を分離する建築の象徴ともいえる。ただ、この建築をクライアントは認めず、欧州の人々にも受け入れられなかった。
 その一方で、コルビジュエの作品や提案には欧州的な思想を示すプロジェクトも多い。1922年には職・住・遊などすべての都市機能を内包した高層建築都市を提案。また、パリ万博に出展した「エスプリ・ヌーボー館」は高密度の都市型集合住宅の中に、自然を取り入れるテラスを配している。ここには欧州的な都市生活の知恵を見ることができる。
 米国の代表的建築家、フランク・ロイド・ライトは郊外の一戸建てとは対極にある提案をしている。1956年の「プライスタワー」は、ワンフロアに天井高の異なるメゾネット型住宅とオフィスを配置したユニークな混在型プランだ。ライトは郊外プロジェクトも提案しているが、住むだけの機能の郊外開発とは異なり、敷地の中に農地などを混在させている。
 未来への提案で必ず名前が挙がる建築家、米国のバックミンスター・フラーは生涯をユニット型住宅とドームの開発にかけた。マンハッタン島に巨大なドームをかけて人工環境をつくり出すダイナミックな提案は有名だ。フラーは近未来的な提案を数多く残しているが、その思想の根底には自然と人工物を分離する米国的思想があり、分離の思想の終着点のようにも思われる。

■自然と人工物の境界をぼかす
 21世紀の建築のテーマを混在とするならば、具体的にはどのような混在があるだろうか。ひとつには人工物と自然の境界をなくすことではないかと私は考えている。単なる屋上緑化ではなく、建築をつくることが同時に自然を再生させることに繋がるような作業が必要である。このテーマに挑戦したのが「亀老山展望台」だ。人工物と自然を同時につくり、両者を一体化させた。今では樹木が育ち、建築物は再生された自然の中にほとんど隠れている。
 石巻の「北上運河交流館」(写真1)も北上川の土手に建物を埋め込むように設計した。街の方角からみるとどこに建物があるのかわからない。テーマが成功しすぎて、建物がわからずにタクシーが帰ってしまったという逸話もある。
また、ITや自然との融合を図った提案としてはミラノのトリエンナーレに出展した「グラスネットプロジェクト」がある。公園を果樹や食べられる植物で構成し、モバイルコンピュータや収納ポケットなどを装備したメディアスーツを着用すれば、建築がなくても生きていけるというものだ。
 沖縄の宮古島では建物の屋上部を農園や池にし、オフィスと農業との混在を図るプロジェクトを提案した。
 より現実的なプロジェクトとしては、東京の東雲で都市基盤整備公団と一緒に進めている集合住宅がある。総戸数約2,000戸、6人の建築家が設計を担当している。職・住をひとつの空間に混在・融合させる斬新なプランを考えている。屋上は庭園や菜園として利用し、公共施設などの都市機能も混在させていく。
 現実にITが世の中に浸透し、働くことと暮らすことの境目がますます曖昧になっている今、こうした暮らし方に合った都市・空間・環境が必要ではないか。

■自然素材を甦らせる
 自然素材の復活というテーマに挑戦した建築のひとつが「広重美術館」である。壁はもちろん屋根までも地元の杉材を用いた。杉材には不燃処理や防腐加工をしている。木に囲まれた空間は独特の温かみを持つ。木の格子越しに光が差し込み、1日の移ろいを空間に伝えている。
 新潟では和紙をガラスの代わりに用いた。かつて日本建築は深い庇と障子で雨露や寒さをしのいできたが、その知恵を現代に甦らせたいと考えた。和紙の強度を高めるためにコンニャクを塗った。昼は和紙を透過した柔らかな光で満たされ、夜は建物全体が行灯のようにほんのりと柔らかく輝く。
余談ではあるが、戦争中、日本は和紙にコンニャクを塗った気球爆弾を米国に飛ばし、米国各地に山火事を引き起こしたという。ローテクな自然素材でハイテクなものをつくった日本人の知恵を現代に甦らせたい。
 建築のほとんどを竹でつくるという試みも行った。竹は植物の中でも特にCO2の固定化に優れている。構造材も竹のCFT柱でつくった。なお、中国の万里の長城付近でも竹の建築プロジェクトを進めている。

■ITと建築技術を融合する
 ITと建築を結び付けるというテーマも今後ますます重要となってくるであろう。公園にコンピュータを内蔵して公園全体をデジタルアーカイブにする計画がある。
 また、2005年の愛知万博では、来場者がウエアラブルコンピュータを携帯して森の中を歩くことによって様々な情報を受信し、森自体をパビリオンにするという試みを行う。電子ゴーグルを着けて森に入ると、森を舞台に妖精たちが歌うのが見えるといったファンタスティックな試みも実験している(写真2)。さらに最近では、子供たちが電子ゴーグルを着けて森に入り、妖精をゲットしていくロールプレイングゲームの実験も試みた。

■21世紀は混在の時代
 20世紀、分業と縦割り思想によって都市は分断された。21世紀は新しい技術でそれを繋げ、混在の都市をつくる時代だ。
 都市のわずかな空間にも生態系のネットワークは生まれる。人工物と自然を混在させ、住まいと住宅を混在させるには、従来の制度や政策の方向性も変えなければならない。郊外の一戸建て取得を優遇してきた持ち家政策から、都市の賃貸住宅を優遇する政策への転換もポイントになろう。
 新世紀の建築の方向性を、私は「混在の都市型文明」に置いている。



第1回必修講義

テーマ/「提言・新世紀の都市像」
講師/隈 研吾(建築家/隈研吾建築都市設計事務所代表)
日時/2001年3月8日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)


伊藤 滋 講義目録
■第25期 '01.3.8
 分断から混在へ
■第20期 '98.6.10
 都市のデザインコラボレーション

academyhills.com